ACT30 たまにはこちら側もいいのかも?


「あーうー……」


 昼休みがもう少しで終わろうかという時刻。

 五時限目は家庭科の授業による移動教室なのだが、移動中、隣を歩く朱実の足取りがどうにも頼りないのに、真白は少し心配になった。


「大丈夫、朱実?」

「ん……だ、だいじょうぶ……う~」

「今日は朝からずっと眠そうだったけど、もう限界っぽいわね。なんでこうなってるの?」

「いや、まあ、昨日はちょっと眠れなくて……ふぁ……」


 開いてしまいそうな口を手で押さえつつ、可愛らしく欠伸を一つ。

 確かに昨日、真白は朱実とスマホのメッセージアプリでおしゃべりを楽しんだのだが、そこまで夜遅くまでは及ばなかったはずだ。

 つまるところ、真白が就寝した頃、朱実はまだ起きていたということになる。


「夜更かしは美容の大敵だって、朱実自身が普段から言ってたのに。まさか、朱実がやっちゃうことになるとはね」

「……原因は、シロちゃんの、あの自撮り写真にあるんだけど」

「え、何か言った?」

「な、なんでもない、なんでもないですよ?」


 ごにょごにょとした語気の弱い朱実の呟きは、どうにも真白の耳に届いてくれない。

 もう一度聞こうとしたのだが、そうこうしているうちに、目的の家庭科室に付いた。

 空いてる二つ席に、隣同士で腰を落ち着けるも、朱実は机にグデーッとなっている。ここまでだらしなくなっている朱実というのも、真白にとっては珍しいのだが。

 それだけ今、彼女は弱っているのだろう。

 となると、朱実に何かしてやれることはないだろうか……?


「…………」


 と、そこで真白が思い出したのは、先日の、この家庭科室でのこと。

 あの時は今と立場がまったく逆で、真白の方が眠気でうつらうつらしてて……それで、朱実に少しの間だけ肩を借りたのだ(ACT15参照)。

 その時、たったの数分の間の睡眠でも、真白は彼女の肩でとても心が安らいで、起きた後、最後の授業をどうにか乗り切ることが出来た。

 というわけで、


「朱実」

「んー……?」


 今度は、自分が貸す番だ。

 呼びかけて、朱実がほぼ眠そうな半分……というより八割ほど閉じられた眼で、こちらを向いたのを見計らって、



「甘えさせてみただけ」

「――――」



 真白は、彼女の頭を引き寄せ、ポスッと自分の胸の中に収めてみた。

 それを受けて、朱実、一瞬硬直したように見えたが……抵抗することなく、ずるずると力を抜いて、そのまま寝息を立て始めた。眠気が限界だったのだろう。


「……おお」


 己の胸の中で、一定のリズムで呼吸する朱実は、ほのかに温かく。

 胸のざわつきが来ると共に、朱実のことを強く抱き締めてしまいたい衝動に駆られながらも、彼女の髪を撫でるだけに止まる。

 ただそれだけでも、とても、真白はほわほわとした気持ちが体中を満たしていく。

 ああ、いいなぁ、こういうのも。

 普段は、たまに朱実に甘えさせてもらってるけど、甘えさせる側にたつのも、これはこれで、中々にイイ。

 今度は、朱実が起きている時に、こちら側に立ってみよう。そうしよう……!

 どんな反応を示すか興味を抱き、強く決意を固めると共に。

 真白は、さわさわとリズミカルに、朱実の髪の感触を楽しんだ。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 んーむ……意識が朦朧と……んん?

 なんだか……額に、ふかふかとした、柔らかな感触が。

 これは一体?


「朱実、そろそろ授業が始まるわ。起きて」


 すぐ近くから、シロちゃんの声。

『起きて』と言われているからには、わたしは、寝ちゃってたのだろう。

 どのくらいの時間かわからないけど、授業中にまで寝ているわけには行かない。しっかり目を覚まさないと。

 そういう思いで、わたしは目覚めの感覚と共に、額にある柔らかな感触にそっと両手を置いて顔を上げようとしたところ。


 ぽよん


 両の手のひらに、布の手触りとその向こうにあるゴム鞠のような弾力を感じて、


「……あ、朱実?」


 次いで、シロちゃんの戸惑うような、それでいて切羽詰まったような声が聞こえた。

 いろいろ、どういうこと?

 頭に疑問符を浮かべつつも、意識はようやく八割くらい覚醒し、顔を上げて見たところ。



 わたしの両手が、シロちゃんの――結構立派とも言える、二つのお山に、ぴったりと埋まっていた。



「う……ほ、わ、わ、わ、わわわわっ!? ご、ごめんシロちゃんっ!?」


 慌てて手を離した。

 寝ぼけての不可抗力とは言え、わたし、なんてことを……!


「いいのよ、朱実。自分の胸を朱実の枕にしたのは、あたし自身なんだから。こういうことだってあるでしょ」

「え、そ、そうなの?」

「うん。……それに」

「? それに?」



「この前、マッサージしてもらった時と同じで、なんだかちょっと――気持ちよかったし」



「――――!!!!!」


 シロちゃ――んっ!?

 それは大胆とか無防備とかを通り越してるんですけど!?

 そういうこと、わたし以外の人には絶対に言っちゃ駄目だからねっ!?

 あと、ちょっと切なそうな吐息を交えながら、そんなエロスな顔をするのも駄目だからねっ!?

 ……などと思いつつも、口をパクパクさせるわたしは、いろいろ言葉にならず、


「……とにかく、ごめんね。今後、気をつけるよ」


 なんとか、それだけを絞り出すことが出来た。


「え? 朱実、本当に気にしなくていいのよ?」

「いや、気をつけるから! 本当に! わたしのためにも!」

「???」


 あー……さっきまで本当に朦朧としてたのに、完全に目が覚めちゃったよ。

 しかも、未だに両手に残っている、この感触。

 わたし、今日の残りの授業、ちゃんと集中出来るかな? ……出来ないだろうなぁ。

 それだけ、その、柔らかかったです、はい。

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