ACT55 キラッキラな人達ね?


「では、今日の勝利と、一学期もお疲れさまということで……乾杯じゃっ」

『かんぱーい』


 地域交流の草野球の試合後、相手チームの大人の方々との健闘の称え合いおよび記念写真撮影などを行った後に。

 近所の喫茶店(藍沙のバイト先)にて、藍沙の所属する部の皆で、今日の地域交流と一学期の打ち上げが行われることになったのだが。

 その宴席に、何故か真白も呼ばれていた。

 真白としては、助っ人が終わった後に、軽い挨拶のみでお暇するつもりだったのだが、


「乃木さん、今日のヒーローなんだから、是非とも参加してってよ」

「ひ、ヒーロー? いや、あたし、ちょっとだけしか試合出てないんですし、それに部員でもないし……」

「いやー、あの場面で試合を決めたんだから、間違いなく今日のMVPでしょ。誰もが乃木ちゃんのこと認めてるって」

「おー。あの場面は俺でもやばかったかもなー」

「……あの場面、格好良かったよ。多分、陽太くんよりも」

「こ、好恵先輩っ!?」

「ともあれ、参加していきたまえ。今後の私のハーレムのために、ましろんのことを、よくよく知っておきたい」

「だから朝比奈さん、自重しようって」

「一部、ベクトルが間違ってる気がするんだけど……まあ、いいか。とにかく、真白ちゃん、どう? 費用は部費から出るから、奢りよ?」


 とまあ、部の全員一致で、なおかつ最後は藍沙の笑顔で押し切られる形で、真白も参加することになった。

 ちなみに、仕事中の母に『いろいろあって、今日夕飯は外で食べてくるので、そっちも外で食べてきて』と連絡を入れておいたら、『了承』と一秒で返事がきた。

 この早さと簡潔さは一体……と思ったのだが、まあ、色々おおらかな母にツッコミを入れても追いつかないと思うので、『ありがと』とだけお礼を返信しておいて、と。

 先ほど、乾杯の音頭が終わって、今に至る。

 宴席といっても喫茶店だし、全員未成年なので、飲み物はもちろんお酒などではなくジュースやアイスコーヒーなどといった無難な飲み物であり、料理もサンドイッチ(店長の手作り)や創作菓子パン(こちらは納入)などである。

 で。


「真白嬢、今日は助かったぞ。礼を言う」

「はあ……その、あっちゃん先輩からの頼みでしたし」


 喫茶店であるだけに、いくつかテーブルが分かれての宴席となっているのだが……真白と同じテーブルについているのが、部長の姫神ナナキ先輩である。

 真白としては、無難に藍沙と席を共にしたかったのだが、ここは藍沙のバイト先でもあるということで、現在彼女はウェイトレスとしての仕事をまっとう中であった。

 そんなこんなで、現在、テーブルで二人きりである。部で一番エラい人と。

 ……こういう時、真白は非常にやりにくくなる、と思われのだが、


「そういえば真白嬢、乃木という姓を聴いて思い出したのじゃが。お主、もしかして三丁目のスナック『ゆーとぴあ』のママさんの、娘さんなのかのう?」

「え? お母さんのこと、知ってるんですか?」


 姫神部長の意外な人脈に、真白は目を丸くした。


「うむ、我の仕事の関係で、お主の母上には何かとお世話になることが多いのじゃ」

「仕事? 部活のですか?」

「む……まあ、部とは別件なのじゃが、とにかく、親交があるのじゃ」


 その辺りは多く語ってくれなかったのだが、ともあれ、彼女はうちの母の知り合いであるらしい。

 姫神部長、眼鏡の奥の琥珀色の瞳で、こちらをジッと見てきて、


「なるほど、娘さんがいるとは聴いておったが、改めて見ると確かに似ておるのう。今は素材から一、二歩歩き出したくらいじゃが、将来はママさんみたいな美貌を手にするじゃろうよ」

「お、煽てないでくださいよ。あたしはそこまで……」

「真白嬢、何事にも自信が大切じゃぞ。女人というものは、意志の持ちようで宝石にもなるし、石ころにもなるのじゃ。お主は宝石になる素質は十分にある。我が保証しよう」

「……っ」


 朱実の普段からの金言をそのまま姫神部長に言われて、真白は言葉に詰まる。自信のことを、うっかり忘れてしまうところだった。しっかりしなきゃ。

 いつも尊大な雰囲気の姫神部長がそう言うのであれば頷けるし、同時に、朱実の言うことは全く間違っていなかったと、改めて誇らしい気分にもなる。

 やっぱり、朱実はすごいんだなぁ……っていうか、朱実に会いたいなぁ……。


「真白嬢?」

「あ、ご、ごめんなさい、ちょっとだけ考え事を」

「ふむ?」


 危ない危ない。

 今は姫神部長と話してるんだった。隙あらば朱実のことを考えてしまう。それくらい好きってことなんだけど、今は置いといて。


「姫神部長は、お母さんのことを知ってるそうなんですけど、この町の他の人のことも知ってるんですか?」

「もちろんじゃ。この喫茶店『Sea&Wind』のマスターとその奥さん、傘専門店『鋼森屋』の威勢の良い声のオバサン、老舗和菓子『葉月屋』の頑固一徹なオヤッさん――」


 と、何気なく、真白は姫神部長の人脈が気になったので訊いてみると、彼女は、この町のいろんな人のことを語ってくれた。

 商店街の一つ一つのお店やその店主、そこで働く従業員を初めとして、この町で関わってきたいろんな人達も然ることながら。

 生誕二十六年を迎える町のご当地ヒーローや、わりとマイナーとも言われているこの町の土地神様のことまで。

 

