ACT42 もっと、優しく、ね?


「……っ!」


 唇をタッチされたまま、朱実からその言葉を聞いたとき。

 真白は、胸の中にあったぐるりとした重みも、緊張も、不安も、心地よさも、切なさも、全てがパッと振り払われて。

 唯一残っている彼女への愛おしさから、言いようのない熱がこみ上げてくるのを感じた。

 恥ずかしい、という感情の時に顔に持った熱ではなく、ただただ熱い。


「……本当、なの?」

「うん。わたしは、シロちゃんのことが、大好き」

「――――っ!」


 思わず訊いてしまっても、答えは変わらない。

 仁科朱実は、純粋に、まっすぐに、好意を伝えてくれる。

 ただ、それだけで。

 全身に感じた熱は、真白の視界を歪ませると共に、涙という形になって目からこぼれ落ちた。


「シロちゃん?」

「ご、ごめ……なんだか、嬉、しっ……」

「シロちゃん」

「ふぐっ……うっ……ううううぅぅぅぅ」


 もはや、言葉にならない。

 朱実の手を離して、口元を押さえても、涙も止まらない。

 今さっき、自分の中で気づいた想い。とってもとっても大事な気持ち。それを朱実も持っていて、自分のものと重なることが、こんなにも嬉しいことだなんて、思いも寄らなかった。


「わたしもだよ、シロちゃん」


 真白とは違って、朱実は泣くことはせず、ただただ優しく笑って、こちらのことを抱き締めてくれる。

 包み込んでくれる彼女の小さな身体も熱い。

 また、涙が溢れてきそうだ。


「シロちゃん、話を切って、わたしから言っちゃってごめんね。どうしても、わたしから先に伝えたかったの。ずっと好きだったって」

「そうだったんだ……」

「いつからだったかは忘れちゃったし、シロちゃんみたいにいっぱいいっぱい考えたってことはなかったけど、とにかく、気付いたら、シロちゃんのこと好きになってた」

「……朱実は、どうして早くそれを伝えてくれなかったの?」

「んー、さっきまでのシロちゃん、女の子同士はおかしいって気持ちがあったからかな」

「う……」


 それを言われると弱い。

 確かに。

 その状態で朱実に好意を伝えられたとしたら、真白は困惑して、また、朱実との距離感がわからなくなっていたかも知れない。


「そんな気持ちを抱えたままだったけど、シロちゃん、言ってることとは逆で、無意識にわたしのことを落としに来るものだから、本当に大変だったよ」

「お、落としにって?」

「たとえば、あの指でのキスのことだったり」

「あ」

「わたし無しでは生きられないって言ってきたり」

「うっ」

「お姫様抱っこしてきたり」

「ぬ」

「相合い傘をしたときなんかは、ずっとわたしと歩いていたいと言ったり」

「むぅ」

「他、無意識の攻勢が、出会ってから一学期の間にいっぱいあるね」

「…………」


 思い当たる節は、真白の中で、たくさんある。

 全部が全部、朱実と仲良くなりたいという気持ちから来たものだが、見方を変えれば、アレは結構大胆だったかも知れない。

 それらを受けてなお、気持ちを表に出さずに耐え続けた朱実のすごさは、もはや計り知れない。


「ご、ごめん、そうとは気付かず、あたし……」

「謝らないでよ。それで、ますますシロちゃんのことを好きになったのも事実だし、シロちゃんも、今までのその行動がわたしのことを好きになってくれたって結果に集約されているなら、ね」

「……朱実」


 本当に。

 この娘には、敵わないなぁ、と思わされる。

 だからこそ。

 ずっと、彼女を近くに感じていたいと気持ちにさせられるし。


「先に言われちゃったけど、改めて、言うわ」


 もっと、朱実への気持ちが溢れてくる。

 抱き締めてくる朱実の肩に手をおいて、少し離れて、なおかつ彼女の顔を正面にしながら。



「あたしも、朱実のことが好き。大好き。世界で一番」



「――――!!!!!」


 その言葉を受けてか、朱実、顔を真っ赤にした。


「え……あ、は、はは。こっちから好きって言った後なのに、め、面と向かってシロちゃんに言われると、やっぱ、すごい、照れるな……う、わ、嬉し……ど、どうしよ……」


 先ほどまでの、堂々とこちらに好意を伝えてきた威勢はどこへやら。

 でも、そんな照れ顔も、真白が彼女を可愛いと思うところの一つだし。


「朱実」


 真白の中の想いを溢れさせ、加速させるには充分だった。


「え……ん、んぅ!?」


 未だに掴んでいた彼女の肩を引き寄せて。

 真白は、朱実の可憐な桜色の唇に、自分を重ねた。


「――――」


 柔らかい。

 最初の印象は、思っていたよりもずっと心地よい感触で。

 一秒、二秒、三秒と重なりが続くことで、先ほど感じた熱が再度全身を満たしていく。


「ん……んっ……う……」


 朱実も朱実で、最初こそは驚きに目をいっぱいに開いていたものの、やがて目を閉じてへなへなと身体を弛緩させていき、その感覚に翻弄――


「はっ」


 されそうになりながらも、寸前で堪えたようで、慌てて真白から離れた。


「し、し、シロちゃん……!」


 そして、朱実は、語気強めで、怒っているのかニヤケているのかよくわからない真っ赤な顔で、こちらを見てくる。

 真白、これには『あれ?』という気持ちになった。

 何か、自分は拙いことをしただろうか?


