手術当日 仁義なき戦い

 前日入院時はリラックスしていたけど、朝起きると緊張していた。水をたくさん飲むよう言われたんだけど、朝から何回もトイレに行って全部出しちゃった感じ。

 手術衣に着替えて、やっぱり落ち着かないから、気分転換に音楽を聴くことにした。


 緊張するあたしにiPhoneがランダムで選んだのは、L'Arc-en-CielのDon't be Afraid 25thライブバージョン。20数年来のガチなラルクファンなもので。やるじゃんiPhone、良い選択だ。麻酔直前まで歌っていたら、覚醒直後にちゃんと記憶が繋がっていた。


 オペ室の時計を見ると、18:30。9:10に入室したから、9時間以上経っている。朝、満員電車に乗ってきた義母もまだいてくれていた。あたしは一瞬だったけど、待つ方は大変だよね。本当に感謝している。


 で、ここからがバトル開始よ。


 術後、経鼻挿管を抜いた時に喉が痙攣して呼吸停止したらしく、再挿管してまた麻酔したんだって。適切な処置のお陰で、死なずに済んだわけ。

 しかし2回麻酔したためか、覚醒した途端吐き気が半端ない。


 早速そのままオペ室で吐いて、ストレッチャーでは乗り物酔い状態。エレベーターの揺れさえ響く。ICUベッドに移って再度嘔吐。


 しかも吐くのは血。というのも、口の中から骨を切る手術だから、術中にかなりの血液を飲んでしまうんですって。それをドバドバ吐くわけ。見てる家族の方はビビるよねー。非喫煙者の女性は麻酔の副作用が強く出るらしく、もろに当てはまってしまったようだ。


 でもね、吐けるうちはまだいいのよ。

 血を吐き終わると胃には何もないけれど、依然吐き気は継続。しかも今度は痰が襲ってくる。挿管で鼻も喉も傷つくし、麻酔の影響で痰は避けて通れないんだそうだ。


 吐くものがないのに何度も何度もオエーッとなりながら息苦しさにのたうち回る。痰に殺されるんじゃないかと本気で思うけど、パルスオキシメーター(酸素飽和度を示す)モニターは常に99%。全っ然死にやしない。


 頭パニック状態で、排痰方法なんて思い浮かばない。出産の時もそうだったな。ヒッヒッフーなんて一つもできやしなかったわー。


 ナースコールに最初は応じて吸引してくれるも、途中から「この手術の患者さんは自分でやるのよ~」と吸引チューブを渡される。

 え、聞いてないしどうやんの?どこまで入れていかわかんないし。鼻からまだチューブ入ってるからうまく口の奥に突っ込めないし。


「取れてるとズゴーって音がするけど、音がしない時は痰が引けてないからね」いや全然音しないんですけど!

 多分、もっと奥に入れなきゃならなったんだと思う。けど怖くてできなかった…。これ、事前練習させといた方が良いと思うなあ。


 仕方なく頻回なナースコール。若い看護師は何も言わずクールに処置だけしてくけど、オバサンは優しい。

「乃木さんだけが異常じゃないからね、この手術の人はみんなこうだからね。必ず回復するから頑張ってね」って。あぁ、あたしもこういうオバサンになろうと決意。


 一睡もできず七転八倒の苦しみ。こんなに苦しいなら死んだ方がマシだと、心底思う。しかし明け方近くになり、これは逃れようの無いことなんだとようやく気づく。


 血と痰と吐き気と息苦しさとあたしの仁義なきガチンコバトル。1対多数の戦い。頭の中にロッキー3のテーマが鳴り響く。


「立つしかないんだよ!お前にリングを降りる選択肢はない。必ず勝てる戦いだ、それまで何度でも立ち上がれ!諦めんな!!!」

 わかったよグレイヴ隊長ぉぉぉ!!


 なぜか戦いの最中、今までにない立体映像の世界が見えた。もしかして戦いの境地ってやつ?儲けもんだ!次作のネタにしてやろうと決める。


 ちなみに実母は、娘がもんどりうっている姿を見るに耐えなかったらしく、どうしてあんな手術しちゃったのよと、後から言われた。

 あー、それをやっちゃうのがあなたの娘なんだよね。ごめん。

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