ACT12 勝負に勝ちたいと思う理由は?


「ふはははははっ、ボクのディフェンスは誰にも破らせないよっ」


 本日の体育、女子の授業は体育館でバスケということで、軽い基礎的な実技の後に、四つのチームに分かれてミニゲームという流れになったのだが。

 その第一試合に出場した真白と朱実は、現役女子バスケ部の黄崎桐子を擁する相手チームに、ひどい苦戦を強いられてた。


「一点も入らないわ。なんてことなの」

「桐やんがゴール下に居るだけで、プレッシャーが半端ないね」


 特別ルールとして、桐子は攻撃に参加しないというハンデが設けられていたのだが、ディフェンスだけでも、彼女の実力は凄まじく、


「んっ」

「甘いよシロっち!」


 真白が基本に忠実なレイアップシュートをすれば、桐子の長身と長い腕によってハエたたきの如く弾き飛ばされ。


「じゃあ、これならっ」

「おおっと、ここは通行止めさっ、アカっち!」


 朱実が背の低さを生かしたドリブルをすれば、桐子の歩幅のあるサイドステップと腰を落としたディフェンスによって、進路を塞がれる。

 パスワークを活かそうとしても、桐子のプレッシャーで崩されて桐子のチームメイトがボールをカットするなどで、全員が束になっても、その牙城は崩せない。


「ま、まるで要塞だわ」

「うーん、残り時間を考えると、逆転は無理かなぁ」


 残り三十秒で、スコアは〇対十四。

 物理的にも、戦力的にも、逆転不可能な数字だ。

 チームに諦めムードが支配した時、


「よし、アカっち達が次のオフェンスで得点したら、十五点あげるっ! あと、ボクから明日の昼の学食奢り付きっ!」


 ゴール下でディフェンスについている桐子が笑顔で言ってきたのに、真白と朱実がピクリと反応した。

 明日の昼の学食メニューは、元洋食屋をやっていたと言われるおばさんの作る、大人気のオムハヤシライス(六百五十円)である。

 二人とも、それぞれ母に明日のお弁当をキャンセルを伝えるくらいに、そのメニューを楽しみにしていただけに、


「勝つわよ、朱実」

「もちろんっ」


 スイッチが入った。


「お、目の色が変わったねっ。そう来なくちゃっ」


 桐子も嬉しそうである。

 ともあれ、こちらのオフェンスの番。

 敵陣へのボール運びは朱実が行い、真白は桐子の待つゴール下とは少し離れた位置へ。

 桐子のご飯の奢り宣言があったとはいえ、実力差を感じているのか、他のメンバーについては士気が低い。

 攻撃を行うのは、自然と朱実か真白かの二択であり、桐子もそれをわかっているだろう。

 だからこそ、


「シロちゃんっ」


 桐子のディフェンスを破るしかない。 

 真白はボールを受け取り、正面で、ちょっと離れてこちらに構えている桐子を見据える。

 ……隙がないわ。

 離れているとは言えシュートを撃つにはゴールまで遠すぎるし、素人のドリブルで桐子の横を突破できるとは思えないしで、何をやっても取られそうな気がする。


「ふっふっふー、シロっち、ボクは幼稚園児相手でも手加減しないよっ」

「大人げないわね。……でも、結構なことだわ、桐やん。手加減されても嬉しくないから」

「おっ、燃えること言うねっ。さあ来いっ」

「言われなくても」


 細かいことを考えるのはやめた。強気でいこう。

 ボールをつく。

 向かうは、桐子の左側。利き手利き足じゃない方――


「遅いっ」


 すぐに桐子が対応。速度は変わっていない。左右のバランスが恐ろしいまでに整っている。

 真白、慌てて進路を切り返そうとするも、そこまでの技術はない。ボールをファンブルしかける。


「もらいっ」


 それに桐子が反応。もう既に、こぼれ落ちそうなボールに手を伸ばしている。

 ダメだ、取られる。

 そう思った瞬間、



「頑張れ、シロちゃんっ!」



 朱実の声が聞こえた。

 方角は分からない。

 でも、


 ――あたしは、一人じゃない。


 その存在の力強さが、真白の中の、何かの扉を開いた。


「――――」

「おおぅっ!?」


 ファンブルしかけたボールを、片手で取り戻す。

 ドリブル続行。ボールに手を伸ばしかけていた桐子が、少しだけバランスを崩していたのが、見ないでもわかった。

 ボールをついて、桐子の裏側へ。


「はやっ!? ……でも、させないっ」


 すぐさまバランスを取り戻し、桐子は立ち塞がってくる。

 だが、構わない。ゴールとの距離が、随分縮んでいるようにも思える。

 そのままゴールを見据えて、真白、シュート体勢。


「そこから、ストップ&ジャンプ!? させるかっ」


 それにも対応する桐子。

 あっという間にシュートコースが防がれた。その速さ、ジャンプしてブロックする高さまで完璧だった。

 

