ACT24 友達に、なりましょう?
「仁科さん、一緒に帰ろっか」
今日も一日の全ての授業が終わって、放課後。
いつもとはちょっと違うけど、いつもそうしているように真白は朱実に声をかける。
「ん、そだね。一緒に帰ろう、乃木さん」
ふわふわと気持ちが軽やかな真白に対して、朱実は少し神妙な様子である。
教室を出て廊下を歩く際にも微妙な距離があったけども、
「なんだか、今日は……いろんな意味で、大変だったよ」
と、肩を並べて歩く傍ら、朱実がボヤくように言ってきた。
「そう? あたしとしては結構新鮮で、たまにはこういうのもいいかなって思ったけど」
「わたしは、しばらくはやりたくないかなぁ。まあ、ちょっと思い出したこともあったし、いい点があったといえばあったけどね」
「? 思い出したこと?」
「うん。わたしと乃木さんが、初めて出会った日のこと」
「――――」
そう言われて、真白は、虚を突かれたような気分になるが。
よくよく考えてみると、確かに、納得できるかも知れない。
真白も真白で、その日のことを思い出す。
――高校の入学式の、あの日。
真白は、朝のちょっとしたトラブルで、遅刻寸前で掲示されていた一年二組の教室に入ったのだった。
教室内の皆は、もうほとんどが自席に着いていて、今ある空席が自分の席だろうと真白は見切りをつけて、そこに移動したところ。
その席の前の席に、彼女は座っていた。
第一印象は、ちっちゃくて可愛い。
どこか緊張した面持ちで、不安げでそわそわしていて、守ってあげたくなるような儚さがあって。
でも、実は芯が強くて、しっかりしてて、とってもいい子だというのが、その雰囲気から何となく感じ取れて。
その、全部が、真白の中で何かを衝き動かしたのだ。
『ねえ』
気づけば、躊躇わずに、彼女に声をかけていて。
『?』
『わたし、乃木真白。あなたは?』
『え……っと、仁科、朱実』
自己紹介していて。
『――友達に、なりましょう?』
当然のように、手を差し出していたのだ。
「ありふれた出会いだったかも知れないんだけど。乃木さんが躊躇無く声をかけてくれて、その時のわたし、結構救われた気持ちだったんだよね」
たった二ヶ月前の出来事だったというのに、どこか懐かしげに、それでいて愛おしそうに、朱実は息を吐く。
「確か、当時は遠くからこの町に引っ越してきたばっかりで、学校には、本当の意味で知り合いが誰もいない環境だったからだっけ?」
「うん。友達が出来ないなんてことはないと思ってたけど、やっぱりちょっと不安だったから。逆に、ここまで早く出来るとは思ってなかったよ」
「うーん……あたしもあたしで、そこまで積極的にいく性分ではないと自分でも思ってたんだけど、あの時は、本当にパッといってたのよね」
「そのおかげかもしれない。クラスにも、学校にも、この町にもとっても早く馴染めたのは。乃木さんには感謝してるよ」
「……と、言いつつ、あたし自身、ちょっと要領が悪かったから。最初の頃は距離感をつかめなかったことも多かったのが、どうにも悔やまれるわ」
苦笑する真白。
ほとんど普通……一部で言えば不器用ともいっていい、自分のやり方だったためか、今日の昼休みの時のように会話に困ってしまったことも、一度や二度ではない。
そんなぎこちなさにも関わらず、朱実がいやな顔せずに付いてきてくれたのは、まさに幸運だったと言っていい。
少しだけ距離を置いた今だからこそ、わかった気がする。
「それもこれも、仁科さんが空気を合わせてくれたからよね」
「ううん、乃木さんが、一生懸命だったからだよ」
「え?」
「乃木さんは、迷わない人だから。わたしに良くしてくれようとしたのは、乃木さんが躊躇なく本心からそうしたいってことだって、わかってたから。この人になら、ついて行けるって思ったの」
「……仁科さん」
「だから、たまに発生する乃木さんの失敗をわたしがフォローするのも、なんとなく楽しかったりもしたんだよね」
「うぬぅ」
褒められたり諫められたりで、嬉しいやら苦笑するやら。
でも、全部ひっくるめて思い返すと。
この二ヶ月、真白としては、とても、とっても愛おしい日々で、この前にも思っていたように、ずっと続いてほしい日々で。
そして、ここ最近、何度も思っているように。
仁科朱実とは、もっと、仲良くなりたい。
だから。
「改めて言うわ、仁科さん」
「え?」
「――友達に、なりましょう?」
あの時と同じく、当然のように、真白は手を差し出していた。
対する朱実、ちょっと驚いたように目を見開きつつも。
クスッと、可笑しそうに、それでいて……ほんの少し、ほろ苦そうな顔をしながらも、その手を、取ってくれた。
「うん。これからも、よろしくね、シロちゃん」
「こちらこそ、朱実」
置いていた距離感は、自然と戻っていく。
今までの日常が、これからの日常が、とても心地よく、大切であるとわかった一日だったように、真白は思った。
「ところで朱実、今からでも補給しておく?」
「んー、やめとくよ。今日は、シロちゃんと手を繋いで歩くだけでも、なんだか有り難いって感じなんだよね」
「……言われてみれば、そうかも」
朱実の言う通り。
今は、手を繋ぐだけでも、真白にとっては十分だったし。
「…………」
――今は、ちょっとだけ、胸の中が騒がしくなっていた。
いつものように温かいだけではなく、そこに加わるかのように、何だかざわざわとする。
これは一体、なんだろう?
「? どうしたの、シロちゃん」
「ん……なんとなく、違った気分かなって」
「違った気分?」
「うーん、言い表し方がよくわからないから、わかったときに、教えてあげるわ」
「?」
ただ一つ言えるならば、決して、いやな気分ではない。
むしろ、心地いい。
本当に、なんだこれ……と思いつつも、答えを急ぐ必要もないとも思える。
そのうち、わかるだろう。
日が長くなって、まだまだ青空の下の、帰り道。
真白は、これまで通りの温かい朱実の手の感触と、胸中のよくわからない感覚を、存分に楽しむことにした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
――友達に、なりましょう?
そう言われたとき、ちょっと思うところがあったけど。
今は……それで、いいかなと思った。
わたしにとっても、それは大切な始まりだったから。
でも。
「――大好きだよ」
この、言葉を。
「え? なに?」
「んー、なんでもないっ」
「え、なによー。はっきり言ってよー」
「ひみつー、ははは」
いつかきっと。
はっきりと伝わるように、シロちゃんに伝えたいよ。
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