ACT08 ついそう呼んじゃうことってあるでしょ?


「んー、なかなかシロちゃんに合うのが見つからないなぁ」


 二人でお出かけ中、洋服屋さんにて。

 少々しかめっ面の朱実が、取っ替え引っ替え洋服を取り出しては、真白に合わせたりしている。


「朱実。やっぱりあたし、適当でいいわよ」

「ダーメ。シロちゃんは素材がいいんだから、オシャレしてもっとしっかりと輝かせなきゃ」

「そうは言われても……」


 自分の姿見を鏡で見ながら、真白は少々困ってしまう。

 髪はロングのサイドテールに、顔立ちは化粧っけのないありふれたもの。 

 身長は百六十四センチと、同年代の女子の平均よりは少々高め。

 毎日軽めの運動をしているので体型のバランスはとれている、とは思う。


「~♪」


 一方の朱実はというと、小柄であるものの、程良く化粧もしていて服装もしっかりと気合を入れており、全体から見ても花のように鮮やかで愛らしい。

 そんな彼女に比べれば、真白はその辺の草のようなもので、そこまでの素質があるとは到底思えないのだが。

 どうにも、朱実は今、オシャレ魂に火がついているようで。

 朱実が予定していた買い物は数分で済んだものの、真白の予定にない買い物は、かれこれ一時間に達しようとしていた。

 でも。


「んー、これもいいけど、これもいいなぁ。でも……やっぱり、これかなぁ」


 真剣な顔で、それでいて楽しそうに選んでいる朱実を見ていると。

 真白は、決して今の状況を嫌とはいえない。むしろ、彼女のことをとても有り難く思うし、それでいて温かい気持ちになる。

 身体は朱実の方がちっちゃいけど、真白よりもずっとしっかりしている。

 ……まるで、お姉ちゃんみたい。


「あ、これなんかいいかもっ! ほら、サイズもピッタリだし!」


 と、未知なる感情のまま佇んでいると、笑顔で朱実が洋服を取り出してきた。

 淡い緑色をベースにした、チェック模様のワンピースと、真っ白な上着。

 現在、シンプルな灰色のシャツに紺のジャケット、黒のデニムジーンズといった服装とはかけ離れて、かなり本格的な衣装だったのには、真白は少々気後れしたのだが。

 朱実が選んでくれたのなら、それがいいのだろう。


「……じゃあ、試着してみるわね」

「うんうん、着てみて! きっと似合うから!」


 そして。

 鏡を見ることなく、淡々と着替えて、カーテンを開けた結果。


「ふぁあああああああ! これ、いい! シロちゃん可愛い!」


 朱実、大はしゃぎだった。

 こちらの様子を見ていた店員の女性も、営業スマイルの度が増しているあたり、朱実の言うことに嘘はないようだ。


「そんな大げさな……って」


 ただ、真白としては、いまいちピンと来てなかったので、改めて鏡を見てみると。


「これが……あたし?」


 思わず、呟いてしまった。

 だって、まるで違うではないか。

 服装一つで、こんなにも変わってしまうものなのか?

 オシャレとは、そんなに凄いものなのか?

 これでもし、朱実のように化粧も覚えたら、一体どうなってしまうんだ?

 恐るべし、オシャレ……!


「うんうん、シロちゃんは自分で思ってるよりずっと魅力的なんだから、もっと自信を持っていいんだよ。何より、オシャレにもっとも大事なのは自信なんだからっ」

「…………」


 朱実が満足げに頷いて言うのに、真白は素直に納得できた。

 なるほど。これが彼女の言う『素材』というヤツか……否、『素材』が少しでも、『自信』という気の持ちようで、その辺の草でもどんな花にだって開花できる。

 それを、朱実は教えてくれたのだ。

 本当に。

 真白よりも、ずっとしっかりとしている。

 だから。



「――ありがと、お姉ちゃん」



 ついつい、そう呼んでしまった。


「え……お、お姉ちゃん?」

「あ……」


 そう呼んだと、自分で気づいた瞬間。

 久しぶりに、恥ずかしいという感情が、胸の奥からあふれてくるのを真白は感じた。


「こ、これは、違うのよ。朱実があたしよりもしっかりしてるから、つい……!」

「お姉ちゃん……わたしが、お姉ちゃん……しかも……シ、シロちゃんの……」


 うわごとのように呟く朱実。目の焦点が合っていない。

 これには一瞬、真白は心配になってしまったのだが、


「……イイ!」


 目の焦点が合った瞬間、朱実のテンションが急上昇した。


「シロちゃん、もう一回! もう一回、わたしをお姉ちゃんって呼んでみて!」

「え、あ、いや、流石に恥ずかしいし」

「そう言わずに、あと一回、一回でいいからっ!」

「そんな縋るような眼で見てきても、ダメったらダメ……!」

「一生のお願い! なんでもするから!」


 なおも食い下がってくる朱実。

 ここまでとなると、余計に恥ずかしくなる真白だが。


 くっ……ええい、ままよ……!


「え……し、シロちゃん?」


 いち早く場を収束させるために、ここはグッと堪えて。

 両手で、朱実の小さな肩を掴んで。

 じっと、その眼を正面から見据えて。 

 にこりと、笑いかけながら。



「ありがと、朱実お姉ちゃん」

「――――はぅっ!!!??」



 そう、言ってやると。

 朱実は、電気ショックを受けたように大きく身を震わせて、真っ白になりながらその場で膝から崩れ落ちた。

 へたり込んだまま、動かない。

 ……どうやら、成功したようだ。

 真白の中で恥ずかしさはまだ残っているが、場を納めるためには仕方あるまい。


「ふぅ…………ん?」


 ふと、周囲を見ると。

 店員の女性は相変わらずニコニコしながらこちらを見てきており、他の客にいたっては、何故か満足げにこちらに向かって親指を立てていた。

 一瞬、真白にはその意図が分からなかったのだが……おそらく騒乱を回避したことの賞賛だろう。サンクス。


「ううむ……」


 それにしても、こんな間違いを犯してしまうとは。

 真白、失態である。

 二度と、こんなことがないようにしないと。

 ……こう言うのもイイかも知れない、という心の片隅に存在している気持ちについては、あまり考えないようにしておくこととする。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


(仁科朱実、ただいま燃えつき中。再起動までしばらくかかる模様)

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