ACT61 あたし達も、燃え上がってみる?
「……どうやら、上手く行ったようね」
終業式と一学期最後のHRが終わってから、奈津が体育館で桐子とやり合ってくると言っていたので、真白と朱実は彼女達の結果を教室内で待っていたのだが。
奈津がガス欠で倒れて、桐子が保健室に運んでいったと、女子バスケ部の知り合いから朱実のスマホで連絡があって、これには真白と朱実は仰天しながら、保健室へと急行したところ、
「うーん、これまたすごいシーンを、目撃しちゃったよ」
「あたしも、まだちょっとドキドキしてるわ」
保健室内から、どこか慣れ親しんだ甘美な空気が漂ってきたのを察知したものだから。
真白と朱実、『これはただ事ではないかも?』と思いながら、室内を戸の隙間から盗み見た矢先、目撃したものは――
桐子と奈津の、キスシーンであった。
「……情熱的って感じじゃなくて、まだまだ初々しさ満載だったあたり、おそらくあれが初めてなのかもしれないわ」
「でもさ、それくらい、二人はきちんと向き合って、前に進めたってことだよねっ」
これ以上の覗き見は二人に悪いと思ったので、真白と朱実は室内から目を離しつつ、保健室前の廊下で大きく一息。
真白自身、年齢の近い子達のああいうシーンを見るのは初めてだったので、今さっき自身言ったとおり、まだ少しドキドキが収まらないままなのだが。
朱実は、どう感じているだろう?
少し、気になる。
「ねえ、朱実」
「ん? なぁに、シロちゃん」
「朝にさ、時間が経ったら燃え上がるものがあるって、あたし言ったじゃない?」
「え……し、シロちゃん? その話、まだ続けるの?」
「真面目に聞いて。そりゃ、この一週間、朱実とは電話とかスマホとかで連絡を取り合ってたから、桐やんとおなつさんほど寂しくて不安になったってわけじゃないけど……でも、やっぱり、あたしは朱実に会えなくて、寂しかったわ」
「……シロちゃん」
「桐やんとおなつさんをダシに使うわけじゃないけど。ああいう風に会えなかった分だけ燃え上がる二人を見たら、あたしも、朱実と……燃え上がりたいなって……」
「……!」
熱を込めて、彼女の目を正面に見つめながら言うと、朱実、ボッと顔を赤くしつつも。
朝の時のように、半眼で拒否姿勢になるというわけでもなく、むしろ、受け入れるような空気を醸し出して、
「シロちゃん。今の、なんだか傍から聞いてたら、お馬鹿なこと言ってるような気がするよ?」
「うん。あたし、馬鹿なのかも知れない」
「……でも、馬鹿でも、好きだもん」
「あたしも、好きよ」
そのように軽快に交わしてから、朱実は、いつものように顎を少し上に向けて眼を閉じる。
「!」
ただ。
いつものように、と言いつつも、いつもと違うのは――キスをするときに閉じられていた彼女の可憐な桜色の唇が、少しだけ開かれていて、隙間が出来ていることだろうか。
これは、言わば。
鈴木先輩達が、していたやつだ……!
わかっただけで、真白の中で緊張が走る。
恥ずかしさが残りつつも、彼女とのキスにはもう慣れたかと思っていたけど、その一歩先に行こうとするだけで、こんなにも心が震えることになろうとは。
その上、まだまだ先があると言うのだから、この道の果てしなさは一体どこまで……!
と、真白、戦慄しつつも、
「あ……」
改めて見ると、眼を閉じる朱実も、ほんの少し肩が震えている。
自分と同じで、緊張している。
お互い、一歩踏み出すのに、まだちょっと不安なんだけど。
――朱実と、一緒なら。
そんな思いで、真白も、少しだけ唇を開いて。
朱実のそこに重なろう、としたところで、
「なーにイチャついているのですか」
真後ろから、呆れたような声をかけられた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
『!?』
あと数センチで、シロちゃんと初めてのディープなコンタクト……といったところで、かけられた声にビクッと肩を震わせて。
二人して、声のほうへと視線を向けると、
「あ、ルー先生……」
「はいはい、ルー先生なのです」
わたしと同じくらいの背丈の白衣姿の女性、養護教諭のルーシルト・M・エアハルト――愛称でいうところのルー先生が、しかめっ面で立っていた。
二つ結びの亜麻色の髪をゆらしつつ、大きな赤色の瞳はこちらを見据え、
「キミたち、保健室前で逢い引きとは、いい度胸なのです」
「あ、いえ、ルー先生、決してそう言うつもりではっ……!」
「ちょうどベッドも近くにあって、そのままなだれ込むと言うのも定番なのですが、ワタシに見つかってしまったからには、その好機もお流れなのです。残念でしたね、二人とも」
「え? ルー先生、それは一体どういう……?」
「む? しょぼくれるどころか、それを訊くのですか。なかなか好奇心旺盛な少女なのです。ならば、特別に教えてあげ――」
「ほぅわあああああああ!? ルー先生も、レーティングの危機に荷担しないで!?」
「? 朱実、何を言ってるの?」
「何を言っているのです?」
二人して訊いてくる。
天然なシロちゃんはともかく、ニヤニヤ顔のルー先生は確信犯だよ……!
