ACT54 ヤキモチは程々に?
「では、出発しますわよ。朱実、真耶ちゃん、準備は良いですの?」
「出来てるよ」
「わたくしも、大丈夫ですの」
わたしの注意力散漫をものともせず、お母さんがテキパキと段取りを整えてくれたので、わたし達は予定よりも早く、お母さんの実家へと出発することになっていた。
流石は、昔は敏腕メイドとも呼ばれていたらしいお母さんの家事スキル。わたしも見習わなきゃ。
ともあれ。
現在、お母さんが運転する車の後部座席に、わたしと、従姉妹の真耶ちゃんが座っている。
普通、助手席に誰か座りそうなものなんだけど、お母さん曰く、
「んー……なんだかこう、旦那様に仕えてた頃の癖がまだ抜けきらないのか、どうも、助手席に誰かいられると落ち着かないのですよね」
とのこと。
高校卒業して免許を取ってからも、結婚してからも、しばらくはお父さんを後部座席に座らせて、自分が運転するというスタイルを続けていたらしい。
従者魂、ものすごい。
そんなわけで、現在のわたしも真耶ちゃんも、お母さんにかかれば送迎されるお嬢様だ。
それはそれで、悪くない気分なんだけどね。
「すぅ……すぅ……」
ちなみに真耶ちゃん、出発から数分で、後部座席でお淑やかな寝息を立てている。前日は眠りが浅かったんだそうで、今はその分を取り戻しているようである。
わたしもわたしで、シロちゃんとのお泊まりの早朝から、ある意味すごいことがあったので、睡眠時間が足りないかも知れない。『くぁ……』と小さく欠伸が漏れた。
「朱実、あなたも眠っておくといいですわよ。到着までまだ時間がかかりますし」
「ん……そうしよっかな……」
察してくれたらしい、運転中のお母さんが後ろを見もせずに優しく声をかけてくるのに、わたしは素直に頷いて、眼を閉じようとしたところ。
「ん……着信?」
たった今、わたしのスマホからSNSのメッセージ着信音があった。
シロちゃんかな? と期待しつつもスマホの画面を見ると、送り主はわたしの知り合いの、戌井藍沙先輩からだった。シロちゃん繋がりで、一応、アドレスは交換していたんだけど、滅多に会話しなかったので、ちょっと驚いた。
果たして、メッセージ内容は、
「……シロちゃんが、藍沙先輩の部の、草野球の助っ人?」
状況を要約すると、そう言うことだった。なにそれ、なんだか楽しそう。
で、藍沙先輩の頼みとして、シロちゃんの士気を挙げるために、応援動画を送ってほしいとのこと。
……ちょっと引っかかるけど、シロちゃんのためなら、とスマホの自撮りモードをONにして、
「えー……コホン。シロちゃん、藍沙先輩に野球の助っ人を頼まれたんだって? 急かも知れないけど、頑張ってね! いい連絡を待ってる!」
シロちゃんへの出来る限りの想いを込めて、十数秒の動画に納めて、藍沙先輩へと送信っと。
送信した後になって、ちょっと照れちゃうけど、後悔はしていない。
さて。
シロちゃんから連絡が来るのはまだ先なんだけど……やっぱり、気になる。
まだかな。
まだかな。
……もう、来るかな。
「ふふ」
と、そんな、そわそわするわたしを雰囲気で感じたのか、お母さんが微笑ましそうに控えめな笑い声を漏らしていた。
「え、なに、お母さん」
「いえ。朱実も、青春真っ直中ですわね。愛しの真白さんがそんなに気になりますの?」
「なっ……お、お母さん、もしかして」
「わかっております。母にかかれば、朱実のことなら何でもお見通しですもの」
「!」
ドキリ、となった。
昨夜、美白さんにもおおよそ見抜かれていたけど、お母さんもそこまで鋭いなんて。
一瞬、わたしの中でザワッとした胸騒ぎが始まろうとしたんだけど、お母さんが、それを遮るかのように優しい声で、
「わたくしは、朱実を応援していますのよ」
「! お、お母さん……?」
「それで、わたくしから言えることはといいますと――必ず、幸せになってくださいましね。あなたの母として、唯一にして最大のお願いですの」
「――――」
ああ。
本当に、わたしは恵まれた人間だと思う。
普段から、お母さんはわたしを愛してくれているとわかっていたけど、ここまで強く愛を感じた瞬間は、今までなかったかも知れない。
「お母さん」
「なんですの」
「大好きだよっ」
「ふふ、わたくしもですわっ」
だからこそ、躊躇なくその言葉をお母さんに言えたし、お母さんも力強く答えてくれた。
本当に。
最近、幸せすぎて怖いくらいだ。
「ん……くぁ……何をお話してますの……?」
と、隣席から、さっきまで眠っていた真耶ちゃんの声。
見ると、目を擦りながらも、目を覚ましたらしい。小さな欠伸をしていた。可愛い。
「ごめん、真耶ちゃん、起こしちゃった?」
「いえ、大丈夫ですの。少しですが、結構眠れましたし」
「そう? なら、よかった」
「ところで、この和やかな雰囲気の中で、お二人は、いったい何のお話を?」
「え……っと、その、何と言えばいいのかな」
