ACT09 これってずっとあり続けてほしいものよね?


「いやー、面白かったね」


 映画館を出ながら、朱実が隣で感慨深そうに言っている。


「クライマックスなんて、わたし、ちょっと涙ぐんじゃったよ。シロちゃんはどう……って、シロちゃん?」


 一方の真白、エンドロールから今の今まで、無表情である。

 無表情であったのだが。

 映画館を出て、夕暮れ前のオレンジ色の空を見た途端。


 ぶわっ!


「シロちゃん!? どうしたの!?」

「うぐっ……ひっく……ぐふっ……!」

「って、マジ泣き!?」

「ひぐ……うぅぅぅぅぅぅぅ~~~~」


 真白の涙腺は崩壊した。

 洋服屋での買い物も終わり、夕刻まで時間があるしそのまま帰るのも勿体ないということで、立ち寄った映画館。

 何を観るかはノープランで、上映時間が直近であり、数週間ほど前の公開からそこそこのヒット作、そこまで席も混雑してないという条件から、選んだ作品だったのだが。

 気弱で生きるのを諦めかけていた少女と、不治の病で余命わずかでも最期まで強く生きた少女の、正反対な二人の絆を描いたもので。

 それが真白にとっては、超を付けてもイイほどの傑作であったのだった。


「シ、シロちゃん、まずは落ち着こう。ほら、広場のベンチあるから、座って座って」

「ううううう……友情というのは、どこまでも尊いものなんだね……」

「わかったからシロちゃん、座ろうね。ほらハンカチ」

「チ――――ンッ!」

「うん、お約束とはいえ、涙拭くよりも先に躊躇なく鼻かむのやめて?」


 とまあ、ベンチに座ってから真白が落ち着くまで、所要時間は実に十四分。

 それを経て、ようやく呼吸が整ってきたものの、ふとしたことで涙腺が壊れそうになったり、感情が溢れ出てきそうになったりと、真白、未だに情緒が不安定である。


「いやー、シロちゃんがここまで感受性が強いとは思わなかったよ」

「ごめんね、朱実。普段はこんなことはないはずなんだけど、今回に限っていろいろと変になっちゃって」

「変なんかじゃないよ。シロちゃん、あんまり感情を表に出にくい感じだったから、驚いちゃったけど」

「それは自覚するところでもあったけど……そうね、ちょっと想像しちゃったからかも」

「え? 何を?」

「大切な友達が、あたしの傍から居なくなっちゃうのを」


 真白とて、友達が出来たことは何度だってあるし、生活の中でその友達とまるで会わなくなったというケースも何度だってある。

 出会いと別れは、いつだってワンセット。そう割り切ってたつもりであるし、またどこかで会えるだろうという楽観もあった。

 ただ、あの映画で友情の尊さを知った今、傍にいる友達とお別れしないといけなくなったら? もう、二度と会えなくなったとしたら?

 おそらく、真白には、耐えられないかも知れない。


「大丈夫だよ」


 と、真白、また感情があふれそうになったところで。

 朱実は、優しく笑って、真白の手を握ってくれた。


「わたしは、シロちゃんの傍に居るよ。絶対に居なくなったりしないから」

「……朱実」


 その言葉に、その小さな手の温もりに、嘘はないとすぐにわかった。

 揺れに揺れていた真白の感情は、徐々に収まっていき、言いようのない温かさが胸中を満たしていく。


「ありがと、朱実。あたし、朱実と友達で良かった」

「うん」

「朱実、あたしの傍に居てね」

「う、うん」

「もうあたし、朱実の居ない人生なんて考えれられないかも」

「う……うん」

「いいえ、考えられないかも、どころか……朱実なしでは、生きられないわっ」

「――――」


 いつしか、握られていた手を握り返して、真白が正面から朱実に言うと。

 朱実は、顔を真っ赤にしながら、口をパクパクとさせていた。

 しかも、周囲の通りがかりの人が、こちらをみてびっくりしており、幾人かは『キャー』などと言っていた。

 はて? 自分は、そこまで変なことを言っただろうか?


「あの……シロちゃん、それは、どういう……」

「え? 友達が居ない人生なんて絶対に楽しくならないし、とても寂しいっていうのが、あの映画でわかったから。改めて、朱実とはずっといいお友達で居たいなって」

「あ……はい、そ、そういうことねっ。そういうことだよねっ。あー、びっくりした……」

「?」


 朱実、未だに真っ赤なまま、胸を押さえながら大きく息を吐いていた。ほんのわずかだけ、残念そうな雰囲気も窺える。

 何故、朱実がそうなっているかは、真白にはわからない。

 この場合、どう言えば朱実は満足してくれるだろうか……と考えるが、そういうのは無粋だ。

 今、確実に言えることを、朱実にぶつけよう。


「朱実」

「う?」

「あたしにとって一番に大事なお友達は、これから先もずっと朱実だからね」

「――――……はぃ」


 またも、朱実は口をパクパクさせながらも。

 小さく頷いてくれたのに、自分の想いをきちんと受け取ってくれたのがわかった。

 言いたいことを言えて、よかった。

 真白、胸中の不安定がようやく収まって、復活である。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 シロちゃん?

 そういうところだよ?

 上げて、下げて、また上げる、そういうところだよ?

 あー、もう……………………好き。

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