第五話 誘い

 一年前の六月。

 当時同好会に入りたてだった俺は、今日のように講義棟の一室へ足を運んだ。湿度の高い、じめじめとした梅雨の日だった。

 しかしその日はどうも会長が急病で欠席していたらしく、室内には俺と同じく会長欠席の報を確認し忘れた五十嵐先輩しかいなかった。当然活動のメインである会長持参のボードゲームもなく、あるのは講義室の殺風景な机だけ。

 それまで同好会で何度か会った程度だが、元々日本画科の有名人として五十嵐先輩のことは知っていたし、俺は彼女の美人ぶりに気後れの感すら抱いていたので、踵を返して丁重に帰ろうとした。面識の薄い人と二人きりという状況ほど気まずいものはない。

 だが五十嵐先輩はそんな俺を呼び止めると、懐から小さな折り畳みの将棋盤を取り出してこう言ったのだ。


「君……林道恵一くん、だったよね。実は私、今すっごく暇してるんだけど、よかったら一局どうかな? 将棋指せる?」

「ええ、まあ。多少は」


 先輩が心底退屈そうだったので、俺はつい二つ返事でオーケーしてしまった。少しくらいならいいだろう、どうせ暇潰しだろうし、俺の素人に毛が生えた程度の棋力でもお相手出来るかな、と。

 それが大きな間違いだった。

 十数手、ぱたぱたと駒を進めた時、俺は『あ、これやべぇな』と直感した。

 五十嵐先輩の手筋はそれこそ定石通りだったものの、一手一手を慎重に指しており、俺の雑な駒組みに合わせて臨機応変に戦法を決めているのは明らかだった。

 何より、俺は盤に臨む彼女のその目つきを知っていた。悠宇香や善吾さんと同じ、勝負師の眼差し。ただの暇潰しなどではなく、五十嵐先輩は本気で勝ちを取りに来ていた。

 今にして思えば、懐にポケット将棋盤を常備しているような人が将棋好きでないはずがない。

 故に、俺はその時背後で対局を見守っていた悠宇香に合図をした。端的に言えば、『ヘルプミー、替わってくれ』と。マジっぽい雰囲気の先輩をがっかりさせたくないという気持ちと、悠宇香もたまには面と向かって将棋を指したいんじゃないか、という気遣いから出た行動だった。


「オッケー。ヒカルの碁みたいで面白いね、頑張るよ」


 かくして悠宇香は肩を鳴らして頷き(幽霊でも肩は鳴る)、不甲斐ない俺の代わりに次の一手を指示し始めた。


 俺の見た限り、その対局は激戦と言ってもいいほどの様相を呈していたと思う。

 序盤こそ静かな探り合いが続いたものの、一旦駒がぶつかり合うと激しい乱戦に突入した。

 まあぶっちゃけると俺は途中から戦況についていけなくなり、ただひたすら悠宇香の指示通りに駒を動かすマシーンと化していたが。何せ高度過ぎて、一手一手が何の意図を持って指されたものなのかすら分からない。テレビの対局中継のようにプロの大盤解説があるならまだしも、あの状況ではヤムチャ視点さながらに場を見守ることしかできなかった。

 そして対局開始から約一時間後。

 両者とも適当に決めた持ち時間である二十分を使い切り、一手一分の応手が何度も何度も続いた後、ようやく勝敗は決した。


「…………負け、ました」


 その綺麗な顔立ちを悔しさに歪ませ、歯ぎしりをしながら投了したのは、五十嵐先輩の方だった。

 本当に、腹の底から振り絞ったようなか細い声だった。


「あ、は、はい。……ありがとうございました」


 分かりやすい詰みまで指したわけではなかったから、俺はその瞬間までどちらが勝勢なのかすら理解しておらず、その投了に対する反応が一瞬遅れた。

 背後をちらりと見ると、悠宇香はかなり熱の入った様子で深々と一礼し、


「つ、疲れた……この人むちゃくちゃ強かったよ……ケーイチ」


 真顔でそう呟いた。

 悠宇香にここまで言わしめる人を、俺は今でもほとんど知らない。

 だからこそ、五十嵐先輩は本当に強かったのだろう。後から聞いたところによると、悠宇香は交代前までに俺が作っていた囲いを無視し、強引に自分の得意な振り飛車に移行したため、その時点で数手分のハンデはあったらしい。が、その差がなくてもかなりいい勝負になったはずだと言っていた。どちらにせよ、俺には理解できない領域の話だが。