先と同じく、真耶ちゃん、わたし達の会話の内容が気になっているらしい。
さて、どう話せばいいものか、とわたしは考えたんだけど、
「――恋の話ですわよっ」
お母さん、あっさりとバラした。
「お、お母さんっ……!」
「恋、ですの?」
「はいっ。朱実ったら、今、意中の人と絶賛らぶらぶ中ですのっ」
「おお……それは、また、興味深いですわ」
真耶ちゃん、小学生ならではの好奇心で、頬を赤らめて大きな瞳をキラキラさせていた。
「いや、らぶらぶって、お母さんビミョーに表現古いよっ」
「え? 朱実、らぶらぶじゃありませんの?」
「う……まあ、らぶらぶと言えば、そうなのかも知れないけど……!」
「あ、朱実さん。その辺、ちょっと詳しくお教えいただけませんのっ? 出来れば、一から十まで! ツーからカーまでっ!」
「真耶ちゃんもビミョーに古いねっ。と、とにかく、ダメだよ。真耶ちゃんにはまだ早いっ」
「あら、子供扱いしないでもらえます? わたくしにだって、恋い焦がれている想い人がちゃんと居ますのよっ!」
『!?』
突然の真耶ちゃんからのカミングアウトに、わたしだけでなく、お母さんも驚いていた。
「ま、真耶ちゃんにも、もうそのような人が?」
「はいっ。去年から一目惚れの片想いで、まだお友達という段階なのですけど、いつか、必ずこの想いを叶えて見せますわ……!」
ふんす、と可愛らしく鼻息を漏らす真耶ちゃん。
こんなにも情熱で燃えてる彼女を、今までの親戚付き合いの中では、初めて見たかも知れない。
でも……そっかぁ、この子も、もうそういうお年頃なんだね。
いつまでも年下で可愛らしい子だと思ってたけど、わたし、なんだか感慨深くなっちゃうよ。
「朱実、なんだかオバサン化してますわよ」
「お母さん、ノールックでわたしの思考を読まないでくれるかな」
「これも、従者魂のなせる業ですわ」
「そんな業聞いたことないよ……まあ、ともあれ。わたしとしては、真耶ちゃんの、その、想い人の方が気になるよ。どんな子? どんな子?」
「え……改めて訊かれると、す、少し、恥ずかしいのですけど……」
頬を染めて、ちょっとはにかんだ笑みを浮かべる真耶ちゃん。可愛い。
そんないじらしい仕草ながらも、真耶ちゃん、自分のスマホを取り出して、少々慣れない様子で操作して、
「こ、この方ですの」
「んー、どれどれ」
画面を見せてきた。
写真まで持っているとは、このオマセさんっ、などというほのぼのした思考で、わたしは画面をのぞき込んだどころ、
「あ、藍沙先輩っ!?」
全体的にわたしと同じくらい小柄で、ちょっと丸顔で、セミロングの髪に青い星のヘアピンがトレードマークの少女――先ほど、わたしに連絡を寄越してきた、戌井藍沙先輩、その人であった。
というか、真耶ちゃんも、女の子を……!?
「え? 朱実さん、お姉さんとお知り合いですの?」
「あ……う、うん、高校の先輩。わたしの友達が、先輩と付き合いが長いみたいだから、その繋がりで……」
「そうなんですの? 世間は狭いですのね」
わたしと同じく、真耶ちゃんもちょっと驚き気味。
「というか、真耶ちゃん、なんで藍沙先輩を?」
「ええ。この方は、わたくしが通う小学校のクラスの友達の、お姉さんなのですけど。一目、遠くから見たときに、その、ご家族の方に向けている優しい視線とその笑顔に、わたくし、何もかも撃ち抜かれてしまいまして……」
「ほ、ほう……」
「そして、実際に会わせていただいた時も、やはりお姉さんは、とても可愛らしく、面倒見が良く、お優しいお方で……それでいて、ちょっと運動が苦手なところもチャーミングで……とにかく、全部が全部、好きになっちゃいましたの……!」
「…………」
なるほど、なんとなくわかる。
わたしはあの人のことがちょっと苦手だけど、可愛くて、優しくて、頭も良くて、ちょっとお茶目なところなんかも、素敵なお姉さんの理想として尊敬しているし。
そんな彼女を、中学時代から長く、お姉さん分として慕っていたからこそ……シロちゃんにとっては初恋だった、といっても過言ではない。
そして。
今こうやって、わたしの従姉妹である真耶ちゃんも、その優しさで魅了しているあたり。
……あの人には、かなわないなぁ。
内心、シロちゃんを射止めた今であっても、彼女の魅力には妬けちゃうし――それでいて、改めて尊敬に値する。
おそらく、わたしは藍沙先輩に、一生勝てないかも知れない。
「真耶ちゃん」
「? なんですの?」
「いつか、届くといいね、あの人に」
「……はいっ」
いろんな意味を込めて激励すると、真耶ちゃんは、無邪気で、弾んだ笑顔を返してくる。
――真耶ちゃんなら、あるいはあの人に届くのかも知れない。昔から、そんな可能性を秘めている子だから。
それを考えると、あれだけ可愛かった真耶ちゃんが、またちょっと、遠くに感じるような――
「……ん。また、着信?」
と、またも、わたしのスマホにメッセージの着信音。
画面を覗くと、今度はシロちゃんから。
来た……っ!
