ACT34 一口、いかが?


「緑谷さん、お昼、一緒にどうかしら?」

「はい。自分でよろしければ、ご一緒しましょう」


 昼休み。

 いつも昼食を共にしている朱実が今日は欠席なので、代わりと言えば何だけど、真白は奈津を誘ってみたら、彼女は快く引き受けてくれた。

 ついでに、桐子も誘おうと思っていたのだが、


「桐やんは……今日は、居ないのね」

「はい。桐やんさんは、女子バスケ部の方々とランチミーティングですね。最近、頻繁にあるんだそうです」

「ふーん。いろいろ大変そうね」

「総体の県大会もベスト8で終わって、三年生も引退しましたし。これからのチーム作りで、桐やんさんも、しばらく忙しくなるのかも知れません」

「ていうか、緑谷さん、やけに事情に詳しいわね。どうして?」

「え? ……い、いやー、はっはっは」

「?」


 奈津が笑って誤魔化していると一目で分かったのだが、真白にとってはそこまで気になる事項ではないので、深くは突っ込まないでおいた。

 ともあれ、今日は奈津と二人で昼食である。


「おお、真白さん、これまた色鮮やかなお弁当でっ」

「大したことないわよ。昨日の夕ご飯の残りが大半だし」

「ですが、クイックで作るお弁当というものは、大概色が茶色くなると聞いたことがあります。その点、この鮮やかさは、真白さんが手を抜いていない証拠ですっ。これは優勝ですなっ」

「……そこまで褒められるのも、照れくさいわね」


 真白、ちょっと顔が熱くなる。

 さっきの休み時間での桐子といい、今の昼食時での奈津といい、今日はやたら褒められることが多い気がする。

 もちろん、嬉しい。嬉しいけど、なんだか恥ずかしい。

 朱実も朱実でいろいろ持ち上げてくれるけど、他の子からもそうされると、またちょっと違う感覚だった。

 ……そうだ。


「なんなら、緑谷さん、一口どう? 卵焼きは朝作ったやつだし」

「おおっ、いいんですかっ?」

「うん。いつも仲良くしてくれてるし、それに……朝は、いろいろお世話になっちゃったし」

「朝? なんのことです?」

「緑谷さん、朱実が居なくて不安になっていたあたしを、真っ先に励ましてくれたでしょ」


 今朝。

 真白の中での、昔の出来事のフラッシュバックを止めたのは、間違いなく奈津だった。

 彼女が、優しく自分の手を握って、励ましてくれたとき。

 朱実にも負けないくらいの、温もりを感じることが出来て、安心すると共に、


「あれ、とても嬉しかったの」

「真白さん」

「あたしにとって友達の存在がすごく尊いものだって、改めて感じさせられたわ。それを教えてくれたのが、緑谷さん。あなたよ」

「え……じ、自分、そこまでのことは……身体が勝手に動いただけ、と言いますか」

「反射でそれが出来ると言うことは、緑谷さんはそれだけ、人間としてとても素晴らしいってことね」

「う……あ~~~~~~、そ、んなにも、煽てないでくださいよっ。自分、そこまで褒められ慣れてないんです……っ!」


 昼食の手を止めて、真っ赤な顔を押さえて身悶えする奈津。今にも教室の床をゴロゴロのたうち回りそうな勢いだった。なんだか、面白い。

 ただ、真白が言ったことは煽てでも何でもなく本心であるし……彼女と友達になれて、心から光栄だとも思った。


「みど――」


 だからだろうか。

 今も、この呼び方になっていたのは、真白にとってはしっくりこなかったので。


「ねえ」

「え……あ、はい、な、なんでしょうか、真白さん」



「あたしも、おなつさんって、呼んでいい?」



「――――」


 そう言われて、一瞬、奈津は固まったようだが。


「あ、そ、そういえば、まだそう呼ばれてませんでしたねっ。はい、お好きなように呼んでくださって結構です。自分でも、気付きませんでした」

「うん。あたし、桐やんともだけど、おなつさんとも、もっと仲良くなりたいって今日改めて思ったから」

「そ、そうですか」

「だから、これからもよろしくね、おなつさん」

「……は、はぃ」


 小さく頷いてくれた。

 その後で、『冷静になれ。じ、自分には、桐やんさんという方が……』となにやらぶつぶつと呟いていたが、真白、その意味については推し量れない。

 ともあれ、彼女とは友達として、上手くやっていけそうな気がする。

 その手始めとして、


「じゃあ、おなつさん。友情の証に――」

「う?」


 自分のお箸で、弁当箱の中の卵焼きを摘んで、



「はい、あーん」



「!!!??」


 奈津に差し出してみると、何故か、彼女は驚愕していた。度の厚い眼鏡でよく見えないが、おそらく目をまん丸にしているかもしれない。

 それほど驚くほどのものなのだろうか?


「ほら、おなつさん、パクリといっちゃって」

「な、あ、ええと、あのう……!」

「ほら。あーん」

「そのう……!」

「あーん」

「……いただきます」


 ここは一つ、積極的に押してみると。

 奈津は弱々しくも、その卵焼きを食べてくれた。


「……こんな時だと、味が分からなくなると思ってましたが、現実は美味しいものですね」

「? 何を言ってるの?」

「い、いえ……さ、さすが真白さんの腕前、圧倒的優勝ですなっ」

「そう? じゃあ、もう一個どう?」

「え、遠慮しときますっ。そういうイチャイチャは、朱実さんに取っといてあげてください……!」

「ゑー」


 遠慮されてしまった。

 真白、ちょっとしょんぼりであるが……まあ、確かに、いきなり踏み込みすぎた感は否めない。焦らずゆっくりと、仲を深めるべきなのだろう。

 そのように真白が納得する傍ら、



「朱実さん、毎日これはいろいろと大変ですな。桐やんさんのことがなければ、完落ち案件ですよ……」



 またも、奈津が独り言を呟いてたようだが。

 その内容も意味も、やはり真白にはイマイチ伝わってこなかった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 はぅあっ!?

 またも、ラブコメの……しかもそれでいて、なんかこう、家庭的な波動までを感じたような?

 ……熱は徐々に下がってきたけど、その分、何故か敏感になってきた気がするよ。

 同時に、学校で何かが起こっている気もして、ひじょーに気になる。

 シロちゃん、今、本当にどうしているのかな……。

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