「い、い、いきなり、何をしてくれるの……!」

「え? キスだけど?」

「それはわかってるよ! で、でも、いきなりだなんて、そんな……!」

「だって、お互い想いを伝え合えたことだし、それに朱実、この前キスってどんな感じかって、興味津々だったから……」

「だとしても、ムードとか、雰囲気とか、心の準備とか、そう言うの! 大事!」

「そ、そうなの?」

「そうなの! だから、今みたいなのはダメ! ノーカウント! 成立していない!」

「ヱー……」


 ぷりぷり怒りながら朱実に言われて、真白、しょんぼりである。

 せっかく想いを伝えられたというのに、いきなり失敗してしまった。

 しかも、このキスがノーカウントということは、もしや、好きと言い合えたことにも影響するのでは……!?

 そんな、漠然とした不安が、真白に襲いかかろうとした矢先。


「シロちゃん」


 朱実が、大きく息を吐きながら、俯こうとした真白に合わせるかのように、見上げてくる。

 その視線の熱っぽさに、真白は思わず息を呑んだ。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 確かに、怒りはしたんだけど。

 シロちゃんとキスするのが、イヤだなんてことは、もちろん全然無い。

 むしろ、嬉しい。

 ただ。

 欲張りを言うなら、わたしが、憧れているのは、


「もっと、優しく、ね」

「やさ、しく?」

「そう。目を閉じて、こんな風に」


 そう言って、わたしは、目を閉じてシロちゃんにそっと触れる。

 実は、とても緊張したけど、シロちゃんのさっきの躊躇なさが、後押しになったみたい。

 そんなところに感謝しつつも、わたしは、優しく重なる唇の感触を味わう。

 濃厚ではないけど、柔らかく、甘く、息遣いを間近に感じて、とても……こう、幸せが満たされていく。


「ん……」


 唇が離れる。

 目を開けてみると、シロちゃん、とっても顔を真っ赤にしていた。可愛い。


「これ……なんだろ。とても、恥ずかしい」

「そ、そうだった? 実は、わたしも同じなんだけど」

「だけど……こっちの方が、好き」

「それも、わたしも同じ……」

「……朱実、もっと」

「!!!!!」


 ドクンと、胸が高鳴った。

 こ、これは、シロちゃんの甘えんぼさん属性がここぞとばかりに……!?

 未だに顔を赤くしながら、目を閉じるシロちゃんが、もう、可愛くて、愛しくて、あと、ちょっとエロくて、どうしようもなくなっちゃう。

 こんなにも、なってくると……!


「し、シロちゃん……!」


 そんなムラムラとした思いで。

 わたしは、シロちゃんの首に絡みついて、もう一度唇を優しく、それで居て深く重ねようとしたところ。



『そこー、残ってないで、早く帰れよー』



「!」

「!」


 遠く、というから教室の外の廊下から、わたし達のクラス担任の声が聞こえた。

 これに、わたしもシロちゃんもハッとなって、いつしか密着していた身体を離して、教室の入り口を見る。

 誰も入ってくる様子はなかったし、戸の窓ガラス越しに誰かがいる気配もない。

 どうも、わたし達にかけられた声ではないみたいだった。

 び、びっくりした……。


「忘れてたわ。ついつい夢中になってたけど、放課後の教室だったわね、ここ」

「……あ、危なかった」

「え? 危なかったって、なにが?」

「あ、いや、な、なんでもないっ、なんでもないですよっ」

「?」


 流石に、自分でいきなりはダメだと怒った手前、キス以上の展開に暴走しそうになってたと言えるはずがない。

 首を傾げるシロちゃんに、わたしは全力で誤魔化して、大きく一息。


「とりあえず……帰ろっか、シロちゃん」

「ん、そうね。なんのかんので、期末の勉強もしなきゃだし」

「あ……はは、その存在すらも、すっかり忘れてたよ」

「それだけ、あたし達には、大変なことが起こってたから」

「そうだね……」


 そんなわけで。

 さっさと帰り支度を済ませて、鞄を持って、教室を出ようとする傍ら。


「朱実」


 出口寸前、シロちゃんがこちらに向かってちょっと屈んで目を閉じていた。

 どうにも、もう一度欲しくなったみたい。

 それは、わたしも同じで、


「……うん」


 ちょん、と。

 もう一度、軽く触れ合うだけのキスをして、


「……ふふ」

「えへへ」


 お互い軽く笑い合って、自然と手を繋ぎながら、わたし達は教室を出たのだった。



 ……あ~~~~~~~~~~~~~~~。

 幸せ。

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