ACT13 その憧れで思い起こすこととは?
「……つ、疲れました……」
体育の時間が終わり、女子更衣室での着替え中。
隅っこで、緑谷奈津が、体操服から制服に着替え終わった途端に、へたりこんでしまっていた。
「おなつさん、大丈夫?」
「あ、どうも、朱実さん。ネーム進めるために昨日は徹夜でしたもので……もう、何もかも使い切っちゃいました……」
「緑谷さん、保健室行く?」
「いえ、真白さん。あとは、終わりのHRだけなんで、なんとか、最後まで……それに、昼休みに完成したネーム、拝島先輩に、届けなきゃですし……」
朱実と真白が声をかけるも、奈津は途切れ途切れにしか答えることしかできない。
本当に憔悴しきっているようなので、真白は、ちょっと心配になってしまったのだが、
「よっしゃ、おなつ、ボクに任せろっ」
「え、桐やんさん……おおおぅっ!?」
着替え終えた桐子が、へたり込む奈津を軽々と持ち上げて見せた。
有無を言わさぬ展開に、流石に憔悴の奈津も、かけている眼鏡の位置をかろうじて維持させながら足をバタつかせる。
「き、き、き、桐やんさんっ、ちょっと……!」
「おなつ、めっちゃ軽いなっ。ちゃんと食べなきゃダメだぞっ」
「そ、それは自分も思うところなんですが……ともかく、桐やんさん、降ろして!? 自分、ちゃんと歩けますんで!?」
「ダメだっ。弱ったおなつのこと放っておけないから、そのまま運ぶぞっ」
「わ、わかりましたっ。桐やんさんが、運んでくださるのは大変有り難いですっ。ですが、この、お、お、お、お姫様抱っこは流石に……! せ、せめて、負んぶにして――」
「行くぞおなつ、桐やん宅急便、うちの教室までひとっとびだっ!」
「うひゃああああああああっ!?」
とまあ、桐子が奈津と二人分の着替えの入ったバッグを担ぎ上げたまま、突風のように更衣室を出て行ってしまった。
「桐やん、さっきの体育であれだけ動いてたのに、どこからそんな体力が……?」
「ホント、無尽蔵だね……あはは」
そんな二人を見送りつつ、真白は唖然となる傍ら。
朱実は苦笑と共に、
「……いいなぁ」
ポツリと呟いた。
その呟きの通りに、どこか、羨ましげであったのに、真白は少し首を傾げた。
「朱実も、桐やんに運んでほしかったの?」
「え……あ、いや、お姫様抱っことか、ちょっと憧れちゃうなぁって。ああいうの、お店で見かけた小冊子の写真でしか見たことないから、身近で見ると、ついつい……」
「……ふむ」
そういうものなのだろうか?
真白も真白で、自分がそうされる姿を想像してみるのだが、どうにもピンとこない。
どちらかというと、抱っこされるよりも、する方がしっくりくるような気がする。
……と、いうわけで、
「え……し、シロちゃん?」
すぐ隣にいる、朱実の肩と膝裏に、手をやって、
「ほい」
「――――!!!???」
ひょい、と持ち上げてみる。
めちゃくちゃ軽かった。
「あ、あの、シロちゃん、何も今すぐ実行しなくても……!」
「え? 抱っこしてもらうのに憧れてたんじゃないの?」
「いや、確かにそうだけど……!」
真白に持ち上げられている朱実は、いつものように顔が真っ赤だった。
さっき桐子に運ばれていた奈津も、結構顔を赤くしていたようたが、そこまで恥ずかしいものなのだろうか?
よくわからない。
……まあ、些細なことか。
「とりあえずそのまま運ぶけど、朱実、しっかりつかまっててね。あたし、さっきの体育での桐やん戦で、ちょっと疲れてるから」
「いや、疲れてるなら、ここで降ろしてくれても……!」
「何を言ってるのよ」
腕の中に居る朱実を、正面から見据えて、
「あたしが、朱実の憧れを実現したいの。いいでしょ?」
そう言ってやると。
朱実は、赤い顔のまま、驚いたように目を丸くしながらも、
「……はぃ、よろしくお願い、します」
「? なんで丁寧語になってるかわからないけど……ま、いいわ」
大人しく縮こまって、腕を回して真白の首っ玉につかまってくれた。いい感じだ。
……そういえば、あたしも、こういうのって見たことあるような?
朱実を運びつつ、真白は、ふと思い出す。
子供の頃、母に手を引かれて歩く最中に見かけた、小冊子。
結婚式を取り扱った内容で、その表紙を飾っていたのは。
――ウェディングドレス姿の、花嫁さん。
……もしかして、朱実はその姿に憧れていたのだろうか?
となると、今のこの構図はまさに……とまで、思って。
「まさか、ね」
まあ、それはないだろう。
そこまで踏ん切りをつけておいて、真白は、最近よく耳にする流行曲の鼻歌交じりに、朱実のことを運ぶのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
シロちゃん?
なんでそこで、今流行のウェディングソングの鼻歌を……!?
どうしても、昔見たあの小冊子の表紙を思い出しちゃう……けど、シロちゃんのことだから、やっぱり無意識なのかもね。
でも
……幸せ。
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