 問題はこの後である。

 なんだかすごい対局だったなぁと溜息交じりに感心していた俺に、五十嵐先輩は鋭い眼光を向けてこう言い放ったのだ。


「……林道くんってさ、アマ何段? どれくらい将棋やってるの? というかこの後もう十局くらい指さない? 早指しでもいいからさ」

「えっ」

「なんなら今からうちに来る? ここから徒歩十分のところにあるマンションのワンルームなんだけど、ちゃんと盤も置いてあるよ。けっこういいやつ。制作課題も一段落ついて、今は部屋も片付いてるし、お腹空いたら冷蔵庫に作り置きとかあるし。どうかな? ね? ね?」

「えっ」

「勝ち逃げは許さないよ」

「えっ…………」


 その時の先輩は兎を狩る鷹のような眼をしていた。一時間程前、それまでほぼ会話もしたことがない後輩への薄い対応と話し方はどこかへ吹っ飛んで消えていた。

 その日二度目の『あ、これやべぇな』が俺の脳内を駆け巡ったことは言うまでもない。


 以来、俺は五十嵐先輩に熱烈な興味を抱かれ、度重なる誘いやアピールを紙一重で躱し続けている。

 正直言って、魅力的な女性である五十嵐先輩に迫られるのは嬉しい。

 だが、それ以上に罪悪感が凄いのだ。彼女の興味の源泉は、悠宇香の将棋の腕にある。それは本来俺が持っているものではない。ただの借り物であって、実際はどこにも存在していない幻想のようなものだ。もしあの時の対局で俺が悠宇香に交代していなければ、五十嵐先輩が多少なりとも俺に目をかけるようなことはなかっただろう。

 悠宇香は『気にすることないよ、チャンスだよケーイチ! わたしいくらでも指すからさ!』などと言うけれど、やっぱり騙しているようで気が引ける。





「お、僕が一着みたいだね」


 会長が結婚相手と子供を乗せた自身の自動車コマをゴールに置き、ゲーム開始前と変わらぬフラットな口調で呟いた。

 五十嵐先輩の視線を気にしないよう盤面ばかりを見つめ続けて数十分。

 人生ゲーム(もどき)は白熱の一途を辿り、ついにクライマックスを迎えようとしていた。

 気づけば窓の外も日が暮れつつあり、遠くに見える山々から夕陽が染み出している。予想以上に大ボリュームのゲームだ。

 地道に資産を増やし続け、ギャンブルエリアに進むこともなく円満な家庭を築き上げた会長がゴール到達一番手。盤面に乱舞する凶悪な損害マスを何度も回避し、驚くほど波風のない人生を進み切った。

 残すところは五十嵐先輩と悠宇香のみである。


「よし、次は私のターンですね。ここで直接ゴールできればとりあえず会長越えは確定……あとはテルくん次第だけど……っと!」


 ポニーテールを揺らしながら、五十嵐先輩がルーレットを勢いよく回す。気合が入り過ぎなんじゃないかというくらい針がぐるんぐるん回転した。

 五十嵐先輩は道中、結婚相手の浮気による離婚や落雷被害、二度目の高額詐欺にブログ炎上という不幸に連続して見舞われながらも、弁護士からエースパイロットに電撃転職し、隙のない資産運用で億万長者に上り詰めた。