 

「――――」


 既に、真白には見えていた。

 真白の放ったボールが、桐子の横を通り過ぎて、ワンバウンドして――


「――待ってたよ、シロちゃん」

「な……シュートじゃなく、パ、パスっ!?」


 誰にも気付かれることなくゴール下にまで走っていた、朱実の手に収まっていくのを。

 これまで恐るべき反応速度を見せていたが、一度ジャンプして伸びきった桐子の膝は、どうしても鈍行を辿る。

 そして、桐子がかろうじて反応していた真白のパスの鋭さを、他の人が反応するのは不可能といっていい。

 だからこそ。


「あたし達の、勝ちよ」


 真白の宣言と同時に、朱実のレイアップシュートが決まり、同時に、ミニゲーム終了の笛が鳴った。

 


「シロちゃんっ」


 終了後、すぐさま全力で駆けてくる朱実を、真白はしっかりと受け止め、強く抱き合った。

 それくらい、真白も朱実も興奮状態だった。


「よく決めてくれたわ、朱実。最高よ」

「シロちゃんが桐やんの守備に打ち勝ったからだよ。本当にすごかった!」

「朱実があたしを信じてくれたからよ。それで、あたしも頑張れたの」

「シロちゃんがわたしを見つけてくれたもの。それがとっても嬉しい!」

「それを言うなら、朱実が――」

「シロちゃんが――」

「おおぅい二人ともっ、イチャつくのはいいけど、交代交代っ!」


 とまあ、真白と朱実のお互いの賞賛合戦に、桐子が歯止めをかけた。

 第二試合が始まるので、真白と朱実と桐子は休憩スペースに共に移動して、腰を落ち着ける。


「いやー、すごかったな、シロっち。途中、ゾーン入ってなかったっ?」

「ゾーンっていうのはよくわからないけど……まあ、思考が不思議とクリアになっていたわ」


 負けて学食の奢り確定になったというのに、桐子は何故か嬉しげだった。

 それくらい、すごかったのだろうか?


「でも、さっき言ったとおり、朱実の応援があたしの背を押したのは確かね。朱実もしっかりと決めてくれたし、この勝利は、朱実に捧げたいわ」

「し、シロちゃん、そこまで言われると照れちゃうよ」

「んー、じゃあさじゃあさっ、二人とも、揃って女子バスケ部入らない? ボクと一緒に黄金時代を築こうよっ」


 熱っぽい視線で、桐子が勧誘してくる。

 冗談半分とかではなく、本気だというのがわかった。そこまで自分達の力を見込んでくれているのだろう。

 そこまでとなると、真白は少し光栄にも感じたけど、


「やめとくわ」

「ゑー、なんでさ」

「あたしの家、お父さん居ないから、家事がお母さんとの当番制で忙しいし……それに」

「? それに?」

「……え、シロちゃん?」


 桐子のオウム返しの問いに。

 真白は、自然と、隣にいる朱実の肩を抱いて、



「朱実と過ごす時間が減るのは、あたしにはちょっと耐えられないから」

「――――!!!???」



 その言葉を受けて。

 朱実は顔を真っ赤にして固まり、桐子はちょっと驚いたように『……おお』と息を漏らし、


「なら、しょうがないかっ。……ごちそうさまっ」


 あっさりと、笑顔で引き下がってくれた。

 最後の一言がちょっと意味がわからなかったが、まあ、桐子が納得してくれているのなら、それでいいのだろう。

 それよりも、


「桐やん、明日の学食、忘れないでね」

「もちろんっ」


 真白の楽しみは、既に、明日の学食である。 


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 シロちゃん、無意識でわたしを落としにくるの、ホントやめ……なくていいか、うん。

 わたしも、シロちゃんとの時間、大切にしたいしね。

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