ACT45 誰と問われて答えることは?
「ふ、不束者ですが、今日は、よろしくおねがいいたします」
一旦、自宅に戻って、制服から私服に着替えた後に。
真白は、母に朱実がお泊まりOKであるという旨を電話を伝えてから、今日の買い物で必要なものをリストアップしている最中で、インターホンが鳴ったので。
きっと朱実だと思って、真白は玄関に出迎えに行ったら。
「……朱実、旅行にでも行くの?」
小さなキャリーカートを片手に、アイロンがかかって皺一つない純白のワンピース、その上にベージュとブラウンの二色チェックのブラウス、素足に少しヒールのあるサンダルといった流行のサマーコーデに身を包み、化粧もバッチリ決まっていながらも緊張の面持ちをした朱実が、玄関口で立っていた。
可愛い。
可愛いけども。
和むより先に、真白、首を傾げてしまった。
「い、行かないよっ! だって、初めてのシロちゃん家のお泊まりだから、そのぅ……美白さんへの挨拶とかもあるし……」
「いや、お母さん、もう仕事に出かけてて夜まで帰ってこないし、それにあたしの家事手伝いをするなら、もう少し動きやすい格好でもよかったと思うんだけど……」
「う……」
朱実、小さな身をさらに小さくする。どうも気合が空回りしているらしい。そんな彼女も可愛い。
真白は一息吐いて――ふと、自分がもし、朱実の家にお泊まりにいく時のことを想像してみる。
豪邸といわずとも、気品の溢れる仁科邸。
そこに待ち受けるのは、朱実の可愛さにゆるふわオーラを兼ね備えた、仁科朱莉さん……とまで、考えて。
「朱実」
「え、なに、シロちゃん」
「まあ……気持ちは、わかるわ」
「え? え?」
切実に頷く真白に、朱実は困惑しているようだが、それはそれとして。
「ひとまず、うちに入って、そのキャリーバッグはリビングに置いといてもらえる? あたしもこれから出かける準備をするから、そのまま一緒に買い物に出かけましょう」
「ん……そうだね、その方がいいかも」
せっかく朱実が着飾っているので、家のことよりも先に、必要な物の買い出しに出かけることにした。
朱実には少々待ってもらって、真白は一旦着替えた私服を脱いで、お出かけ用の服に着替える。トップはパステルピンクのシャツにフリーサイズのヒラヒラ薄地の白カーディガン、ボトムズは少々大きめのジーンズに。アクセは安めのシルバーネックレス、
着替え終えてからは、洗面所で軽くコーディングも済ませて、と。
「お待たせ、朱実。行くわよ」
「おお、シロちゃんもしっかり決めてるねっ」
「買い物の時に、いちいちラフな部屋着から本格的に着替えたりするあたり、あたしも変わったなぁって自分でも思うわ」
「うんうん、シロちゃんが成長してくれて、わたし嬉しいよ」
「ホント、朱実のおかげよね」
こんな風に軽快に会話を交わしつつ。
自然と手を繋いで、真白と朱実は近くの商店街へと繰り出していく。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
買い物の目的は、お洋服とかお化粧品とかじゃなくて、単に今日の夕食の食材と日用品なんだけど。
これもこれでデートって感じがして、わたしとしては、なんだかとてもいい気分がするねっ。
シロちゃんにとってはいつものことなのかも知れないけど。
「おばさん、豚バラ肉、二百グラムお願いね」
「あら、真白ちゃん。いつもありがとね。今日はカレーかい?」
「うん。久しぶりに作ろうと思って」
「そうかい。あ、新作のお総菜があるんだけど、どう?」
「ん、それもいただくわ。おばさんの揚げ物はいつも最高だから」
「あら嬉しい。サービスしちゃうっ」
それにしても。
シロちゃん、ほとんどの商店街の店主さんと顔見知りなんだよね。
今もこうやって、お肉屋さんのおばさんとすごく親しみ深く会話したりしてるし、八百屋さんや家具屋さん、薬局の店長さんとかも、シロちゃんのことを見て笑顔だったし。
昔から家事をしていたって言うから、こういう風に繋がりが深いのは、やっぱり当然なのかな。
……なんだか、また一つ、シロちゃんのことが知れたような気がする。
「ところで真白ちゃん、そちらのお嬢ちゃんはお友達?」
と、お肉屋のおばさんが、隣にいるわたしのことを見てシロちゃんに問いかける。
これに、わたしはピクッと肩を震わせて、おばさんに返事をしようとしたとろ、
「――ん、あたしの大切な彼女なの」
しれっと、躊躇なく、シロちゃんがそんなことを言った。
「し、シロちゃん……!?」
「あ……」
シロちゃん、一瞬しまったという顔をして、
「か、彼女にしたくなるような、とってもいい子で仲良しな友達なのっ」
そのように、慌てて付け加えた。
取り繕いにしても結構苦しい気がするけど、おばさんは気にしてないようで、
「そうなのかい。お友達が増えてよかったね、真白ちゃん。昔はちょっと人見知りだったから、おばさん安心だよ」
「あ、はは、ははは、ありがと、おばさん」
どうやら誤魔化し切れたらしい。
あー、びっくりした。シロちゃん、ひきつった笑いをしながら、こっちに『ごめんね』とウインクしてる。もう、本当に気をつけてよね……。
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん」
と、お肉屋さんのおばさん、わたしの方に手招き。
なんだろうと思って寄っていったところ、おばさんがわたしにそっと耳打ちしたのは、
「真白ちゃん、将来、家事万能の超優良の奥さんになると思うから。――お嬢ちゃんは、あの子を絶対に離しちゃダメよ?」
全然誤魔化せてなかったっ!?
いや、理解があるのは大変嬉しいんだけど、それにしても、一気にそこまで話を進められるのは……!
「どうしたの朱実? 行くわよ」
「え、いや、その……!」
「ああ、ごめんね真白ちゃん、引き留めちゃって。――お幸せにね!」
おばさん、追い打ちかけるのやめて!?
とまあ、そんな一コマもあったわけだけど。
シロちゃんが、奥さんかぁ。
…………へ、へへ、うへへへへ、いいなぁ。
想像してみると、なんか、いいなぁ。うん、実にいい……。
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