ACT20.5 これぞ至高というやつですかね?
「とまあ、先ほどまで、お二人がそんな風にイチャついていたのですよ」
「そーなのかーっ。いつも通りだなっ」
昼休みは自分の所属する女子バスケ部の面々で軽い昼食会があったため、昼休み終了十五分前に、桐子が一年二組の教室に戻ったところ。
クラスメートの真白が自席でやけにしょんぼりしているのと、朱実が真っ赤になりながらツンツンしていたので。
とりあえず、桐子は最近特に仲良くなった友達の奈津に、そうなっている事情を聞いて、今し方、現状を概ね把握した。
「シロっちが犬で、アカっちが子猫かぁ……なんだかお互い、的を射ているなっ」
「自分もそう思うところではありますが、ひとまず、お二人の前でこの話題はしばらく差し控えた方が良さそうですねぇ」
「そうか? ボクは楽しいと思うぞっ。ちなみに、おなつは例えるなら、蝶になる前のサナギかなっ」
「え……って、やけに具体的ですね、桐やんさん。なんでまた、そのような例えを?」
「んー、おなつって、今でこそあまり目立たない感じだけど、将来、すっごく綺麗になりそうだからっ」
「なっ……!」
桐子が直感でそう言ってやると、奈津、ものすごくびっくりしたらしい。顔を赤くすると共に、かけていた眼鏡が少しずり落ちて、緑色がかった大きな目が、こちらから見えた。
その、綺麗な目こそが、桐子が奈津に将来性を感じさせる一番の理由である。
「ま、また、そんなこと言って、お世辞を並べられましても、自分からは何も出せませんよ」
「本心だぞっ」
「だから、そういうところですよ、桐やんさん……!」
「? よくわからないけど……まあ、いいや。おなつから見て、ボクはどんな動物に見える?」
「う……うーん」
「ほらほら、直感で言ってみ言ってみっ」
どーんと構えるつもりで、桐子は胸を張って奈津の回答を待つ。
「お、おおぅ……」
するとどうだろう。
何故か、奈津はこちらの顔よりも、胸部の辺りに注目しだしていた。
桐子には、その視線の意味が分からなかったのだが、
「う……牛、ですかね」
わりと時間をかけずに、奈津は回答を出してきた。
「牛かー。なるほどっ! ボク、バスケで
「それもそれで、らしいといえばらしいのですが……自分が言いたいのは、そのぅ」
「?」
未だに、奈津はこちらに目を合わせず、桐子のある一点に視線を注いでいる。
どう考えても、自分の胸部辺りだ。
胸……牛……ああ、なるほどっ。
「そっか! おっぱいかっ!」
「そ、そこまでハッキリと申されましても……いや、まあ、御名答なのですけども」
「となるとボク、突破力のある方の牛にも例えられるし、おっぱいのある方の牛でもイケるのかー。ボクにここまで合っているのも、珍しいなっ」
「やけにポジティブですね、桐やんさん。自分としてはわりとセクハラだったという自覚があったのに、怒ってないんですか?」
「え、なんで? 別にどうってことはないぞ?」
「そこまで剛胆なのも少々心配なのですが……まあ、よかったですよ」
「なんならおなつ、触ってみるかっ?」
「ええっ!?」
またしても奈津は驚いて、眼鏡をずり落ちさせていたが、それにも気にせず桐子は『ほいほい』と己の胸部を差し出してやる。
六月となって夏服に切り替わっており、ブレザーではなくシャツになっているので、形もわかりやすく見えるはずだ。
「えっと。い、いいんですかね?」
「遠慮するなよっ。おなつになら喜んでっ」
「ま、また、そういうことを……ううむ」
かなり気後れしているようだが、やはり、奈津としては、興味の方が勝っているようで。
コホン、と一つ咳払いしてから、腹をくくったようで。
「では、失礼します」
「おうっ」
おずおずと、奈津は両の手で、桐子の胸部にピト、と触れる。
「――――!」
それだけで。
奈津は、大きく衝撃を受けたようだった。