「皆、我にとっては愛すべき人達じゃな」


 そして、それを語るときの姫神部長が、とても愛おしそうかつ誇らしそうなのだ。

 それだけ、己の住む町のことを愛しているのがわかる。

 なるほど、校内や町の奉仕活動を行う部とは訊いていたが……部活の義務感からではなく、己の意志で、彼女はそれを行っており。

 ――藍沙も含めて、部員達はそんな彼女に、ついていってるのだろう。

 朱実よりも背丈が低く、容姿もおかっぱ髪にまん丸ほっぺの和風人形のような愛らしさで、見ようによっては小学生にも見えるというのに。

 中身は、とても大人な人で……そんな彼女の本質が、真白にはキラッキラと輝いて見えた。

 ……真白にとって、また尊敬する人が増えたような気がする。


「すごいですね、姫神部長。いろんなことを知っていて」

「そうか? ククク、もっと敬ってくれてもいいのじゃぞ。なんてったって、我は――」


「二人で何の話をしてるのー?」


 と、会話中に、横からやってくる声。

 見ると、長身で、美人で、しかもナイスバディと言っていい、姫神部長と同じタイプの眼鏡をかけた少女がこちらにやってきた。

 藍沙から聞いた話の記憶を辿ると、確かこの人は――副部長の、鈴木すずき桜花おうか先輩だ。姫神部長と同じ、二年生。


「おおぅ、オーカ」

「えっと、鈴木先輩、お疲れさまです」

「ああ、乃木ちゃん、そこまで畏まらないで、無礼講無礼講。今日は乃木ちゃんが主役なんだから。他の部員の子達で、あとで乃木ちゃんといっぱいお話したいって子が居ると思うから、その時は話してあげてねっ」

「あ、は、はい……」


 美人だけど、近寄り難い雰囲気はなく、むしろとてもフランクな人だった。

 いい女性というのは、総じてこういう人をいうのかな……と真白はぼんやりと思ったりする。いやまあ、真白としては朱実がやっぱり一番なんだけども。


「で、ナナちゃんと乃木ちゃん、二人で何話してたの?」

「ククク、真白嬢が早速、我の偉容を称えてくれな」

「…………」


 えっへん、と小振りな胸を張ってふんぞり返る姫神部長に、真白は半眼になる。

 確かに、彼女のこの町を愛する気持ちに目を見張ったのだが、そこまでエラそうにされるのも、なんだか台無しのような気が。


「そだよねー。ナナちゃんはとってもすごい子だし、しかも可愛いもんねー」


 ただ、そんな真白の台無し気分を余所に、鈴木先輩は手放しで姫神部長を褒めにかかっている。

 裏表無いニコニコとした微笑みで姫神部長の隣の席に座り、さりげない仕草で彼女にぴったりと寄り添い、そのおかっぱ髪をナデナデし始めた。


「うぬっ……お、オーカ?」

「ほーらほらほら、よーしよしよし」

「あ、や、ちょ、いきなりなんじゃ、オーカ……!?」

「いやー、部のお仕事が忙しくて、最近ナナちゃんとこういう触れあいとか出来てなかったからねー。今日くらい無礼講無礼講」

「それも、そうなんじゃが、これは、う、ぬぅ……はぅ……」

「あー、もう、ナナちゃんは可愛いなぁ」


 髪だったり頬だったり、時には肩だったり腰だったり、鈴木先輩は姫神部長の小柄な身体を浅く抱き締めつつ、さわさわと撫で回している。

 この光景に、真白は困惑するのだが、


「……ごくり」


 同時に、息を呑んで、どうしても注目せざるを得ない。

 ――思い出すのは、先月の朱実とのスキンシップ(ACT20参照)

 あの時、真白はほとんど手探り状態だったのだが……今、目の前で展開される、鈴木先輩のこの絶妙な力加減と、この技術。

 この先、朱実と触れあっていくに当たっては、まさに理想型ではないか……!?


「うむぅ……」

「はー、スッキリしたー。ゆっきーもいいけど、ナナちゃんも最高だねっ」


 ほどなくして、机に突っ伏する姫神部長とは対照的に、鈴木先輩、肌ツヤが増してさらに美人になっていた。こっちもこっちでキラッキラである。

 ……そんな輝く先輩に声をかけるのは、なんだか恐れ多いような気がしたのだが、ここは勇気を持って、躊躇なく――


「す、鈴木先輩」

「ん、どったの、乃木ちゃん?」

「その、スキンシップの技術……あたしにも、教えていただけませんでしょうかっ?」

「お、いいよー。言っとくけど、この道は険しいよ?」

「望むところですっ」

「ま、待て、真白嬢……っ! オーカのその技は、修羅どころか、底なし沼じゃぞ……うぬぅ……」


 なんだか姫神部長が何かを言いたそうにしていたが、骨抜きになっている今、声を上げられない模様。

 まあ、気にすることはないだろう。

 笑顔の鈴木先輩と固い握手をする傍ら、真白、朱実と過ごすに当たっての楽しみが、また増えたような気がした。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「――――っ!」


 もうすぐお母さんの実家に到着するんだけど、その前に。

 わたしの背筋を、強烈な寒気が突き抜けた気がした。


「? 朱実、どうかしましたの?」

「いや……なんだか、そのう……近い未来に、わたしの身にとんでもないことが起こる、そんな予感がしたような……」

「ふむ……朱実」

「な、なに、お母さん」

「――頑張ってくださいましね」

「何を!?」

「それは……朱実の身に何かが起こるというからには、口に出すのも何ですが。言わば、真白さんとのセ――」

「真耶ちゃんが寝てるからって、堂々とそういうことを奨励してこないで!?」


 メタなことを言うと、危うくレーティングが変わってしまうところだった。

 お母さん、今日はいつにも増していろいろ際どいよ……。

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