ACT51 ささやかにお願いすることは?


「じゃ、今日も一日頑張ろっか」

「……おー」


 おはようのキスで朱実が腰砕けになったときはビックリしたけど、十分ほどして立ち直ってくれたので、少しだけ予定時間より遅れたけど、一緒に朝ご飯と母のお弁当の準備に入る。

 真白がテキパキと材料のカッティングと料理の味付け、朱実はその補助で食器を並べたりお弁当の盛りつけを手伝ったりだけど、役割が明確だったためか、思ってたよりスムーズに進む。

 始まりは予定遅れだったのが、終わりは予定より早くなりそうだ。


「朱実。これ、今日の朝食のお味噌汁なんだけど、味見してみてくれる?」

「え? あ、うん、いいよー」

「はい、熱いから気をつけてね」

「ん……え、なにこれ、美味しい」

「そう? ありがと」

「すごいね、シロちゃん。うちのお母さんのものも美味しいけど、それとはまた違った味わいがあるよ。まさにシロちゃん流って感じ」

「気に入ってくれたみたいでよかったわ。この調子で、将来、毎朝朱実に美味しいお味噌汁を作ってあげられるようになりたいわね」

「ふぇっ!?」


 真白が思ったことをそのまま言うと、朱実は顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げた。とても驚いたらしい。

 はて、自分は何か驚くようなことを言っただろうか?


「あ……あのぅ、よろしく、おねがいします」

「? こちらこそ」

「あんら~、朝からやってるわねー」


 と、今さっき起きたらしい、母が台所の入り口でツヤツヤした笑顔でこちらを拝んでいた。

 何故拝んでいるかはわからないが、朝から肌の血色がよく健康的かつ若々しさを増しているのは、むしろ良いことなのだろう、などと真白は感じつつ、


「おはよう、お母さん。もうすぐ朝ご飯出来るから、待っててね」

「んふふー、アタシは朝食前からお腹一杯になりそうよっ」

「そうなの? じゃあ、ご飯少なめにする?」

「大盛りでお願いっ」


 お腹一杯になりそうでも、大盛りであるらしい。

 まあ、実際うちの母はよく食べる。それに反比例して、わりといい歳になってくるのに、このほっそり体型は一体どうなってるんだろう? ちょっと気になる。後日、秘訣などを訊いてみよう。

 それはともかく。


「……シロちゃんから……朝のお味噌汁……つまり、これは……もう……」

「朱実、ぼーっとしてないで、ご飯よそってくれる?」

「え? ……あ、は、はいっ!」

「何を考えていたかはわからないけど、台所では集中切らさないでね。怪我しちゃうこともあるから」

「う、うん、ごめんシロちゃん。気をつける」


 未だに顔を赤くしながら、なにやらうわごとのようにブツブツ呟いている朱実をそのように諫めつつ。

 朝食も母のお弁当も、これで準備が整った。


 今日も、真白の一日が始まる。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「朱実ちゃん、今日で帰っちゃうのねー、寂しいわ~」


 三人での朝食の席で、美白さんが言葉の通り、わりとオーバーに寂しがってた。

 にしては、朝食の白米の消費はわりとハイスピードである。

 先日も昨晩も感じたことだけど、美白さん、結構よく食べるんだよね。でも、そのほっそり体型、何か秘訣があるのかな。気になる。後日訊いてみよう。

 それはそれとして。


「ごめんなさい。今夜から、お母さんと一緒に泊まりがけで、遠方のお母さんの実家にお出かけしますので。今日の夕方には、その準備をしないといけなくて」

「そうなの? それはしょうがないわね。お母さんと、その実家の方によろしくって言っておいてくれる?」

「? はい」


 少し感慨深げに言ってくる美白さんに、ちょっと驚いたけど。

 まあ、そういう礼儀なのだろうということで、気にしないようにしておいて。


「と、いうことは、明日からしばらくは、朱実に会えないってこと?」


 今度は、シロちゃんが寂しげな雰囲気を出してきていた。


「えっと……そうなるね。多分、次に会うのは、学校の終業式の日になるんじゃないかな」

「な、なんてこと。そんなにも朱実に会えない日が続くなんて、あたし、明日からどう生きればいいの……!」

「いや、シロちゃん、そこまで大袈裟にしなくても。今までも、休日に会わないってこともあったんだし」

「それでも三日以上の朱実断ちなんてなかったから、これだと流石に足りなくなっちゃうわ」

「うーん、言われてみると、わたしも同じ気分ではあるけど。そこは想像で補う感じで乗り切ろうよ」

「…………想像」


 と、シロちゃん、ポツリと呟いて。

 数秒した後に。

 ――ボッと顔に熱を持たせていた。


「待ってシロちゃん!? 今、何を想像したの!?」

「え……朱実のことだけど」

「絶対、それだけじゃないでしょ!?」

「そりゃ、もちろん。強いて言うなら、昨日にお風呂場で見た、朱実の身体の――」

「そこはバカ正直に答えないでっ!?」

「真白ちゃん、ちょっとその想像の内容を詳しく」

「美白さん、身を乗り出さないでっ!?」

「んーとね、確か、左の胸の上辺りに小さなほくろが――」

「ほぅわああああああああっ!? し、シロちゃん、そこまで見てたの!?」


 朝からツッコミの嵐だった。

 いつもは、お母さんと、時たまお父さんも交えて、優雅に過ごしてたんだけど……ここまで騒がしいのは、初めてな気がする。

 恐るべし、乃木母娘。


「とにかく! そういう、深くまでの想像は! 禁止っ! 自重! わかった!?」

『はい……』


 ともあれ、わたしの忠告に、何故か、シロちゃんと美白さん、揃って肩を落としながら返事をする。

 シロちゃんはともかく、美白さんは何を想像するつもりだったかわからないけど……深く考えるのはやめとこう。

 ようやく、一息吐いて朝食に戻れる、かと思いきや、


「でも」


 シロちゃん、ちょっと上目遣い気味に、



「あっちに行っても……連絡、してね?」



 それでいて、切なそうに言ってくるのが、とっても可愛くて。

 忘れた頃にやってくる、シロちゃんの妹属性&甘えん坊さん属性に、わたし、キュンってなっちゃう。

 

「う、うん、大丈夫。わたしも、シロちゃんとはどんな時でも繋がっていたいから」

「ついでに、アタシにも連絡、してね?」

「え、なんで美白さんまで言ってくるんですか」

「お・ね・が・い」

「お願いされましても」

「朱実、あたしからもお願い」

「し、シロちゃん? なんでそこで乗ってきてるの?」

「お願い」

「お願いお願いっ」

「あ、いや、待って!? 二人揃って、構ってオーラで主人を惑わせるわんこのような眼でわたしを見てこないで!? わたし、どうすればいいの!?」


 再びツッコミの嵐になって、わたし、まったく息が吐けなかった。

 でも、こんな朝食の席も、なんだか結構楽しいかも知れない……と感じちゃってる辺り、毒されてるというか、深みにハマってるというか。

 総じて、言えることは。

 恐るべし、乃木母娘……!

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