ACT29 いいおやすみメッセージを送るには?


「ふぅ、いい湯だったわね」


 時刻は午後十時を少し回ったところ。

 入浴を済ませたパジャマ姿の真白は、今夜はもう何もすることがないのを確認してから、自室で敷いてあった布団に倒れ込んだ。

 六月中盤もあってちょっと暑いので、パジャマのボタンを二つほど外しておく。人前どころか母の前でもやらないことだけど、まあ、いいだろう。

 そんなラフな姿で寝転がって、外で響いている雨音を聴きながら、真白はちょっと感慨に耽る。


 今日は、いろいろあったなぁ……。


 特に、放課後から夜にかけて。

 傘が壊れて、朱実と相合い傘をしたこと。

 朱実を自宅に招いたこと。

 朱実がお姉ちゃん風を吹かしていたのが、可笑しくて、有り難かったこと。

 母に朱実を紹介したこと。 

 母と朱実とで、一緒にご飯を食べたこと。


 ……って、朱実のことばっかりね。


 苦笑すると共に、また胸の中でざわつきを感じる。

 この感覚、今はもう慣れっこで、その心地よさがちょっと癖になりつつある真白だが……その正体については、まだ知るところではない。

 早急に知りたいとは思わないけど、気が向けば、誰かに聴いてみるのも良いかも知れない。


「ん……」


 そんなゆるゆるとした気持ちかつ、ちょっとした眠気を抱えたまま、ふと傍らに置いてあったスマホを見ると、メッセージアプリに一件の着信。

 送り主は、もちろん、朱実だった。

 おやすみコールかな?

 そう思って、真白は着信を開いてみると、


『シロちゃん、今日は夕食ありがとね。とっても美味しかったよ。また今度お礼させて』


「……ふふ、誘ったのはこっちなんだから、気にしないでいいのに」


 こちらが助ければきちんとした形で返してくるのが、朱実らしいと言えば朱実らしい。

 でも、彼女のそんなところも、真白にとってはとても好ましく。

 もっともっと仲良くなりたいなんて、思ってしまう。


『じゃあ、あたしはそのお礼に、またご飯作ってあげる』


 そのように返信すると、


『それじゃ、わたしはそのお礼で、シロちゃんの苦手な数学でわからないところ、教えてあげるね』


 すぐに返信が来た。

 真白、その早さにちょっと驚きつつも、スマホに文字を打ち込んでいく。


『だったら、あたしは朱実にお裁縫のコツを教えたいわね』

『今度新発売されるコスメ、シロちゃんに合いそうなのがあったら教えるね』

『なら、あたしは――』

『もう一つ、わたしは――』


 と、いった具合に、スマホ上の文字という形でも、止まらない朱実とのおしゃべり。

 いつも学校で会ってるのに、この夜でも話題は尽きることがなく、こういったやりとりもこれまで何度となく交わされている。

 とても、楽しく、幸せな時間だ。


「……あ」


 気づけば、時刻は十一時過ぎ。

 明日も早いから、もう寝ないと。


『ごめん、もう寝なきゃ』

『ん、わたしも、そうする』


 会話の途中であったが、キリの良いところでストップ。

 続きは明日に取っておこう。それもまた、実に楽しみだ。

 そのように胸中を弾ませていると、メッセージウィンドウに、『おやすみ』という趣旨の、可愛い子猫の絵があしらわれたスタンプが送られてきていた。

 初めて見るものだった。新しく仕入れたのだろう。


「…………」


 こういうスタンプを、真白は持っていない。

 以前まではあまり気にせず、スタンプに対しても文字で返していただけだったのだが、今日については、それ相応の返信をしたいなと思う。

 さて、どうしたものか……と考えたものの、今からスタンプを購入するのも手間だし、かといって良さげな代用品もないので、


「ん」


 パシャリ


 寝ころんだままの自分を自撮りして、『おやすみ』のメッセージを添えて、送信しておいた。

 送信した後で、髪がちょっと乱れ気味だったのと、パジャマのボタン二つが外れたままだったのに気づいたけど、まあ、朱実しか見ないので問題ないだろう。

 その画像メッセージに既読が付いたのを確認してから、真白はスマホをスリープモードに。それから部屋の電灯を消して、布団に入る。

 今日は、楽しい日だった。

 明日も、楽しい日が待っていると思う。

 そんなわくわくを抱えつつ。

 おやすみなさい。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 はぅわわわわわわわわわわ……!?

 な、なに、この、シロちゃんの、仰向けパジャマ自撮り写真!? なんでこんなの送られてきたの!? それ以前に、なんでパジャマのボタン外れてるの!? どういうことなの!?

 胸元が見えそうで絶妙に見えないけど、これは、ちょっと、エ、エ、エロすぎない!?

 こんなの送られてきて、どうすればいいの、わたし!? 

 ちょっと眠くなったばかりなのに、一気に眠気が冷めちゃったよ!?

 と、とりあえず、落ち着いて……うん、まずは保存、しとこう。

 よし、OK。

 それで次は……まてまてまて、次ってなにさ。

 次なんてものはない! 絶対! うん、寝よう! 早く寝よう!


 ……本当に。

 この無意識からくるシロちゃんの攻勢、止まることを知らないよね。

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