 ゴールまではあと四マス。その道程にはやたら物騒な文面の書かれたマスがあるものの、五十嵐先輩が自分で言った通り、直接ゴール出来れば暫定トップに君臨出来る。

 回りに回った針が指し示した数字は――五。


「やった、ゴール! どうだ! 次どうぞ次!」


 恥も外聞もなくガッツポーズを決め、五十嵐先輩が飛び上がって俺を見た。いや、そんな子供みたいに純真そうな眼差しを向けられてもそれはそれで困る。

 なんにせよ、決着は次の悠宇香の手に委ねられたわけか。


「八以上出せばゴール八以上出せばゴール八以上出せばゴール」


 ルーレットに触れた俺と手を重ねて、悠宇香が集中した様子でぶつぶつと呟く。

 悠宇香は序中盤こそ所持金が心もとなかったものの、結婚して子宝にも恵まれ、運よくランクアップマスに止まってアイドルからトップスターに昇格。子持ちアイドルってどうなんだという疑問はさておいて、全職業中トップの高収入とギャンブルによる荒稼ぎで所持金を増やし、僅かに五十嵐先輩をリードしている。

 道中に並ぶ物騒なマスを躱し、このままゴールすることが出来れば、見事に悠宇香の勝利確定だ。


「よし、回す!」


 五十嵐先輩にも劣らぬ気迫で悠宇香が叫び、ルーレットを回転させる。

 全員が固唾を飲んで見守る中、針は徐々にその勢いを弱めていき――無慈悲にも、七を指して停止した。


「うぎゃーーーーーー!!」


 悠宇香が奇声を上げて後方に吹っ飛んでいく。

 ゴールの一歩手前。フチごと真っ赤に彩られたそのマスには、『隕石が衝突して自宅が爆発四散。所持金をすべて失った上で一家離散の末路を辿る。自身の自動車コマから自分以外の人物ピンを外す』と書かれていた。いや鬼か。これを考えた製作会社には人の心がないのか。

 俺はとてつもなく切ない気持ちでコマから一本ずつピンを外し、悠宇香の結婚相手とその子供を野に放った。そのままもう一度ルーレットを回し、孤独な一人乗りとなった自動車コマをゴールマスに導く。言うまでもなく、悠宇香の大敗である。


「残念だったねテルくん! 今日は私の勝ちだ」

「ええ。おめでとうございます、先輩」


 最終的な資産の計算を済ませ、一家離散の惨状を憐れむこともなく、五十嵐先輩は胸を張って勝ち誇った。


「いやー、林道君も五十嵐君も、中々に波乱万丈な人生だったね。やっぱりたまにはこういうゲームも悪くない」


 丸眼鏡を外してレンズを拭きながら、会長がにこやかに笑う。


「そうですね。結構良い気分転換になりました」

「そんな事言って、テルくん本当は結構悔しいんじゃないの?」

「いやーまあ、あはははは……」


 ちらりと後方へ視線を向ける。プレイしていた当人である悠宇香は黒髪をだらりと垂らし、床に這いつくばって悔しがっている。『ちくしょー!』などと汚い言葉も漏れていた。


「…………」


 それがただゲームに負けた悔しさの発奮だとは分かっていたけれど。

 悠宇香のその姿を見て、俺は胸の奥が急速に冷え込んでくるのを感じた。


 ――ゲームでくらい、幸せになったっていいだろうに。


 そんな呟きが口から洩れかけた。

 何せ、悠宇香にはこの先の人生なんてない。彼女の一生は、五年前の夏にどうしようもなく終わってしまっている。それこそこのゲームのスタート地点であった就職なんて岐路にも至ることはなく、当然結婚だってすることはない。波乱万丈な人生なんて想像するのも無駄なこと。

 不条理なまでの行き止まり。

 常にそばにいるものだから時々忘れてしまうけれど、今の悠宇香はそういう存在なのだ。

 希薄で、朧気で。他者から認識されることもなく。俺以外とは会話も出来ない。

 死者であり、幽霊。

 ああ、人生ゲームなんてものをやらせた自分を殴りたくなってきた。多分悠宇香は気にしていないだろうが、それでも自己嫌悪の念でいっぱいだ。

 本当に、俺には配慮ってものが欠けている。





 片付けを済ませた後、その日の活動はお開きになった。

 三人で中央棟を出て、会長が『じゃあ僕は講義室の鍵を返却してくるよ。その後学科棟に用があるから、二人は先に帰ってて』と足早に中庭を駆けていく。詳しくは知らないが、卒制やら就活やらで何かと忙しいらしい。

