ACT21 言わば与えられた試練よね?


「シロちゃん、おはよー」


 六月の梅雨時としては珍しく晴れ渡った空の下、朝の通学路を歩きながら、真白は一番の友達の声を聞く。

 そして、真白にとっては朝の最大の楽しみである、彼女からのスキンシップによる右腕にかかるささやかな重みが――


「……………………?」


 いつまで経っても、来ない。

 見ると、声の主であり友達である朱実が、今し方追いついて――隣を歩いていた。

 腕に抱きつくのではなく、ただ、隣を、適度な距離を空けて。

 ……これには真白、当惑を露わにした。


「……あ、朱実?」

「ん、どーしたの、シロちゃん?」

「いつもの、補給は?」

「昨日言ったでしょ。しばらく禁止だよ」

「――――!」


 確かに、昨日。

 朱実が真白に対してわんこなマッサージをして(ACT19参照)、その直後に真白が朱実に対してにゃんこな可愛がりをした(ACT20参照)のもあって、『しばらくこういうの禁止!』と朱実から言われたのは覚えている。

 覚えているのだが。


「昨日限りのことじゃ、なかったの……?」

「うん。それに、最近梅雨だから湿気がすごいし、夏も近くてそろそろ本格的に暑くなってきてもいるしで、ちょうどいい機会だからしばらく自重しようかなって」

「なっ……!」


 苦笑で返してくる朱実に、真白、大いに慌てた。 


「あ、暑くてもいいじゃないっ。あたしは気にしないわっ!」

「シロちゃんが良くても、わたしがダメなんだって」

「今日一日、補給なしでどうやって切り抜けるの!?」

「だから、昨日、五十割り増しで補給したから今しばらく減らないんだって」

「あ……あたしは、朱実分が足りないわっ」

「んー、じゃあ、想像で補う感じで?」


 取り付く島もない。

 ほとんど必死の様相である真白に対し、朱実はひょいひょいと回避していく。

 彼女と知り合って二ヶ月と少し、朝の通学時、一度もこんなことはなかったのに、真白はぽっかりと心に穴が空いてしまったかのようなダメージを受け、その場で崩れ落ち……かけたところで、


「ぬぅ……わ、わかったわ」


 どうにか、踏みとどまった。


「シロちゃん?」

「これは言わば、試練というやつね」

「試練?」

「友情というのも、たまには障害が付き物だわ。いつもくっついてばかりではなく、一度、適度な距離をおいてみるのも、これから先、朱実ともっと仲良くなるための秘訣なのね」

「う、うーん……まあ、そう、なのかな?」

「見てなさい、朱実。この障害を乗り越えて、あなたともっと仲良くなってみせるわ。それこそ朱実だって、あたし無しで生きられなくなるくらいっ」

「!」


 その言葉を受けて、朱実がビクリと肩を震わせながら顔を赤くしていたのだが。

 それに気づくこともなく、一度、真白は深呼吸して……ほんの少しだけ、心の中のスイッチをオフにした。


「そういうことで、あなたとはほんのちょっと、距離を置くわ」

「し、シロちゃん、わたし、そこまで本格的には――」

「これからは少しの間、適度な友達付き合いをよろしくね、

「!!!!!」


 形から入ろうということで、初対面当初の呼称で呼んでやると。

 朱実、衝撃を受けたかのように目を見開いて、白くなっていた。何故か、『ズギャアアアアアアアアンッ!?』と背景に文字が見えたような気がしたが……まあ、いいだろう。


「さあ、急ぎましょう。このままじゃ遅刻するわよ、仁科さん」

「う……が……ぅ…………」

「? 仁科さん?」

「わ、わかったよ……の、乃木さん」


 いろいろ思うところがあったようだけども、朱実もその気になってくれたようだ。

 これも、もっと仲良くなるための試練。

 お互い、乗り越えていこう。

 そうすることで、もっともっと明るい未来が、真白には見えるような気がした。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 しまった。

 昨日のアレがまだ恥ずかしくて、ちょっとスキンシップを自粛しようと思って禁止を継続したんだけど、こういう形になるとは……!

 まさに裏目…っ!

 まさに自爆…っ!

 これじゃ、別の意味で身が持たないよ……でも、今の状態だと、これまで通りの補給でも身が持たなかったと思うし……あーもう、あーもう!

 わたし、どうしたらいいの。

 シロちゃん、本当に、わたしの心をどれだけ引っかき回しちゃうの。


 ……でも。

 やっぱり、好きだから、乗り越えなきゃ。

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