ACT25 傘に入れてもらっていいかしら?


「これまた、すんごい雨ね……」


 六月半ば、梅雨時真ん中のある日の放課後。

 下駄箱で靴を穿き替えて昇降口の出入り口に立った途端、見渡す限りバケツをひっくり返したかのように激しく降る雨に向かって、真白はぼやきを漏らした。

 その声も、雨音に消えていきそうな勢いなのに、帰り道は大丈夫だろうかと思ってしまう。


「んー、先日、『鋼森屋こうもりや』さんで、大きめの傘を買っておいてよかったね」


 一方の朱実、小さな体に反比例するかのような大きな傘を手に、ちょっとうきうきした様子。

『鋼森屋』とは、近くの商店街にある傘専門店のことである。そこで買った傘を手にする朱実は、新たなおもちゃを試したがるにゃんこのようだ。可愛い。

 先日から度々あるように、またちょっと、真白の中で胸がざわついたような気がしたが……それは、表に出さないようにしておいて。


「あたしも傘が古くなってきたから、久しぶりに『鋼森屋』さんで買い換えようかしら」

「それがいいかもしれないね。そういえば、あそこの店主のおばさん、すごくない? 会うなり『よく来たな、お嬢、ゆっくり見ていきんしゃい!』って声をかけられたし、傘の会計時は『いいセンスさね、O・JOEオジョー!』ってなんか発音違う感じで大声で褒められたし」

「……あのおばさんも相変わらずね。とりあえず、早く帰りましょうか」

「うん」


 そんな近所の傘屋を話題にしつつ。

 二人して、それぞれの傘を開き、雨音の響く通学路に足を踏み入れたところ、



「……陽太ようたくん、肩、濡れてない? 大丈夫?」

「大丈夫ッス。好恵このえ先輩こそ、はみ出さないように気をつけてくださいね」

「……ん、わたしも大丈夫だけど。念のために、もうちょっと」

「っ! せ、先輩、その、あ、あ、当たりそうッス……!」

「…………出来るだけ、そうならないようにするけど、陽太くんになら、当たっても、いいから」

「う……は、はぃ」



 そんな微笑ましいやりとりをしつつ、相合い傘で身を寄せながら歩いている、制服姿の一組の男女が居た。

 あの二人は確か……ちょっと前の休日、駅前で見かけたカップルさんだ(ACT06参照)。


「同じ学校だったのね、あの二人」

「男の人が二年生で、女の人が三年生みたいだね。相変わらず、仲がいいなぁ」

「……ああいうの、なんだか、イイわね」


 ぽつりと、真白の口から呟きが漏れ、またも雨音に消える。

 あたしもあんな風に相合い傘で仲睦まじく、朱実と帰ってみたいな……。

 と、思ったものの、現状、両者とも傘を持っている身だ。その状態で相合い傘というのも何だか変だろう。残念。

 もし、うっかり傘を忘れてたら、あのように……と想像して、また胸の中がざわつくのを感じていたところで、


「…………」


 朱実が何故か、大きな傘越しに、チラッチラッとこちらを窺ってきているのに、真白は気づいた。これまた可愛かったのだが、その意図についてはよくわからない。

 どうしたんだろう?

