ACT32 不安なときに頼れるものとは?


「おはよう、二人とも」

「おお、おはよーっす……って、ん?」

「真白さん?」


 朝のHR約十分前といったところで、登校した真白は一年二組の教室に到着し、友達である桐子と奈津の出迎えを受けたのだが。

 出迎えてくれた二人、今の真白のことを見て、揃って怪訝な顔をしていた。

 それもそのはず。


「シロっち、アカっちはどうしたんだ?」

「いつも朝は一緒だったというのに、今日は何故?」

「うん……朝、朱実から連絡があって」

『?』


 真白がスマホを取り出して、メッセージアプリで交わされた朱実との会話の内容を二人に見せる。


「おおぅ、アカっち、今日は風邪かっ」

「初夏とはいえ、珍しいですねぇ」

「うん……」


 どうも、朱実は、今朝起きてから身体が重かったらしい。

 熱を測ってみたら、三十七・五度ということで、高熱とまで行かずとも心クラリとするような微熱の一歩上といった具合なので、大事をとって今日は欠席するとのことだった。


「まあ、その方がよろしいでしょうね。期末テストも近いですし」

「本番までに体調を万全にしておかないとなっ」

「そうなのよね……」

「……っていうか、真白さん、ものっすごい沈んでますね」

「まさに、心ここにあらずだなっ」

「当たり前でしょ……!」


 それぞれ自分の様子をコメントする桐子と奈津に、真白はクワッと目を見開いた。


「朱実が体調を崩したのよ? あの、いつも元気で、可愛くて、天真爛漫だった、あの朱実がっ! 心配に決まってるじゃないっ! 今も熱にうなされていると考えたらっ! もしっ! 万が一っ! 熱だけでなく不治の病もしくは重い病気が発覚したとか! そんなことがあるかも知れないと考えると、あたし、居ても立っても居られないわ……!」

「そんな大袈裟な」

「大袈裟なんかじゃないっ!」


 一際大きく声が出たのに、目の前の桐子や奈津だけでなく、クラスメートが揃ってこちらを見てくるのだが、真白はそれに構うことなく、俯いて唇を噛みしめる。


 ――微かに、思い出したことが、ある。


 真白が、とても、とっても小さかった頃。

 お母さんが、大好きだった人。

 最初は、小さな風邪だったと言うのに、突然、あの人は――


「真白さん」


 そのフラッシュバックが、真白の不安をさらに増大させようとしたところで。


「……緑谷さん?」


 奈津が、真白の右手をぎゅっと握ってきた。とても、優しく。


「大丈夫です。真白さん、朱実さんはきっと大丈夫です」

「……でも」

「不安なのはわかります。心配なのもわかります。ですが、朱実さんを信じましょう。朱実さんが大丈夫ってことを信じましょう」

「…………」

「うん、おなつの言うとおりだぞっ」


 と、今度は桐子が、真白の左手の方を握ってきた。こっちは力が強くてちょっと痛い。


「ごめんな、シロっち。友達のことを心配するの、当たり前だよなっ」

「桐やん」

「おなつの言うとおり、大丈夫と思えば大丈夫だっ。みんな大丈夫っ」

「……なんだか大雑把だけと、言いたいことはわかるわ」


 奈津と桐子の温もりを存分に感じて、真白は少しずつ、心に落ち着きを取り戻していくのを感じた。

 いつもの朱実の朝の『補給』とは、また少し違う活気というやつだろうか。

 それを受けて、真白は、


「二人とも、ごめんね。取り乱しちゃったりして」

「いえいえ、困ったときはお互い様です」

「ボク達は仲良しの友達だからなっ。いつだってシロっちのことを支えるぞっ」

「うん。――本当に、ありがとね」


 そのように、お礼を述べると共に、微笑みかけると。

 どういうわけか、桐子と奈津は、同時に肩を微かに震わせて。


「……え、な、なに? 二人とも? どうしたの?」


 これまた同時に、ほぼ自然な仕草で、こちらの頭を撫でてきた。

 長身の桐子は、軽々と上から。

 小柄な奈津は、一杯に手を伸ばして。

 なでなでなでなでと、小さな子供をあやすかのように。

 それがまた、何故か真白には心地よくて、同時に、恥ずかしくて。顔に熱を持っていくのがはっきりとわかった。


「な、なんで、撫でてきてるのよっ」

「いやー、シロっち、なんだか可愛くて」

「なんとなく、こう、自分にも妹が出来たみたいな気持ちになるんですよねぇ」

「どうしてよっ!? ちょ、ちょっと、やめてったらっ!」

「可愛いっ!」

「真白さん可愛いですっ!」

「だから、やめて……って、ちょっと待って!? なんでクラスの女子のみんな、こっちに向かって並んできてるのっ!? いったい何の列よ!?」


 いつのまにか、一年二組のクラスの女子達が桐子達と同じように、どこかフニャフニャしたような顔をしながら、列を作っていた。

 ちなみに、クラスの男子達は遠巻きながらこちらを見守っており、『……イイ』『イイな』などと呟いていた。

 全部が全部、意味が分からない。


「というわけで、真白さん、今日は自分達と仲良くしましょう」

「普段はアカっちがシロっちを独り占めだけど、今日はボク達がシロっちを皆占みんなじめだぞっ」

「皆占めってなにっ!? いや、仲良くするのはわかったから、集団でかかってこないで!? なんか怖いんだけどっ!?」


 とまあ、女子の皆が皆で、こちらに構って来るものだから。

 朱実への心配どころではなくなってしまった真白であった。


 ……でも、だからこそ、大丈夫と思えてしまうところは。

 有り難いと言えば、有り難い。

 彼女達とも、友達になれて、よかった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 うーん、まだちょっと身体がダルい……。

 シロちゃん、元気で過ごしてるかな。

 わたしが居なくて、寂しくなってなかったらいいんだけど……心配だな……。


「……ん? 着信?」


 メッセージアプリに、着信有り。

 見てみると、送り主はシロちゃんから。


『今日は、皆と仲良くするわ』


 と言うメッセージと、桐やんとおなつさんとを交えた、笑顔のスリーショット。

 シロちゃんだけ、ちょっと苦笑気味だけど……まあ、大丈夫みたいだね。

 安心したけど、それはそれで、妬けちゃうような……っと、もう一件着信が。


『だから、朱実も早く元気になって、あたしともっと仲良くしましょう』


「…………そうだね」


 思わず、呟いちゃった。

 うん。

 早く、元気になろう。

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