ACT46 恥じらいの先にあるものって?


「ふひー、重かったよ。しかも暑い」

「おつかれ、朱実」


 一通りの買い物を終えて、真白と朱実は、真白の自宅マンションに戻った。

 買い物袋をダイニングのテーブルに置いて、真白が要冷蔵の物を冷蔵庫、要冷凍の物を冷凍庫にテキパキと分別していく傍ら、朱実はリビングのソファでぐったりとなる。

 朱実自身、力仕事には慣れてないだろうし、何より夏という季節だ。最近は気温もグングン高まってるし、こうなるのも仕方ないか。


「朱実、シャワー浴びてサッパリしてきて。どのみち、これから家事をするなら着替えないといけないし」

「うーん、そうだね。お化粧落ちちゃうけど」

「お化粧してなくても、朱実は可愛いから大丈夫よ」

「また、そういうことをしれっと言うよね、シロちゃん……」

「?」


 消え入りそうな声についつい振り向くと、朱実はソファでぐったりしながらも、何故か頭を抱えて天を仰いでいた。顔が赤いのは暑さのせいだろうか。

 総じて、真白にはよくわからない仕草である。


「朱実、早く入ってきたら?」

「……そうする」

「部屋着の用意はしてる? あと、下着も」

「それは大丈夫。バスタオルは何処にあるのかな」

「あたしが持って行くわ。脱いだのも、洗濯籠に入れておいて。あとで洗うから」

「ん、ありがと」


 そう言って、朱実はリビングの隅っこに置いてあるキャリーケースの中から着替えの部屋着を取り出して、のろのろと浴室へと消えていく。

 その間にも、真白は本日の買い物の仕訳を行い、それが終わる頃に、カチャリと浴室の扉が開閉されるのが聞こえた。


「ふぅ……」


 ひとまず、一段落。

 さて、次は……そうそう、朱実にバスタオルを持っていくんだった。あとで自分もシャワー浴びるつもりなので、多めに持っておこう。

 そんな気持ちで、真白はいそいそと浴室前の脱衣場へ。

 脱衣用の洗濯籠に丁寧に折り畳まれた朱実の衣服がある辺り、彼女の几帳面さに感心しつつ、真白は、シャワー音の響く浴室へと、ガラス戸越しに声をかける。


「朱実。バスタオル、ここに置いとくわよ」

『うん。ありがとー、シロちゃん』


 浴室の中から、エコーかかった朱実の可愛い声が聞こえる。こういう声は、母の物しか聞いたことがないので、なんだか新鮮。

 というより、朱実が我が家のお風呂に入ってるってだけで、特別な気分にもなる。

 ……そうだ。


「朱実」

『ん? どうしたの、シロちゃん?』



「――あたしも、これから入っていい?」



『う……んんんんんっ!?』


 買い物から帰ってきてから身体を動かしっぱなしで、さすがに汗をかいてきたのと、朱実と一緒に入るのもなかなか楽しいかも知れない、という気持ちで、真白はそのように言ってみたのだが。


『~~~~~~!?』


 果たして、返ってきた答えは、ほとんど声になってない声と。

 あと、『ドスン!』とか『バタン!』とか、大きめに響く物音であった。


「!?」


 この音には、真白、少しびっくりする。

 もしや、朱実の身に何かあったか……!?

 

「朱実! 一体、何があった……の?」


 慌てて、真白は服も脱がずにガラス戸を開けて、浴室の中に入るも。

 中では、シャワーを出しっぱなしにしたまま、朱実が湯を張っていない空っぽの浴槽の中で、小さな裸身を丸くしていた。


「…………えっと、朱実、何やってんの?」


 一瞬、真白は何がどうなって、こうなっているのかわからなかったので。

 とりあえず、シャワーの蛇口を締めておいて、未だに丸まる朱実に訊ねてみたところ。


「あ……いや、そのう……し、シロちゃんに見られるの、恥ずかしくて、慌てて浴槽に待避しようとしたら、すねを打った……あうぅ……」


 朱実は、どうにかのろのろと起き上がり、しかし浴槽で身を隠しながら、答えを返してきた。

 これには真白、首を傾げるのみである。


「恥ずかしいって……別に女の子同士なんだから、そこまで隠さなくてもいいんじゃない? 体育の着替えとかも、いつも一緒にしてるんだし」

「お、女の子同士である以前に、恋人同士でしょっ。だから、着替えはともかく、裸とか見せるのは、まだ、ちょっと……」

「うーん? そういうものなの?」

「…………その反応も、それはそれで傷つく」


 なおも当惑する真白に対して、朱実、コツンと浴槽の縁に額を当てて悶々としている。

 そんなに恥ずかしいものだろうか?