どうやら、試合が終わったらしい。いい結果を残せたのかな……!?
そんな、ウキウキそわそわした心地で、わたしはメッセージを開くと。
「――――」
そこには、仲良さげに肩を組んでピースサインをしている、ヘルメット着用のシロちゃんと藍沙先輩の笑顔が。
なるほど、いい結果だとわかったけど……うーん、本当にこの人は、わたしの先に行くよね。なんだか複雑な気分だよ。
……でも、大丈夫。
シロちゃんも先輩もその気がないとわかってるし、こうやってシロちゃんがメッセージを届けてくれたんだから。
そんな風に、心の中で妬けたり余裕だったりしながら、画面を眺めていたところ、
「お姉、さん……?」
真耶ちゃんが、わたしのスマホの画像を見て、こわばった声を出していた。
見ると、ものすごく血の気が引いていて、漆黒の瞳に先ほどの輝きが全くなくなっていたのに、わたしは、思わず息を呑んだ。
視線の先には、真耶ちゃんの想い人である藍沙先輩と、その隣にいるシロちゃん。
「朱実さん。この、お姉さんの隣にいる方は、誰、ですの?」
ズン、とプレッシャー満点の、真耶ちゃんの低い声。
なにこれ、怖いんだけど……!?
「ま、真耶ちゃん、これはね?」
「お姉さん……真耶は、ずっと、こんなにも、あなたのことをお慕いしてますのに……どうして……見ず知らずのこの方に……」
「もしもし? 聴いてる? 真耶ちゃん?」
「まさか、お姉さんはもう、この方に……そんな……まさか……」
「だから違うんだって! 真耶ちゃん、戻ってきて……!」
「お姉さん、お姉さんお姉さん、お姉さんお姉さんお姉さん、お姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さん」
「ひいいぃぃぃ!?」
どんどんほの暗いオーラを出し始める真耶ちゃんに、わたし、思わず情けない声でドン引いてしまう。
こんなにも、ちょっと、重たくなってる真耶ちゃんも、初めて見た。
去年の間に、藍沙先輩と真耶ちゃんの間で、一体なにが……って、考えてる場合じゃない! この状況、どうにかしないと……でも、どうすればいいんだこれ!?
「んー、朱実、少々お待ちくださいましね……っと」
と、そんな空気の中にあって、いつも通りゆるふわ空気なお母さんがそのように言って……たった今、前方が赤信号なのを確認してから、サイドブレーキを引いて、車を停める。
そして、こちら――というより、真耶ちゃんの方に手を伸ばして、
「真耶ちゃん」
「お姉さんお姉さんお姉さん…………え?」
「――ヤキモチもいいですけど、程々に、ね?」
「う"っ」
そんな一言の『ね』の部分で、お母さんが首筋にちょんと手を触れただけで、真耶ちゃんは呻き声を漏らしてそのまま気を失ってしまった。ほの暗いオーラも霧散して、車内の空気は穏やかなものとなる。
ほどなくして、お母さんは再び前を向いてハンドルを握り、青信号を確認してからサイドブレーキを戻して再発車。これにて、ほぼ元通り。
……助かった。
助かったけども。
「お、お母さん?」
「なんですの?」
「その、漫画でよくあるような当て身を、一体どこで修得したの?」
「んー……わたくしの友達風に言えば、ヒ・ミ・ツ、ですの」
「答えになってなさすぎる!?」
「まあ、朱実はあまり気にしなくてもいいですの。あなたの幸せは、わたくしが必ず守りますから」
「なんだかカッコいいこと言ってるけど、それも全然答えになってないんだけど!?」
「ふふふ」
相変わらず、ゆるふわに笑うお母さん。これ以上は何も答えてくれそうにもない。
お母さんといい真耶ちゃんといい、知らなかった一面を知ってしまって、わたし、朝のシロちゃんの時とはまた違った意味で翻弄されちゃってるよ……。
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