ほんの少し触れただけだというのに、度の厚い眼鏡の奥の緑の瞳をカッと見開き、わなわなと肩を震わせつつ、
「今日も元気だ、牛乳が美味い」
「? 何言ってるんだ?」
熱に浮かされたかのように、妙な呟きを発していた。
それほどショックを受けるほどのものなのだろうか? よくわからない。
そんな風に、桐子がいろいろと頭に疑問符を浮かべている間にも、奈津は、『は~~~~……』と大きく吐息して、十秒も経たないうちに桐子の胸部から手を離した。
「ん、もういいのかっ?」
「は、はい……これは、もう、なんといいますか、優勝ですなっ」
「そうなのか?」
「ええ、一言で表せば、落ち着くんですよ。普段はとてもアクティブな桐やんさんなのですが、この部分だけは、まさに至高の癒し系成分が詰まっていると見てイイですっ」
「お~」
どうやら、わずかな時間でも満足だったらしい。
自分で触ってみた感じは別に特別なことを感じなかったし、バスケをする時はわりと邪魔に感じてもいたのだが、己の胸部が他者にこのような効果を発揮しようとは。
……となると、自分も同じことをしたら、奈津のような気分になれるのだろうか? 興味がある。
「おなつっ」
「? はい?」
「ほい」
とまあ、今、一番身近にいる奈津で試してみようということで。
ちょっと屈んで、桐子はおもむろに、奈津の胸部から腋にかけてガッシと掴んでみた。
「な……っ!?」
「んーむ?」
ただ、手応えがなかった。
確かに柔らかくはあるが、自分にあるような膨らみが、奈津には全く見あたらない。
さきほど、奈津は自分の胸で『牛乳が美味い』などと言っていたが……それ風に表すならば、
「……ベビィミルク?」
「――――」
そう、桐子が呟いた瞬間。
ゴッ
「あいたぁっ!?」
正面から、奈津が頭突きを見舞ってきて、その衝撃が桐子の額から後頭部までを綺麗に貫通した。
お、おなつの身体の何処から、こんな力が……!?
小柄で腕っ節も弱そうな奈津から飛び出した一撃に、桐子は少々頭を混乱させながら尻餅をつくのだが。
「き……き……き……」
そんな桐子を、奈津は己の身体を抱き締めながら、涙目で見下ろして、
「き、桐やんさんの、アホ――――っ!?」
「あ……お、おなつっ!?」
何故か関西訛りでそんな捨て台詞を吐いて、教室を出ていくのだった。
……まずい、怒らせてしまった。
自分のを触らせたからには、奈津のも触ってもいいかと軽々しく考えていたが、どうにもダメだったらしい。
これは、あとで、しっかりと謝らねば。
桐子、大いに反省である。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
いやまあ、わかっちゃいるのですよ。
しかも、最初にああいう例えを出したのは自分ですし、怒るのは筋違いとも思うのですよ。
ですが、やはり、うぬぅ……あー、もう、本当にどうにかなりませんかね、この戦力差……!
とまあ、ひとしきり凹んで、おトイレの洗面所で顔を洗って、なんとか気を取り直しまして。
もう昼休みが終わりですので、教室に戻ったのですが――
「おなつさん」
あれ、朱実さん、何故に入口でお出迎えを?
しかも、やけに優しい笑顔で手を握ってきて……もう片方の手で、ご自身のささやかな胸に手を当てて……って、これは、もしや……!
「――わたしも居るから、大丈夫だよ?」
ここで、お仲間意識を出さないでもらえますっ!?
いやまあ、仲間が居るのは有難いといえば有難いのですが、今のタイミングはどうにも居た堪れないと言いますか……って、あまり事情を察していない真白さんが、こちらを面白くなさそうな眼で見てきてますよ!? ちょっと怖いんですけど!?
……なんだか自分、この十数分で、すんごい天国と地獄を味わってる気がします。
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