ドイツ生まれの日本育ち、人形のような愛嬌ある顔立ちと小柄な体格もあって、学校では男女問わずマスコット系の人気がある養護教諭は、なかなかどうして食えない御方である。
「ま、冗談はともかくとして、キミたち、だらだらと学校に残ってないで、さっさと帰るといいのです。部活の生徒以外は、もう下校時間なのですよ」
「あ……ええと、友達が保健室に運ばれたから、その、心配で」
「ん? ああ、緑谷さんですか。あと同伴の黄崎さんも。二人については心配ご無用。ほどなくして――」
「その声は、アカっちか!? おっ、シロっちもいるぞ!」
と、ルー先生の言葉を遮って、突如として保健室の戸が開いて中から桐やんが出てきた。
俯いたままの朝とはまるで反転したかのような、満面の笑みだ。
「アカっち! 相談に乗ってくれてありがとなっ! おかげで、しっかりとおなつと話が出来たよっ!」
笑顔満開の桐やんは、わたしの手をぎゅうっと握って、ぶんぶんと上下に振る。
力一杯のスイングであるためか、わたし、激しく上下にシェイクされちゃう。
気をつけないと、腕抜けちゃうかも……と注意しつつも、喜ぶ桐やんの笑顔を見ると、とても温かな気持ちになる。
やっぱり、桐やんには笑顔がよく似合う。
「よかったね、桐やん」
「うんっ。アカっちも、悩み事があったら言ってくれよなっ。ボク、全力でアカっちのこと助けるからっ!」
「ははは、ありがと」
「……桐やん、そろそろ、手を離してもらえないかしら」
と、何を思ったのか、ちょっとむくれている(可愛い)シロちゃんが、桐やんの手首を掴もうとしたところで、
「真白さんっ」
横から、保健室から出てきたおなつさんが、桐やんと同じく笑顔で、シロちゃんに全力で抱きついた。羨ましい。
「お、おなつさん?」
「真白さん、ありがとうございましたっ。桐やんさんとしっかりと話せたこともなんですが、真白さんに助言をいただけたことが、自分、本当にうれしかったですっ」
「あ、うん。こちらこそ、あ、ありがと?」
「この恩は必ずお返ししますっ! ですので、これからも良い友達付き合いをしていただければ、自分はとても幸いです」
「……もちろんよ。あたしにとって、おなつさん、桐やんも、もちろん朱実だって、大切な友達なんだから」
「真白さん……っ!」
「おおぅ、シロっち、嬉しいことを言ってくれるな! よっし、ボクから特別に、シロっちを友情の高い高いだっ!」
と、桐やん、抱きついているおなつさんをやんわりと剥がして、シロちゃんの腰あたりをガッシと掴んで、軽々と桐やんの上背以上の高さまで持ち上げる。
「き、桐やん……お、降ろして……! あ、あたし、高いところはちょっと……!」
「ふははははっ、シロっちも結構軽いなっ」
シロちゃん、困惑気味になるも、桐やんまるで聞く耳持たない。
流石にこれ以上は行けない気がするので、わたしが桐やんの服の裾を摘んで止めにかかるも、
「き、桐やん、そのくらいで。シロちゃん目を回しちゃってるよ」
「む、そうかっ。じゃあ代わりに、アカっちを高い高いだっ!」
「え……ふぉおおおおおおぅ!?」
ひょいっとシロちゃんを降ろして、今度はわたしを持ち上げる桐やん。
待って!? めっちゃ高い!? この見下ろす感じ、なんか新鮮でいい感じ……じゃない!? ちょっと、危ないっ!?
「桐やん、ちょ、ちょ――っ!?」
「いやー、友情ってすばらしいなっ!」
「そうですねー。本当に尊いものです」
おなつさん、もはや何でも受け入れちゃってて、桐やんを止める気がない。
「…………むぅ」
シロちゃんは満身創痍状態だし、こうなってくると、頼りになるのはルー先生と言うことになるんだけど、
「うんうん、これもまた、いい青春なのです」
ルー先生、外見に似合わずしみじみしていた。
……いくつなんだ、この人。
ともあれ。
桐やん友情の高い高いは五分にわたって続いたためか、体力切れのわたしとシロちゃんの初めてのディープな接触はお預けになったのだった。
……まあ、桐やんとおなつさんが上手くいっただけ、良しとしようか。
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