ACT04 食事は一人よりも誰かと一緒がいいって本当?


「これで、完成っと」


 家庭科、調理実習の時間。

 オーブンから引き出した二十数個の様々な形をしたクッキーが、程良いきつね色になっているのを見て。

 制服の上にエプロンと三角巾姿の真白は、一つ息を吐いた。


「は~……シロちゃんの指示通りに作ったら、ここまで凄いのが出来るなんてね」

「見た目も香りもすごく美味しそうっ」

「こりゃ優勝ですなっ」


 その横で、同じく制服にエプロン姿の朱実が感嘆している。真白や朱実と同じ班の女子二人、黄崎きざき桐子きりこ緑谷みどりや奈津なつも、朱実と同じような感想だ。


「それほどでもないわよ。ちゃんとした手順と材料の分量を忠実に守れば、誰にだって出来ると思うわ」


 班の三人からの賞賛の眼差しを受けるも、真白はさらりと答える。

 真白の家は母子家庭なので、昔も今も母が家を空けることが多いためか、料理は自然と身についた技術だ。

 こういったお菓子作りは、その技術の延長である。


「うん、すごく美味しいよ、シロちゃん。市販のよりも断然すごい」

「いいね、実にいいっ」

「優勝ですなっ」

「…………」


 で、試食の時間。

 朱実を筆頭に、班の三人がクッキーに舌鼓を打っているようだが……真白としては、いつも通りであまり代わり映えしない味なので、三人の感想にイマイチピンと来ていない。

 そこまでのものなのだろうか?


「どしたの、シロちゃん。浮かない顔をしてるよ?」


 隣席の朱実が声をかけてくる。

 不思議そうにこちらを見てくる朱実に、真白は一瞬だけ言葉に詰まるものの、


「うん、皆が美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど、あたし自身は、あんまり実感がないのよね」

「わ、シロちゃんが贅沢な悩みを吐露してるよ。わたしなんて、ほとんどうまくいった例がないのに」

「朱実もすぐにこれくらい出来るようになるわよ。……まあ、強いて言うなら、いつも一人で作って一人で食べるってことが多いから、そこまでの新鮮味がないのかも」

「んー……」


 と、朱実、少々何かを考える仕草をする。

 そんな彼女に、真白は『?』と首を傾げるのだが、ややあって。


「はい、あーん」


 クッキーの一つを摘んで、朱実はこちらに差し出してきた。

 ちょっと照れ顔なのが可愛いけども、その行動の意図が、真白には解らない。


「……なにやってんの?」

「いいから、ほら、あーん」

「…………あーん」


 勢いに押される形で、真白はそのクッキーをパクリとかじる。

 いつも、自分で作っているのと、変わらない味。

 わずかに香る風味も、ちょっとした甘みも、サクサクとした食感も、一切合切。

 でも、


「……?」


 なんだろう、ちょっと変わった?

 いつものものより、何かが加わったような、そんな感覚を真白は得ていた。


「おいしい」


 気づけば、その言葉が口を突いて出ていた。

 それを受けてか、朱実は優しく笑って、


「シロちゃん」

「ん?」

「誰かと一緒に食べるって、美味しいよね」

「――――」


 そう、言われた瞬間。

 ほんのりとした温かさが、真白の胸中を満たしていくのがわかった。


「そうね。ありがと、朱実」


 だから、率直に頷くことが出来、彼女にお礼を言うことが出来た。

 そんな朱実は『えへへ』と照れ笑いをして、それがまたとても可愛らしくて、真白の胸中はまたほわほわする、そんな幸せのループ。

 だから、真白はもっともっと欲しくなる。


「朱実、もう一個」

「え? しょうがないなぁ、シロちゃんは。ほら、あーん」

「あーん……ん、朱実、もう一個」

「今日はちょっと甘えんぼさんだねぇ……はい」

「うん。もう一個」

「ええ? うーん、なんだか、ちょっと恥ずかしくなってきたような……おっと」


 と、朱実がクッキーを差し出す際に、手を滑らせたのか、クッキーがこぼれ落ちそうになるのを見て。

 真白は、いち早く反応した。



「ん」

「!!!???」



 ふっと身を屈め、朱実の小さな指ごと、パクっと口に含む。

 クッキーは無事に口内へ。

 そして――


「ひ……あっ……んんっ」


 舌先に、ちょっとだけ。

 彼女の指の感触を、得たような気がした。


「ごめん、朱実。咄嗟だったから指までくわえちゃったけど、大丈夫だった?」

「え……あ、いや、はい……」

「? どしたの朱実、やたら顔が赤いわよ? あと、指押さえてるけど、もしかして歯が当たっちゃった? 怪我してない?」

「いや、そういうわけではなくて……うん、なんでもない、大丈夫だから。痛くもなかったし、逆に、すごく気持ちよかったし……ごにょごにょ……」

「?」


 どうして朱実がこうなっているのかはわからないし、後半がよく聞き取れなかったが、彼女が大丈夫と言うのなら大丈夫、と真白は思っておく。

 それにしても、また一つ、発見があったような気がする。

 誰かと料理を作って、誰かと食べることが、こんなにも美味しく楽しいことだったとは。

 だから、


「朱実」

「う?」

「今度、また一緒に料理しよ? で、次はあたしが朱実にあーんさせてね」

「! …………は、はぃ」


 こういう時、決まって朱実が消え入るような声で返事をするのがわからないが、了解を得られたということで。

 本当に、この娘と過ごしていると、真白の楽しみはまだまだ尽きそうにない。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 いや、ホント、どうしよう。

 まだドキドキしてるよ。

 シロちゃん、なんという天然攻め。

 それにこの指、洗うのはちょっと勿体ないような……え? 黄崎さんと緑谷さん? どうしたの?


「ごちそうさまでしたっ」

「圧倒的優勝ですなっ」


 なんで拝んで来てるのっ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る