ACT41 わたしから、言わせて?


「結局、間違いだったってこと?」

「うん」


 放課後の、真白と朱実以外は誰も居ない一年二組の教室。

 台詞を噛んで凹んだ状態から立ち直って、真白はひとまず落ち着こうと思って、朱実に、この手紙の経緯を一から説明したのだった。


「しかも、手紙の主は女の子からだったって言うのが、とてもビックリだったわ」

「んー。でも、よくよく冷静に考えて、わたしもそうなんじゃないかなって思ってたよ」

「そうなの?」

「あの手紙の文面もだけど、文字の特徴がね。すごく丁寧だけど、女の子特有の丸っこさが抜けきってなかった感じだったから。元々は丸っこくて、この手紙のために字の練習を結構したんだと思う」

「おお……」


 さすがは、朱実の女子力による分析と言ったところか。

 確かに文面の奥ゆかしさはあったものの、そう言う風に確信できるに至れるまでは、真白はまだ朱実に遠く及ばない。その辺は、彼女からもっといろいろ学びたいと思ったのだが……それは、ともかく。

 真白、一つだけ深呼吸して、


「それでさ。その時、あたし言ったのよ。女の子が女の子にはおかしいと思ったって」

「っ……」

「そうしたら、その子に怒られちゃった。何もおかしいことはないって。例え同性でも、誰かを好きな気持ちは大事な気持ちだって」

「あ。そ、そうなんだ、ね」

「朱実は、どう思う? 女の子が、女の子を好きになること」

「え……っと」


 朱実、一瞬、言葉に詰まったようだった。

 ついつい流れで訊いてしまったが、真白にとって、この問いかけは自分のこれからを左右するものである。

 とても、緊張した。

 果たして、彼女の答えは――


「い、いいんじゃないかなっ。人の気持ちは人それぞれだし、その人がそれでいいなら」

「……そっか」


 ちょっと詰まってるけど、その言葉に嘘はない。

 ならば。


「朱実、手を出して」

「え? 手? いいけど――」


 ほとんど反射的に差し出してきた、朱実の小さな左手を。

 真白は右手で、指を絡めて、きゅっと、握った。


「なっ、し、シロちゃん? こ、これは……!」


 これには朱実、流石に息を呑むも。

 真白は、もう一度だけ深呼吸して、胸の中にあるざわつきを抑えつけながら、


「――朱実、話を聞いて」

「う、うん」


 彼女の目をまっすぐに見て、


「あたしね、朱実とはいつでも仲良くなりたいって思ってたけど、いつしか、朱実と接しているうちに、胸の中がざわつくようになったの」

「ざわつくって……」

「うるさくなるような、心地よくなるような、そんな感じ」

「――――!」

「その時は、何でそうなるかはわからなかったし、別にそれ以外は特になんともなかったから、急いで知る必要もないかって思ってた」


 彼女の手を握っていない方の左手を、己の胸に当てながら、


「でもね。朱実が熱を出して学校を休んだとき。朱実のことが心配だなってものすごく思ったとき。急に、胸の中がきゅって苦しくなったの」

「それって……つい、昨日?」

「うん。前に朱実と一緒に見た映画を思い出したのと、それと――」


 昨日の朝のように、ドクン、と鼓動が跳ね上がるのを、自分の中にある感情と重ねつつ、


「もし、お母さんが大好きだった人と同じように、本当に朱実があたしの傍から居なくなったらって思ったらね。居ても立ってもいられなかった。朝そうなった時は、おなつさんや桐やんに助けてもらったけど」

「…………」

「それでも、やっぱりお見舞いの時に朱実の顔を見た時なんかは、心地よさとか、切なさとか、いろいろ混ざっちゃって、ぐちゃぐちゃになって、ワケわかんなくなって。だから、この気持ちの正体を知りたいと思ったの」


 そして、



「いっぱい、いっぱい考えて――さっきの斎場さんとのお話で、今日、今、この気持ちの正体を知ったわ」



 そこまで、吐き出して。

 真白の中で、緊張が走る。

 この言葉を言うことで、いろいろなことが終わるような気がする。

 もし、彼女に受け入れられなかったら、あとの高校三年間、真白はどのようになってしまうか、考えもつかない。

 でも。

 言わずにはいられない。

 この気持ちに、蓋をしたままなんて、出来はしない。

 さあ。

 躊躇なく。

 勇気を出して。



「朱実、あたしは、あなたのことが――」

「シロちゃん」


 

 と、言葉を出そうとしたとき。

 朱実が、真白が握る左手とは逆のほう、右の指二本で、真白の唇をピタリと押さえた。


「――――!」


 とても優しいタッチだったというのに、ただそれだけで、真白の言葉を瞬時に止めてしまった。

 それだけの、力があった。

 一瞬、その動作を、朱実の拒絶かと思って、真白の中でぐるりとした重みが加わった気がしたが。

 果たして、顔を赤くしながらも、しっかりと目を逸らさず……そして、真白が手を握っているのを、逆に、朱実は強く、強く握り返してきて。

 出てきた、言葉は。



「わたしから、言わせて?」



  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 シロちゃん。

 気持ち、わかったよ。

 とっても、嬉しい。

 だからこそ。

 わたしから、言わせて?

 だって。



 ――わたしの方が、シロちゃんよりも先に、ずっとずっと前から、想い続けてきたから。



 心の準備もしないままだったから、とっても緊張したけど。

 この気持ちは誰にも、シロちゃんにも負けない、という自信と共に。

 言葉にするのは。

 まず、わたしから。



「好きだよ、シロちゃん」

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