ACT13.5 実際にこういうことって起こるんですかね?
「到着ゥ!」
廊下を走るなと普段から先生に言われているので、なるべく早歩きで、黄崎桐子は、緑谷奈津を運んだまま自分のクラスである一年二組の教室に到着した。
どうやら一番乗りだったらしく、教室にはまだ誰も居ない。
「あぅ……」
一方、桐子の腕によって運ばれていた奈津はというと、目を回しながら気絶していた。
いつも隙もなくかけていた度の厚い眼鏡も、この時ばかりは額の方へとズレている。
そこまで荒っぽかったかな? ま、怪我はなさそうだし、いいかっ。
「おーい、おなつ、着いたぞー」
「え……あわわわわっ、ええと、めがね、めがね……」
ちょっと揺すってみると、奈津は気付いたようで、視力がない世界にわたわたしている。
朱実ほどではないものの奈津も体格が小柄なので、子犬が慌てているようで、桐子はちょっと和んでしまった。
「なんかいいな、眼鏡娘特有のアクション。初めて見たっ」
「笑ってないで、助けてくださいよ~。アレがないと、自分、指の指紋すら見えないんです~」
「おなつ、おでこおでこ」
「え……はっ」
己の額に眼鏡がかかってるのを手で捜し当てて、奈津は大きく目を見開いた。
今まで気付いてなかった自分に恥ずかしそうにしながらも、ようやく、視界を取り戻して安堵の息を吐く。
「あー、灯台もと暗しとはよく言ったものですねー」
「よかったなっ、おなつっ」
「何がよかったかは腑に落ちないですが、まあ、いいです。とりあえず、目的地に着いたのなら、降ろしてもらえません?」
「お、悪い悪いっ」
あまりにも軽いので忘れていた。
桐子は奈津のことを降ろしてやると、彼女はしっかりと両足で立てるようだ。歩みにはふらつきがあるが、どうやら多少は回復したらしい。
「いきなりでびっくりしましたが、桐やんさん、ありがとうございました」
「おうっ。また運んでほしかったらいつでも言ってくれっ」
「や、流石にいつも頼りきりになるのは悪いですので。ただ、今回はいい経験にはなったかと。今後の原稿にも活かせそうですし、感謝してます」
「そっか。ボクも一つ発見があって満足してるよっ」
「? 発見って、なんです?」
奈津が首を傾げると。
桐子は、ニッと快活に笑って見せて、
「おなつって、すんごい目が綺麗だよなっ」
目前の奈津の、眼鏡を少しずらす。
そうすることで――そこには、大きくぱっちりとした、透き通るような緑がかった瞳があった。普段は度の厚い眼鏡に隠れていて、先ほどの顛末で初めて気付いたことだが……改めて見ると、本当に綺麗に見える。
桐子としては、正直、ずっと見ていたいくらいだ。
「や、やめてくださいよ。あんまり、人に見せるものじゃないんで……」
そんな桐子の視線に、一瞬、奈津は呆然となっていたが、すぐに気を取り直して、顔を背ける。
「ゑー、勿体ないじゃんっ。こんなにも綺麗なのにっ」
「自分、この目の色が、コンプレックスなんです。幼少の頃、外国人みたいって、よく笑われたことが――」
「笑わないよっ」
「え……」
眼鏡をかけ直しつつも視線をあわさない奈津に、桐子は彼女の両肩をつかんで、少し強引にこちらへと向かせて。
その眼鏡の奥にある緑色がかった瞳を、正面から見据えて、
「ボク、おなつの綺麗な目、好きだからっ。絶対に笑わないっ」
「――――」
奈津、桐子の言葉を受けて、固まりながらも。
「あ……あ、ありがとう、ございま、す」
「おうっ」
照れながらも、小さく、頷いてくれた。
どうやら、しっかりと思いが伝わったようだ。
桐子、気分が実に晴れやかである。
「で、でも、自分、まだそこまで、この目に自信が持てないんで、そうそう誰かに見せるのとかは、やはり控えようかと……」
「そっか。じゃあ、ボクにだけでいいから、また見せてほしいなっ」
「……あぁ、そういうとこ、なんですね」
「え?」
「いえ、その……わかりました。また、機会があれば、桐やんさんにこっそりお見せしますね」
「? わかったっ」
終盤、奈津の声のトーンが落ちていたのと、呼吸がやたら大きくなっていたのが気になったが……まあ、奈津がいいのであればいいのだろう。
ほどなくして、クラスメート達が帰ってきたので、この話は打ち切りになった。
乃木真白が、桐子がやっていたのと同じ要領で、仁科朱実を抱っこで連れて帰ってきたのに、桐子が爆笑する傍ら。
奈津は、その輪から外れて、胸に手を当てながら未だに大きく呼吸をしていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
自分、真白さんと朱実さんを見守りつつ、それを楽しむポジションかと思っていたのですが。
……実際、自分にもこういうこと、起こるんですかね。
はあ……どうしましょ?
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