 そんな思いで、真白は傘を外側に傾けつつ、朱実に問いかけようとしたところで、


「っ!」


 ゴゥッと。

 雨に混じって、一陣の突風が吹いた。


「わっ!」

「ひゃっ!?」


 身が飛ばされる、と言うことはなかったけど。

 真白の持っていた傘が、その突風に煽られて、ボンッと音を立てて裏返り、その拍子に古くなっていた部分の骨が折れてしまった。


「し、シロちゃん、大丈夫?」


 咄嗟に、朱実は大きな傘に真白を招き入れてくれる。朱実の傘については、新品なだけあって、傷一つなかったようだ。

 おかげでこの豪雨の中でも、ほんの少しだけ濡れるだけに止まった。ありがたい。


「平気よ、朱実。……傘の方は、本格的に壊れちゃったけど」

「んー、確かに、破れちゃってる部分もあるね。これはどう使おうとしても無理かな」

「五年以上使ってたからね。これも、よく頑張ってくれたと思うわ」


 出来る限り折り畳んで、長年お世話になった傘に、真白は哀悼と敬意を示しつつ。


「朱実、このまま傘に入れてもらっていいかしら」

「うん、いいよー。なんなら、シロちゃんの家まで送っていくよ。確か、ここから二十分くらいだったよね?」

「ありがと、助かるわ。代わりに、あたしが傘を持とうか?」

「ん、その方がいいかもね。はい、シロちゃん」

「じゃ、行くわよ」


 とまあ、図らずも、朱実と同じ傘の下で歩くことになった。不幸中の幸いといえばいいのだろうか。

 普段でも、いつも腕を組んだり、手を繋いだりと、朱実とのスキンシップは多いのだが、こういう状況で距離が近いのも……なんだか、想像してたのよりも、すごく、イイ。

 身を寄せているといっても、肩と肩が触れ合うとかそういうのはないのに、とても近くに、朱実を感じる。

 また、胸のざわつきが大きくなったような気がした。


「……このまま、ずっと」


 と、近くの朱実が、何かを呟いたのが聞こえた。


「? どうしたの、朱実?」

「あ、いや、なんでもない、なんでもないですよ……!」

「なんで丁寧語になってるの?」

「う、は、ははは……」


 顔を赤くしたまま、笑う朱実。その仕草も可愛い。

 それを見てると、真白の方でも顔に熱を持ってしまいそうになるが……その気持ちは、何とか見えないようにしておきたい。

 どうしてこんな気持ちになるかが分からないけど、本当に、朱実にだけは。

 だから、自分からも何か言わないと。

 ……うん、この気持ちとは別に、率直に、今の希望を言うことにしよう。

 

「朱実」

「え?」



「こんな風に、朱実と一緒に歩く時が、このままずっと続けばいいのにね」



「――――!!!!!」


 その言葉を受けて、朱実、口をパクパクさせながら、真っ赤になりながら固まってしまった。

 彼女がそのまま立ち止まったのに、傘を持つ真白も、ちょっと慌てた心地で立ち止まる。

 一体、どうしてしまったのだろうか?


「朱実?」

「あ……ご、ごめん、大丈夫、大丈夫だから」


 十数秒で、朱実はなんとか回復したようだった。

 歩行再開であるのだが……自分は何か、まずいことを言っただろうか?

 と思いつつも、朱実の様子からは、気を害したという雰囲気は見あたらない。

 まだ少し顔が赤いが……今し方、心に活を入れたようで、


「シロちゃん」

「ん?」



「わたしも同じ気持ち。シロちゃんと、このまま歩いていたいな」



「――――」


 なんだろう。

 グッときた。

 今までよりも、胸のざわつきが一段と大きくなった気がした。

 先ほどの朱実のように立ち止まって固まると言うことはなかったが、顔に熱を持っていくのは隠しきれない。

 ……朱実も、こんな気持ちだったのだろうか。


「…………」

「…………」


 会話が途切れてしまった。

 でも、そこまで雰囲気は気まずくはない。

 むしろ、ほわほわする。なんでだろう?

 そんな、よくわからない心地よさのままで、真白と朱実は雨の通学路を歩いていく。


 本当に、この時がずっと続けばいいのに。

 真白は、そう思わずにはいられない。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ……ものすごく恥ずかしいことを言い合った気がする。

 正直、赤面ものだよ。

 シロちゃんも、ちょっと恥ずかしかったのか、そのまま黙っちゃったし。

 この雰囲気のまま、わたし、身が持つのかな……と思ったけど。


「着いたわよ」


 いろいろ悶々としているうちに、シロちゃんの自宅であるマンションの前に着いていた。

 ……ホッとしたような、残念なような。

 でも、まあ、よく耐えた、わたし!

 本当によく頑張った! 感動した! わたしをわたしで褒めてあげたいっ!


「……ねえ、朱実」


 え、なに、シロちゃん?



「うち、寄ってく?」



 ……………………なんですと?

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