 夕暮れの蒸し暑い空気の中、俺と五十嵐先輩が二人取り残される(背後にはふわふわと悠宇香が浮いているので実質三人だが)。首元にすぅっと汗が垂れてきたのは、暑さのせいだけではないだろう。

 先輩は暫しそわそわした後、一歩こちらに距離を詰めてきて呟いた。


「ねえ、テルくん。私の部屋さ、活きのいい将棋盤あるんだけど……一局指していかない?」


 毎度のお誘いだった。


「いや活きのいい将棋盤ってなんすか」

「すごく気持ちの良い駒音が鳴るんだよ。あれを使わないなんてもったいない。是非うちに来るべきだと思うな」

「いつも言ってますけど、行きませんからね」

「そんなぁ……あ、じゃ、じゃあ一緒に夕食どうかな? 駅前にすっごい美味しいラーメン屋ができたんだよ。濃厚こってり豚骨の」

「ほう……」


 濃厚こってり豚骨か……。今日はまともな昼食を食べていなかったから、その単語を耳にするだけで涎が垂れてきそうだ。

 一緒に飯を食べるくらいならいいか……?

 いやしかし、ここで誘いに乗ってしまったら、あれよあれよと先輩に乗せられて、気づいたら部屋に連れ込まれてしまいそうなビジョンが見える。やたらはっきりと想像できる。


「…………すみません、やっぱり遠慮しておきます」

「えぇ~! もうテルくん強情過ぎるよー!」

「本当だよケーイチ! 意識しすぎだよこの童貞! 意気地なし!」


 正面と背後から同時に詰め寄られた。

 先輩はともかく悠宇香は言い過ぎだろう。言い返せない状況だからって好き放題言いやがって。

 もう知ったこっちゃない――強硬手段を取ってしまおう。


「あー、と、とにかく。俺、今やってる制作の方もヤバイんで、家帰ってからも構図なり何なり考え直さなきゃいけないんですよ。だから、その、ごめんなさい!」

「あ、ちょ、テルくん!?」

「ケーイチ!?」


 みっともないことこの上ないが、俺は逃げるように駆け出した。

 三十六計逃げるに如かず。逃げるは恥だが役に立つ。戦略的撤退。どれも逃亡を肯定してくれる素敵な言葉だ。

 中庭を抜け、校門へと続く坂道を駆け下りる。デザイン棟前のベンチに座っていた学生が何事だとこちらを見てきたが、気にしない。サンダルではなくスニーカーを履いてきて良かった。