 真白は未だにわからない気分ながらも、とりあえず、ざっと朱実のことを見てみる。

 普段はくせっ毛だけど今は濡れて肩口に垂れているセミロングの髪。

 肌の色は曇りなく健康的。

 シャワーの水滴が所々に浮かぶ二の腕。

 浴槽に隠れてるけど、細っこい身体に、女の子としてはほぼ平たいともいえる胸元。

 むっちりではなく、ストーンとした印象の細い脚。

 ……ここまで見て、総じて言えることは。


「――可愛い」


 この一言に尽きる。


「え。し、シロちゃん? それってどういう……」

「んー」


 見てるだけでは、それくらいしか思い浮かばないので。


 ぴと


「!?」


 指先だけで、彼女の濡れた肩に触れてみた。

 これには、朱実は驚いて、ビクリと全身を震わせていたのだが、そんなことよりも、


「――――」


 真白、その肌のとてつもない柔らかさと弾力、そしてその先にある彼女の温かさが指先に伝わってきたのに、未知の感情を得ていた。

 まるで、身体中に電気が走ったかのように、全感覚全神経が加速を始めていく。

 ドクン、と大きく波打つ鼓動。

 荒くなっていく呼吸。

 高まる、全身の熱。


「あ、朱実」

「は、はい?」



「――もうちょっと、触らせて?」



 気がつけば、そんなことを口走っていた。


「――――!!!!!」


 朱実、顔どころか全身を真っ赤にしながら、引いていた。


「し、し、し、シロちゃん!?」

「なんだか、こう、すごいの。いつもの補給とかで慣れてるのに、ちょっと触っただけで、いっぱい欲しくなっちゃうような」

「ストップ、ストーップ! シロちゃん! 待て待て待て、時に落ち着けっ!?」

「ダメよ。もっと、朱実のいろんなところを触ってみて、どんな感じなのかがわからないと、気が落ち着かないわ……!」

「ひ……ぃっ!?」


 先ほどからあがり続ける熱で頭がぼうっとなりながらも、わきわきと手指を動かしつつ、真白はじりじりと、裸身の朱実ににじり寄るのに対して、


「!」


 朱実、咄嗟に、傍らにあった何かを、つかんだようで。



「シロちゃんの、えっち――――ッ!?」



 そのつかんだもの――洗面器を、鋭くフルスイング。

 スパコーン! と見事に、横っ面をひっぱたかれ、真白はキリモミ横回転しながら浴室の入り口まで吹き飛ばされ、なおかつ入り口の段差で蹴躓いて、二歩三歩とよろめいて、脱衣場の床に顔面から落ちた。


「…………むぅ」


 元より頭がボーッとなってたので、意識が闇に落ちていくのは存外に早い。

 そんな、意識の消失際、


 ……ああ、これが、この前に朱実が言っていた、えっちなことなのね。

 そして。

 興奮するって、こういうことをいうのかな……。


 などと二つの理解を得たような気がしたのと、もう一度、朱実の可愛いお肌を想起しつつ、それ以降、真白は何も考えられなくなった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 はぁ……はぁ……はぁ……。

 し、シロちゃん、やっぱり狼の素質充分だよ……ついつい、テンプレとも言える悲鳴をあげちゃったしね。

 いや、まあ、あれ以上に強く押されちゃってた場合、このまま受け入れる選択肢も……って、何考えてるのわたしっ!? 落ち着けわたしっ!?

 とにかく、冷静に、冷静に……よしよし、わたしはもう冷静

 まずは、身体を拭いて、服を着て、うん、これでよし。


「ふぅ……」


 一息。

 そう言えばシロちゃん、まだ気絶したままっぽいけど、


「……………………むぅ」



 ――尻を天井に向けてうつ伏せという、変な倒れ方をしてるっ!?



 なにこれ、わたし、どうすればいいの? もしや、これは、触れと……ではない。もう一度落ち着こう、うん……!

 あー。

 危ない危ない、シロちゃんがジーンズじゃなかったら、また変な気分になるところだったよ。

 とりあえず、シロちゃんを起こそう。そうしよう。



「…………でも、ちょっとだけ」



 ぷに


「!!!!!」



 とっても。

 柔らかい、お尻でした。

 ……わたしも、シロちゃんのこと、どうこう言えないね。

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