第47話「MyFunnySeasons」

 ~~~高城恋たかぎれん~~~




 走って、走って、走って。

 わたしが出たのは会場の最後方。

 スタッフ用の出入り口のドアを、そっと開けた。


 すぐに目に飛び込んできたのは満員の客席。

 耳に入って来たのはしのぶちゃんと一恵いちえちゃんへの割れんばかりのコールだ。

 

 ステージ上では当のふたりがMCをしている。

 大観衆の中でふたりきり。しかしどちらにも浮ついた様子はない。

 焦った様子もまるでない。わたしの到着を欠片も疑っていないのだ。


「……えへへっ」


 ふたりの堂々とした態度が誇らしくて、その信頼感がくすぐったくて、わたしは笑った。

『神様在中っ』の缶バッチをノックすると、レンさんに話しかけた。


「ねえレンさん。一緒に行こう? 一緒に歌って、一緒に踊ろう? 嫌だって言ってもダメだからね? わたしたちはもう一心同体なんだから。レンさんの教えてくれたことが、全部、すべて残ってるんだから。だからさ、ほら、一緒に」


 答えはなかった。

 ただ静かな、沈黙だけがあった。

 でもいいんだ。

 それでいい。


「ふっふーん、沈黙は了解の証だからね? じゃあ行くよ? ……せーのっ」


 通路に踏み出した瞬間、すぐにお客さんに気づかれた。


「お、おいあれ……恋ちゃんじゃねっ?」

「いやいやいや、まさかそんな……ってマジだっ?」


 ニッコリ笑ってウインクすると、わたしはヘッドセット型マイクのスイッチを入れた。


 ──やあー、やあー、やあー、遅くなりました。

   電車がモロ混みでね、遅れちゃいましたっ。


 テヘペロ、と舌を出しながら、わたしは観客席と観客席の間の通路を歩いた。


「電車混んでても遅れることないっしょっ」

「さすが恋ちゃん、不思議ちゃんっ」


 ズバリ核心を突いたお客さんを人差し指鉄砲でバンバンと撃ち抜いて、わたしはさらに歩いた。


 ──おおっと、怒ってますねえー。忍ちゃん、一恵ちゃん。

   顔を真っ赤にして、腕組みして。

   でもダメだよおー? 人生は長いんだから、もっとゆっくり、のんびり構えないと。

   そんでつどつど、笑わないと。

   おまえはお気楽すぎなんだよって?

   あっははは、そうかもねーっ。

   でも残念、それあなたちのリーダーであるところのこのわたしなのですっ。

   ってことで、さあ行っくよーっ?


 満面に笑みを浮かべながら、わたしは始めた。

 わたしの作った青春ソングを、『MyFunnySeasons』を歌い始めた。


 ──卒業写真の片隅で、君はいつも笑ってる。

   優しい瞳で、こっちを見てる。

   終わりが来たのはいつだっただろう。

   たしかそう遠くない夏の日。


 Aメロを歌いながら、わたしはステージに向かって花道を歩いて行く。

 

 ──理由は覚えていない。泣いたかも全然。

   ただ時々思い出す。

   アルバムをめくるたび、君のことを。

   あの日差しを、あの暑さを。


 Bメロを歌い終わり、わずかの間奏。 

 ステージの手前で立ち止ると、わたしはふたりを交互に見つめた。


「ごめんね? 待たせたね?」


「うるっせえよバカ! 心配させやがって!」


 忍ちゃんはちょっと涙ぐんで──


「ふん、どうでもいいわ。とっとと上がって来なさい」


 素っ気なく言い放ちながらも、一恵ちゃんの耳は赤くなってて──


 ふたりで手を差し伸べてくれた。

 一段低いところにいるわたしを、ぐいとステージに引っ張り上げてくれた。

 

 それ以上は責められなかった。

 それ以上は聞かれなかった。

 さあ行くぞって、肩を叩かれただけ。


 ああ、いい仲間を持ったんだなって、わたしは思った。 

 このふたりとならきっとどこまでもいけるって、そう思えた。

 

「えへへ、ありがとね、ふたりとも」


 だから、ふにゃあって。

 思わず表情が崩れた。


「ったく、なんてしまらない顔してやがんだよ」 

「ホントよ。もっとシャンとしなさいよね」


 呆れ顔になりながらもふたりは、わたしに笑いかけてくれた。

 そしてサビAに突入。

 

 ──そういったことが、人生にはいくつかある。

   そしてたいがい、避けられない。

   だけど悲しみに沈むのはやめよう。

   涙にくれるのはやめよう。


 七海ちゃんが大きく黄、青、赤のサイリウムを三本まとめて振るうと(それぞれ忍ちゃん、一恵ちゃん、わたしのイメージカラーなのだそうだ)、会場全体がそれにならってサイリウムを振り始めた。

 右へ左へ、波打つように。

 大きく緩やかな動きが、まるで大海原のようだ。


 ──だって人生は一度きり。

   泣いても笑っても速度は同じ。

   だったらほら、緩く笑って。

   気ままなMyFunnySeasons。


 サビB。

 わたしたちは肩を組んで歌った。


 ──だって人生は一度きり。

   泣いても笑っても速度は同じ。

   だったらほら、肩の力を抜いて。

   気ままなMyFunnySeasons。


「ほら、見ろよ」

「ふん……まあまあね」

「わあー……」


 知り合いもそうでない人も関係なく会場中の人たちが肩を組んで歌ってくれるのを、笑顔の波が広がっていくのを、わたしたちはうっとりと眺めた。


 ──緩く笑って、肩の力を抜いて。

   いつか再会した時に、楽しく話そう。

   自分の過ごしたそれまでを。

   気ままなMyFunnySeasons。


 サビCを歌いながら──わたしはふと、その視線に気づいた。

 会場の入り口、最後方からこちらを見つめる、プロデューサーさんの視線を。  

 慈愛と悲しみに満ちた、その視線を。


「…………うんっ、決めた」

 

 大合唱の中、わたしはうなずいた。

 強く強く決意した。


「……おい、何をだ?」   

「また何か、おかしなことを企んでるんじゃないでしょうね……?」  

 

 全力で怪しんでくるふたりに、わたしは笑顔で答えた。


「これが終わったら言うよ。あのね? これからのわたしのことなんだけど……」 

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