ACT03 下がったテンションを上げるには?
「む~~~」
授業の休み時間中。
真白は教室の自席で次の授業の準備をしていたのだが、その前の席で、朱実がスマホを見ながら顔をしかめていた。
いつも天真爛漫、時々恥ずかしがり屋なこの娘が、こういう不機嫌モードというのも珍しい。
「どうしたのよ、朱実。餌のカリカリを前に『待て』をかけられて十五分、そのまま餌を貰えないまま、すっかりテンションだだ下がりのにゃんこみたいになってるわね」
「……シロちゃん、なに、その具体的な例え」
「あっちゃん先輩の受け売りよ」
中学からの知り合いで、同じ高校にも通う一つ年上の先輩の顔を思い浮かべつつ、真白はさらりと言う。
朱実も朱実で思い浮かべたのだろう、『確かにあの人なら言いそう……』と呟き、ちょっとした苦笑を浮かべて、
「……まあ、あながち、間違ってないね。これなんだけど」
「? 『プリンスパッショネイト2、発売延期』……?」
彼女が見せてきたスマホの画面には、五人のイケメンのイラストと、そのような趣旨の記事のタイトルがあった。
プリンスパッショネイトと言えば……確か、十代だけに留まらず二十代三十代の女子にも大人気の、乙女ゲームだったか。
ゲームには疎い真白とて、この作品の噂と熱気は、何度も耳に入っている。
「ていうか朱実、そういうのが好きなの?」
「乙女ゲームが特別好きというわけでもないけど、シリーズの前作で、好きな絵師さんがCG担当しててね。それにストーリーもキャラも良かったし、なにより主人公も健気でいい子だったから、ものっすごいハマっちゃって」
「はあ」
「次作もCG担当、ストーリー担当が前作と同じだからクオリティは保証済みだし、声優さんも好きな人ばかりだし、前情報で出ていたPVも気合い入りすぎてて、もう、ホント、楽しみだったんだけど…………あぅ」
熱っぽく早口で語ったかと思えば、がっくりと頭を垂れる朱実。
真白としては、話の内容が半分も頭に入ってこず、朱実の上がって落ちてる百面相が面白い、という感想しか抱かなかったのだが……ふと、朱実のスマホ画面の一部に目が止まる。
「…………」
そこには、ゲームのキャラクターの一人と思われる、執事の格好をしたイケメンが、申し訳なさそうで、それでいて爽やかな笑顔を浮かべているイラストがある。
それと共に、発売延期のお詫び文が、そのキャラの台詞と思われる語調で書かれていた。
「ふむ……」
真白が見るに、前評判ではこのキャラが一番人気かと思われる。
顔形からして年上。
長身痩躯。
性格は丁寧で、隠れドS。しかもねちっこそう。
主人公に仕えててかつ、愛が重い……とまあ、そこまで設定を想像して。
今、テンションだだ下がりのにゃんこな友達に、真白が出来ることと言えば――こんな感じか。
「……え、し、シロちゃん? な、なに?」
朱実の耳元に、唇を寄せて、
「――『お待たせして申し訳ありません、お嬢様』」
「!!!???」
先ほどスマホで見た、お詫び文を、
「『ですが、会えない日が長くなるほど、愛は燃え上がるもの』」
「し、し、し、シロちゃん!?」
出来るだけ低い声かつ、想像できる限りの語調で、
「『近く、その日が来たならば』……フッ」
「ヒゥンッ!?」
あと、朱実の耳元にちょっと吐息を吹きかけておいて、
「『必ずや、僕が貴女を奪って見せます』」
「――――」
すべて、読み上げると。
朱実は、全身を赤くしながら、口をパクパクさせていた。
と言うか、魂が抜けていた。
やりすぎただろうか……? と真白が心配になったけども、朱実はどうにか復活したようで、
「シ、シロちゃん……なんで知らないのに、そこまで、完コピなの……」
「え? なんとなく想像でやっただけなんだけど」
「声も話し方も、PVのまんまだったよ……」
「そうなんだ」
「びっくりした……でも、ありがとシロちゃん。テンション上がったよ。それに、ちょ、ちょっと得した気分にもなれたし」
「そう? なら、よかった」
真白としては想像による即興だったのだが、これでよかったらしい。
やはり、朱実には笑顔がよく似合う。
……となると、
「ねえ、朱実。そのゲームが発売したら、あたしにも教えてちょうだいよ。ちょっと、興味出たからさ」
「え? どうしたのシロちゃん、そんな急に」
「朱実が落ち込んだ時とかに、さっきのやつをやったら、すぐに元気出ると思って」
「!」
「そのためには、もっとそのキャラクターのことを知っていって、声も話し方も仕草までもいろいろ極めておこうかと――」
「やめて!? それ以上躊躇なくわたしを殺しにかかるのヤメテ!? 声だけに限らず仕草まで完コピされたら、わたし身が保たないからっ!?」
「ヱー……」
何故か、朱実に全力で止められてしまった。
真白、ちょっとしょんぼりである。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
……やっぱり、アレはやばかったよ。
何がやばいって、声とか話し方もなんだけど、さっきの耳元への吐息の絶妙具合だったりそのキャラのねちっこいドSな性格を表すかのような息遣いだったりそれを完コピするシロちゃんのポテンシャルを考えれば充分に素質があると考えられるしその素質をフルに生かしてわたしのことを攻めてきたらと思うと想像するだけで(以下検閲)
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