第48話「君の歌を聴きながら」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~



 

 レン亡き後のレンがどこまでやれるか正直心配だったのだが、完全に杞憂きゆうに終わった。

 恋のしぐさにはレンがいた。恋の表情にはレンがいた。

 レンが教えたことを、残したものを恋は完全に引き継いでいた。


 恋に引っ張り上げられるように仙崎せんざき関原せきはらのキレも増し、チームとして最高のパフォーマンスを発揮した。


 予選はダントツの1位突破。

 お客さんの会話も3人のことばかりで、2位につけている『Shakeees!』については口の端にも登らない。


 やがて決勝が始まった。

 10チームが順番にステージをこなし、最後に『アステリズム』の出番がやってきた。


 袖から登場した3人の新しい衣装に、会場中がザワついた。

 ピンクのベレー帽、ピンクと白のチェック柄のシャツ、白いミニスカートとロングブーツ。

 初々しさと可愛らしさをイメージさせるその衣装は、赤根あかね作の決勝用最終兵器だ。


 ──おお……おおぉっ、マーベラス!

 ──恋ちゃん可愛いーっ! 結婚してくれーっ!

 ──何これ新衣装!? 決勝用とか気合い入ってんなー!

 

 お客さんの反応は上々。

 最初の「Girls,be ambitious!」からボルテージはマックス。

 2曲目の「フライトライト」が始まる頃には、会場中が一体となって盛り上がっていた。





「……ん? なんだ?」

 

 どこかでドゴンと、何かが倒れるような音がした。


「何か倒れたのか?」


 ステージの袖から3人を眺めていた俺は、物音の発生源を探して歩いた。

 すると……。


「何やってんだてめえらはあああ!」


 音の発生源は加瀬かせだった。

 スタッフ用通路で怒鳴り散らしわめき散らしている。

 壁を叩きゴミ箱を蹴飛ばし、とにかくひどい状態だ。


「予選であんなに大差をつけられてよう! 本選になってもまったく埋められる気配もねえ! 向こうはあの盛り上がりで、てめえらの時はお通夜だったじゃねえか!」

  

『Shakeees!』の3人──ソアラたちは壁際に一列に並び、シュンとした顔でうつむいている。


「おい、やめろ加瀬」


 とうとう鞭を取り出した加瀬を、俺は止めた。


「まぁぁぁたてめえか三上ぃぃぃ! 毎度毎度僕の邪魔をしやがってぇぇぇ!」


「落ち着け、とにかくその鞭をしまえ。そして3人にびるんだ」


「はぁぁぁあっ!? なんで僕がてめえなんかの言うことを聞かなきゃなんねえんだあ!?」





「あの──三上さんですよね? 『アステリズム』のプロデューサーの」


 俺と加瀬が揉めているところに、ソアラが口を挟んできた。


「ひとつ、おうかがいしてもよろしいでしょうか?」


「はあああ!? ソアラてめえ、何を向こうのプロデューサーと口なんか聞いてんだあああ!?」


「三上さん」


 加瀬を無視するように、ソアラはずいと一歩、俺に近づいてきた。

 気迫のこもった目で、俺を見つめてきた。


「『Shakeeesわたくしたち!』は、どうして『アステリズムあなたたち』に勝てないのでしょうか?」


「そうだ。それはわたしも気になっていた。正直、パフォーマンスにそれほど差があるとは思えない」とリンカが同意し。

「歌もダンスも負けてないと思う。ルックスだっていい勝負だよね?」とレミィも後に続いた。


「……どうして勝てない、か」


 3人と話すのが懐かしくて嬉しくて、俺は思わず口元を緩めた。

 すると、それが功を奏したのだろうか──


「おや、笑えるのだな」と意外そうにリンカ。

「怖い人かと思ってたけど、案外優しそー?」とレミィにも好反応だ。


「不思議に思うのも無理はないか。実際、おまえたちとうちとでは、技術もルックスもいい勝負だもんな」


「ええ。他に考えられる要因としては、楽曲のオリジナル要素が強い、あるいは衣装の完成度が高い、ぐらいしか思いつかなくて……」


「そうだな。その辺りについてはたしかに、こちらは人材を揃えている」


「ではやはり……」


「だが一番の問題はそこじゃない。問題はレスだ」


「レス……?」


 俺の答えにソアラは首を傾げ、他のふたりも顔を見合わせている。


「ライブ中のお客さんとのやり取り……手を振ったりウインクしたり……ですよね? でも、でしたらわたくしたちだって……」


「質と量が違うってことだ。おまえたちのはあくまでライブの味付け程度にすぎない。そこへ行くと、うちは徹底してやってきたからな。ライブ中も終了後も、SNSでもきっちりと触れ合ってきた」