 そのまま学校の敷地を出て、銀杏の街路樹が並ぶ小道まで辿り着いたところで、息を吐きながら減速する。


「もー、せっかく誘ってくれてるんだから行けばいいのに。あんな良い人他にいないよ?」


 後方からすいーっと浮遊してついてきていた悠宇香が、俺の隣に追いついて心底呆れたように言う。


「……良い人だからこそ、だろ。五十嵐先輩みたいな人が、俺なんかに構うべきじゃない」

「卑屈にも程があるんじゃないかなぁ。昔はもっとポジティブだったのに」

「うっせ。今は今、昔は昔だ。俺は五十嵐先輩に対してはこうするって決めたんだよ」

「……その割には今日、五十嵐さんの胸元ちらちら見てたよね?」

「ばっ、お前、見てないし! あっちが視線向けてくるから気になっただけだし!」

「本当かなぁ」


 いつものようにスマホで通話しているフリをするのも忘れて、悠宇香と並んで駅に向かって歩く。

 少しだけ爽やかな風が吹き抜けて、汗で湿った肌がほんのり冷えた。

 やっぱり、これでいいんだ。このままで、現状維持で構わない。

 夕陽に目を細めながら、俺はそう感じていた。


 この僅か数時間後。悠宇香がとんでもないことをしでかすとも知らずに。





「あ、ケーイチ。五十嵐さんからメッセージ来てたから、勝手に返信しておいたよ」

「そうか……ありがとう……って、は? え?」


 それは家に帰り、夕食をもりもり食べて、ゆっくり風呂に浸かった後。さっぱりした心地いい気分で二階の自室へ上がった時のことだった。

 俺の入浴中、いつも離れて自室にいる悠宇香が、机の上に置きっぱなしだったスマートフォンを勝手に操作したらしい。

 慌ててメッセージアプリを起動すると、五十嵐先輩から、


『今日はお疲れ様。よかったらなんだけど、今週末一緒にデートしない? 実は大事な話もあるんだ』


 と連絡が来ている。

 まあ、ここまではいい。ついさっき逃げてまで夕食を断ったにも関わらず、それでも誘ってくる五十嵐先輩の鋼の精神はいつものことだし、大事な話というのも気になるが、一応平常運転の範囲内である。

 問題はその後の悠宇香による返信だ。

 あいつはこの連絡に対して『オーケー!』を示す簡易スタンプメッセージを速攻で返し、それに対する五十嵐先輩の『え、本当にいいの!? 絶対だからね? 間違えたとか言ったら許さないよ?』という反応にも、『大丈夫』『楽しみ!』と立て続けに肯定の返事を送っている。


「いやー。ケーイチ、画面ロックとか掛けてなかったから、わたしでも数タッチ頑張れば返信できたよー。スタンプ機能って便利だね」

「お、お前マジか…………」


 スマホにロックを掛けていなかったのは、普段自分以外に触られるような心配をしていないからだ。両親にも、友人にも、当然悠宇香にも。これまで、どんなことがあっても悠宇香が俺のスマートフォンやパソコンを勝手に使ったことはない。あいつなりに俺のプライベートへの気遣いもあるのだろう。そもそも、悠宇香はほんの些細な力でしか物に触れられないので、心配するだけ杞憂だった。

 それがまさか、ここにきて、こんなとんでもないことを。


「悠宇香……とりあえずそこに座れ」

「あ、はい」


 意識して低い声を出しながら、悠宇香を床に正座させる。


「……それじゃあ犯行の動機を聞こうか」

「やばいとは思ったが、指先を抑えきれなかった」

「それは弁解だ」

「わたし、向こうずねが弱点なの」

「それは弁慶」

「仏教の守護神のひとつで……」

「それは弁財天……じゃなくて! お前はもっと悪びれろ!」

「きゃっ」


 まるで反省していない悠宇香の態度にカチンときて、思わず全力で飛び掛かる。

 うら若いセーラー服の女子中学生に襲い掛かるという、公序良俗に大きく反した構図になるけれど知るもんか。この国に幽霊を守る法律は存在しない。

 しかし当然ながら俺の身体は悠宇香の身体をすり抜けて、画材や衣服の散らばった床に勢いよく衝突した。いや分かっていたけれどノリでやってしまった。ただただ痛い。


「あの、ごめん。ふざけすぎたよケーイチ……大丈夫?」

「……大丈夫だけど大丈夫じゃない。自分の間抜けぶりに涙が出そうだ」

「そっか。あ、でもやっぱり勝手に返信したことについては謝らないからね。ケーイチはもう少し女性経験を積んだほうが良いと思うのです」

「そういうとこ性根が図太いよな、お前は……」


 床に顔面をくっつけながら感心していると、さっき近くに落としたスマホが振動した。手を伸ばして画面を開くと、五十嵐先輩から再びメッセージが届いている。


『念押しするようで悪いけど、今週末、絶対だよ?』


 ごくりと喉が鳴った。

 そのメッセージの下にはデフォルメされた猫のキャラクターがサンドバッグを殴るスタンプが投下されていたが、まったく文面の圧を緩和できていない。むしろ怖い。

 どうやら今回は逃げられそうにないようだ。

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