ACT42.5 本気にしちゃっていいんですかね?
「あ……桐やんさん、ちょっと待っててもらっていいですか?」
放課後になって、桐子は今日も、友達の奈津と一緒に帰ろうということになったのだが。
校門を出て少し経ったところで、奈津が思い出したかのように立ち止まって、そのように言ってきた。
「お、どうした、おなつ。忘れ物かっ?」
「ええ、昨日、図書準備室の方に、作画の用具を忘れていたのを思い出しまして。すぐに戻りますんでっ」
「おうっ、待ってるぞっ」
と、慌てたように奈津が帰り道を引き返していくのを見送りながら、桐子は、通学路の道端で彼女を待つことにする。
同じく帰っていく生徒の人波を見守りつつ、今後の女子バスケ部のスケジュールや、期末テストの対策などを思い浮かべていたら、あっという間に十分ほどが経ったのだが、
「……?」
奈津が、戻ってくる気配がない。何かあったのだろうか?
桐子、帰り道を引き返して校舎の中に入り、真っ直ぐに三階の図書室に向かう。
図書室の戸が開いていたので、中に入ってみると、
「お……?」
室内の隅にて、図書委員長で三年生の拝島先輩が、小柄な女生徒と話をしているのが見えた。
拝島先輩とは顔見知りではあるものの、女生徒と話している様子が少々神妙な雰囲気だったので、桐子は敢えて声をかけず、図書準備室の方を覗いてみたのだが……そこに、奈津の姿はなかった。
すれ違ったのかな?
そんな思いで、図書室を出て、今一度階段を下りると。
二階、我がクラスである一年二組の教室の前で、戸に聞き耳を立てている奈津の姿を発見した。
「探したぞ、おなつっ」
「あ……シ、シーッ、静かに、桐やんさん……!」
声をかけると、奈津、こちらに気付いて、慌てて人差し指を口元で差して小声で言ってきたので、桐子は反射的に口元を手で押さえる。
どうやら、教室の中で何かが起こっているらしい。
奈津と同じく、桐子は最小限に絞ったヒソヒソ声で、
「どうしたんだ、おなつ?」
「いえ、その、真白さんと朱実さんのお二人が、何やら込み入った話をしているようでして……」
「……ふむ?」
桐子、奈津の隣に並んで、同じく戸に聞き耳を立てる。
話の内容はわからないが、片方がすすり泣いているような音が聞こえてきた。
これは、どちらかが、どちらかを泣かせている……?
となると、穏やかではない。
「き、桐やんさん……!?」
「大丈夫。ほんの少しだけ、中の様子を見るだけだからっ」
小声に小声で返して、桐子は、いつもの大雑把モードとは一転、バスケで普段用いている精密な技術を用いて、
「……ほっ」
音をまったく立てず、戸にほんのわずかな隙間を作った。
「す、すごいですな、桐やんさん」
「ざっとこんなものだよっ」
奈津の賞賛の小声を、心地よく受け取りつつ。
桐子は、ちょっとハラハラした気持ちで、隙間から教室の中を覗いてみると。
――真白と朱実が、抱き合っていた。
「――――!?」
あまりの光景に、ビックリしたあまりに危うく仰け反りそうになって、どうにか堪えた。
このオーバーアクションで、『ど、どうしたんです?』と奈津も気になったらしい、彼女も続くように戸の隙間から教室の中を覗くことで、
「ぃ……!」
案の定、驚きの声を上げかけていたので、桐子は咄嗟に奈津のことを後ろから抱えて、口を塞いだ。
「――――!」
「おなつっ、シーッだ、シーッ」
「~~~~」
真っ赤になりながらも、どうにか冷静を取り戻したらしい。
眼鏡の奥の緑色の瞳を涙目にしつつも、桐子の腕の中でコクコクと頷いた。
「……ど、どうする、おなつ」
「ぷはっ……う、ううむ……文字通り、静観、してみましょう」
小声で頷き合って、二人して覗いてみる。抱き合う真白と朱実の状況は未だに続行中。
いやはや、これは驚いた。
普段から仲の良い二人だったが、これは、遂に進むところまで進んだか? それとも、まだ、くっつかず離れずのイチャつきの範疇か? どうなのか?