 レスの重要性は、加瀬にだってわかっていたはずだ。

 だが、現場のアイドルほどには理解出来ていなかったのだろう。

 ソアラたちへの徹底が足りなかった。


 そこへいくと、こちらにはレンがいた。

 常に最前線でお客さんと接し続けてきたレンが。

 その距離感や温度感は、残らず3人に引き継がれている。


「固定客になったお客さんが前回の予選会に来てくれた。今回の本選ではさらに増え、一体となって盛り上がった。盛り上がりは伝染し、会場中に広がった」


「レスだけで……こんなに変わるものですか?」


 半信半疑といった様子のソアラ。


「アイドルってのはさ、アスリートじゃないんだ。ダンサーでもミュージシャンでもない。芸人じゃないし役者でもない。それらすべての要素を含んではいるが、そのどれでもない。ただ素晴らしいステージをこなせばいいってわけじゃないんだ」


「……」


「お客さんに好かれなければならない。共感を持たれ、親近感を持たれ、なおかつ遥か高みにいなければならない。偶像という語源そのまま、アイドルってのは人間と神様の中間の存在なんだ。そしてレスは、その境界線を極めて曖昧にしてくれる。お客さんにとっての理想の女の子にしてくれるんだ」


「人間と神様の中間……お客さんにとっての理想の女の子……」


 わっと湧いた歓声の方に、ソアラたちは顔を向けた。

 ステージ上では2曲目が終了し、3曲目へと入る前のMCが始まったようだ。

 

「……そうすれば、わたくしたちにもあのような歓声が送られるのでしょうか?」


 会場中を埋め尽くした観客の笑い声が、通路いっぱいに反響している。

 賑やかで和やかな音の波が、ぴりぴりと鼓膜を刺激してくる。


「すぐには無理かもしれない。でも、いずれは」


 俺の答えに、ソアラはくすりと笑った。


「すぐに出来る、とは言ってくださらないのですね」


「うんまあ、こういうのは時間をかけてやるもんだし、あまり期待させるのもな……」


「ふふ、正直な方なのですね」


「率直すぎるとよく怒られてるよ」


「まあ。ふふ、ふふふふふ……っ」


 ソアラに笑われ、なんとなく照れ臭くなって頭をかいていると……。





「おいてめえら、いいかげんにしろ! この僕を差し置いて他の男と何をくっちゃべってやがんだ!」


 痺れを切らした加瀬が鞭を振り上げた──瞬間。


 電光石火の勢いで踏み込んだリンカが、右の縦拳を突きこんだ。

 拳は加瀬の顎を撃ち抜く寸前で止まり、加瀬は驚きのあまり硬直している。


 そういやリンカは日本拳法の達人だったな……などと思い出していると、素早く加瀬の横に回り込んだレミィが鞭を取り上げ「没収没収っ」と笑っている。


「なっ……なんっ……なんっ……?」


 怒りと驚きで顔面を蒼白にさせる加瀬。


「てめえら、この僕に反抗する気かっ? こんなことしてただで済むと思ってるのかっ?」


「辞めます」


「え」


「決勝が始まる前に3人で話し合いましてね、すでに決めてましたの。結果がどうあれ、『Shakeees!』は解散しようと。あなたとは関係のないところで改めてチームを組んで、一から出直そうと」


「なっ……なんで……?」


「理由、おわかりになりません?」


 ソアラがにっこり艶然と笑うと、加瀬は衝撃のあまり尻もちをついた。


「そんな……なんでこの僕が……っ。こっちの世界でまでこいつに負けるなんて……」とぶつぶつつぶやいている。





「一から出直す……か」


「あら、どうかなさいまして?」


「いや……」


 ソアラたちをこのまま加瀬にプロデュースさせておくのが危険なのは間違いない。

 どうあれ、いずれは手を切らせようと考えていたのだが……。


「ある意味渡りに舟、なのかもな」


「渡りに舟? それはいったいどういう意味で?」


 不思議そうな顔をするソアラに、俺はある提案をした。

 

 ──ソアラちゃんたちとは今はライバル同士だけど、たぶんその辺はプロデューサーさんが上手いことやってくれますよね?


 レンと交わした、最後の約束の通りに。

 恋たちの最後の曲、『もっとずっと』を聴きながら。 


「なあ、ソアラ。リンカもレミィも聞いてくれ。おまえたち3人揃って──」

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