ACT02 キスとは一体どんな味?



「キスってどんな味がするのかな」


 食堂での昼食が終わり、昼休みの廊下を歩きつつ。

 朱実が己のスマホを眺めながらそんなことを言い出したのに、真白は頭に疑問符を浮かべた。


「やけに唐突ね。どうしたの」

「このサイトにね、『ファーストキスはレモンの味と世間で言われているけど、実は味噌にココアを混ぜたような味だった!?』って書いてたから」

「想像しにくい味ね。ていうか、そのサイト、九分九厘デマ情報で有名なやつじゃない?」

「知ってる。他にも餃子味とか、くさやの干物味とか、シュールストレミング味とか、いろいろあったし」

「臭いのキツいやつばっかりね」

「で、実際のところ、どうなのかなーって」


 ここまでデマばかりだと、逆に、朱実は結構気になってしまったらしい。

 なるほど、真白も真白で、どんなものかと思う。

 味とかよりも、感触とか、その時の気持ちとか、いろいろと。

 この世に生を受けてから十五年と半年の今まで、キス経験もなければ、彼氏すら居たこともないことだし。


「ちょっと、気になるわね」

「…………じゃあ、さ。シロちゃん、わたしと、してみる?」


 と、朱実が、緊張の面もちで、そのように提案してきた。

 もちろん、真白は意味がわからなくて、首を傾げた。


「どうしてそうなるのよ」

「えっと、ほら、お互い、どんなものなのかを、知らない者同士だし?」

「だとしても、女の子同士はちょっと変でしょ」

「う……」

「確かにどうなのかは気になるけど、そこまで早急に知ろうとする必要性は感じないわね」

「……で、ですよねー。冗談だよ、冗談。はっはっは」

「もう、しっかりしてよ」


 取り繕うように笑う朱実に、真白は苦笑する。

 本当に、突拍子もない提案もあったものだ。

 もし、朱実が男の子だったら、もしくは自分が男の子だったら、そうしてみるのも良かったかも知れないが……。


「はっはっは……はぁ」


 と、真白がいろいろな可能性を考えているうちに、朱実がしゅんとなっていた。

 彼女の小さな肩が、さらに小さくなって、明らかに気落ちしているようにも見える。

 

「…………」


 もしや、冗談ではなかったのだろうか?

 そんなにキスしたかったのだろうか?

 となると、相手が真白では駄目となったら、朱実は誰とだってしたりするのだろうか?

 ……それは、なんとなく、もやっとするし。

 いつも明るくほわほわとしていて、みてるだけで元気になれるような仁科朱実が、元気ないままというのも。

 真白としては、少々面白くない。


 ――だから、ここは一つ。


「朱実」

「え……シロちゃん?」


 真白は、隣を歩く朱実の肩をわずかな力で押し込んで、廊下の壁を彼女の背にさせながら。

 トン、と朱実の顔の近くの後ろの壁に、右手を突いた。


「!!!???」


 朱実、いきなりのことに、顔を真っ赤にしながら驚愕しているが。

 真白はそれにもかまわず、左手の人差し指と中指の二本を、自分の唇に当てて、


「ほい」

「――――」


 直後にその指を、朱実の唇に当ててみた。


「……おお」


 味がどうとか、そう言うのはわからなかったが。

 指からくる朱実の感触は、自分のものと比べて、遥かに柔らかく感じる。


「んんっ……ぅ……」


 あと、最初目を見開いて身を強ばらせていた朱実だが、徐々に大人しくなり、目を閉じてされるがままになっていく過程についても、とても可愛らしくて。

 これは、中々、良いかも知れない。

 もっと、モット、Motto、彼女の感触を――


「って、シロちゃん、ストップ! ストーップ!?」


 と、目を閉じたままほぼ恍惚状態となっていた朱実が、クワッと何かに気づいたように覚醒して、真白のことを両手で押し退けた。

 ……真白、なんだか、ちょっと残念だった。


「いきなりどうしたのよ、朱実」

「シロちゃん、皆見てるから、そのっ……」

「?」


 周囲を見ると、確かに。

 廊下を歩いていた他の生徒たちが、真白と朱実を取り囲むかのように、興味津々の視線を向けていたのだが。

 それが、一体なんだというのだろう?

 首を傾げる真白に対して、朱実は『ああもう……』と言いつつ、強引に手を引っ張って廊下を歩きながら、


「シロちゃん、さすがに大勢の前では、恥ずかしいでしょ……!」

「ええ? 別に、嫌悪とかそういうのは感じなかったわよ? 逆に好意的だったというか」

「そうだとしても、わたしは、恥ずかしかったよ……」

「ふーん」


 そういうものなのだろうか。

 まあ、それはそれとして、真白には気になることが一つ。


「それでさ、朱実」

「なに、シロちゃん」



「間接だったけど、どんな感じだった?」



「――――」


 真白の質問に、朱実は先ほどのことを思い出したのか、再び真っ赤になって。

 こちらを見て、何かを言おうとして口をパクパクさせていたのだが……ややあって、へなへなと小さな身体を弛緩させて。


「……よかった、です。はい。果てしなく」

「そう? じゃあ、今はもう昼休み残り少ないから出来ないと思うけど、機会があったら、今度は朱実からしてみてよ」

「はひっ!?」

「いいでしょ? あたしも、朱実がどんな感じだったのか体験してみたいし」

「……………………はぃ」


 朱実、がくりと頭を垂れつつ、消え入るような声で了承した。

 何故彼女がそうなっているかわからないが、良いと言うのであれば、良いのだろう。

 その時が来るのが、実に楽しみだ。

 そんな風に、真白がちょっとウキウキとした気分になるのと、昼休み終了の予鈴が鳴るのは、ほぼ同時のことであった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 また、やられてしまった。

 そんなシロちゃんに、振り回されつつも。


 ……今度は、どんな大胆が来るのかな?


 ついつい、わたしは楽しみにしてしまう。

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