と、桐子があれこれ思いを巡らせた矢先――動きが、あった。
教室の中で、真白が、朱実を真っ直ぐに見つめて、
『あたしも、朱実のことが好き。大好き。世界で一番』
言った――――っ!?
どうやら、進むところまで進んだ方だったらしい。
桐子、思わず両拳を握ってしまった。奈津も奈津で、己の口元を手で押さえながらも、すごくニヤケてる。超嬉しそう。桐子も同じ気持ちである。
確かに桐子自身、一度は真白に淡い気持ちを抱いたものの、やはり彼女が朱実とこうなる時を、誰よりも待ち望んでいたのも事実である。
おめでとう、二人。お幸せに、二人……って、
「き、桐やんさん、これはもしや……」
「え……あ……!」
と、目を離しかけたところで、奈津の声で引き戻された矢先。
告白を受けて、照れる朱実に向かって。
真白は、おもむろに彼女を引き寄せて――ちょっと強引気味に、唇を重ねていた。
チューした――――――――っ!?
わ、これは、すごい、生で見るの、超ドキドキする!?
桐子、大興奮のあまり、今度こそ仰け反った。奈津も奈津で、もはやガン見である。
直後、朱実の怒るような声が聞こえたものの……まったく険悪な雰囲気にならず、もう一度、今度はムードたっぷりに優しいキスをしていた。
アツアツである。アマアマである。
これには桐子、流石にもうお腹いっぱいだった。
「おなつ、そろそろ退散しよう。これ以上見てるのは、二人に悪い」
「い、いえ、桐やんさん、まだ続きがありそうですのでっ……!」
「ダメだよ。ほら、おなつ」
「あと少しだけ、少しだけですのでっ……!」
「だから、ダメなんだってっ」
「え……ひゃっ」
グイっと、少し強引気味に奈津のことを引っ張ると、あまりにも体重が軽かったためか、いとも簡単に彼女はバランスを崩して、ポフッと桐子の腕の中に収まって、
『――――』
お互いの身体が、密着した。
しかも――顔が、近い。
「あ……」
「……う」
桐子と奈津、バッチリと視線が合う。
瞬間、じんわりとした熱が、桐子の全身に広がり始めた気がした。
「……………………」
度の厚い眼鏡越しでも、奈津の緑色の瞳を近くに感じる。前々からも言っていたとおり、大きくて、とても綺麗で、まるで吸い寄せられてしまいそうな心地になる。
そして。
先ほどに見た教室内の二人の影響か、どうしても、奈津のふっくらとした唇が桐子の視界に入る。
瞳と同じく、綺麗な色と形をしている。
とても、柔らかそう。
触れて、みたい。
どこで?
それは、もちろん――
「き、桐やん、さん……」
ドクン、と一つ波打った鼓動を契機に、全身に広がった熱はさらに温度を上昇させ、桐子の頭の中までをも支配していく。
くらくらしそうな頭の中、聞こえる奈津の声、綺麗な瞳、柔らかそうな唇のみを頼りに、そこに辿り着こうとして――
「お……そこー、残ってないで、早く帰れよー」
「!」
「!」
廊下の遠く後ろから、声をかけられた。
自分達のクラス担任の女性の声。
これには、桐子、ビクゥッと肩を震わせて、振り向くも……遠目だったためか、彼女には自分達が何をしようとしていかは見えていなかったらしい。
とてもビックリしたが、そこまで理解して一気に冷静になり、桐子は先生に向かって無言で手を振りかえしておき、
「おなつ、ごめん、とりあえずこの場は離れよう」
「は、はい……」
奈津も奈津の方で、いくつか冷静を取り戻しているらしい、桐子と共に頷き合って。
そくそくさと、気配を消しながら、教室前を後にした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
桐やんさん。
もしかして、なんですけど。
本気にしちゃって、いいんですかね。
だったら。
自分の、これから、やるべきことは。
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