第34話「R/W:今日という日に涙はいらない」
~~~レン~~~
さて、待ちに待った12月24日。
プロデューサーさんとふたりきりで過ごす、初めてのイブだ。
にも関わらずというか、だからこそというべきか……。
「わわわわわっ!? もう4時だ!? もう絶対間に合わない! ああーっ、なんでなんだろうっ! どうしてこんなことにいぃぃぃーっ!?」
(レンさんは悩みすぎなんだよー! 昨夜あんなに考えたのに、直前になってやっぱりとか言い出すからー!)
「だってせっかくのイブなんだもん! 精一杯のカワイイを追及したくなるじゃなーい!」
(そのせいで遅刻したんじゃ元も子もないでしょ! とゆーかわたしまで一緒になって時間が守れないコ認定されるの迷惑なんですけどっ!)
「
(わーっ!? それ言うっ!? 言っちゃうっ!? とゆーかけっこうなブーメランじゃないそれっ!? 過去のわたしがそう思われてるってことはイコール未来のあなたのせいでもあって……!)
「うううぅっ!? 言われてみるとおぉぉっ!?」
(しかも考えてみると、未来のあなたもそうであるってことは過去のわたしにとってはもはや絶望でしかないわけですよっ! ああ頑張ってもこのクセは治らないんだあ、って白目になっちゃうわけですよ!)
「ごめんね!? こんなわたしでホントにごめん!」
不毛なやり取りをしながら、わたしたちは待ち合わせに30分遅れで到着した。
駅前の大時計の下、プロデューサーさんは当然のように先に来て待っていた。
その格好がまた……ですねえ……。
「おおおお待たせしましたプロデューサーさぁー……んん……?」
(ふわああああ……っ?)
わたしと恋ちゃんは、同時に絶句した。
なぜなら、プロデューサーさんが着ているのはただの私服じゃなかったからだ。
某有名ブランドのネイビーカラーのスリーピース。靴も本革、腕時計も有名メーカーのもので、しかもそれぞれがバッチリ決まってる。
長身でスラリとしていて、しかもクールでイケメンなプロデューサーさんの良さがこれ以上ないほどに際立っている。
「いいいいいったい今回はどうしてそのようなお格好でいらしたんですか?」
(ほ、ほほほ保存っ。とにかく保存をしないと……レンさんレンさん、人知れずスマホを録画モードにっ)
「ははあ……なるほど親戚のお兄さんが……。イブにデートするならこれぐらい着て行けと貸してくれたと……。それはまた素晴らしいお兄さんですねっ」
(レンさんそんなことより早くスマホをぉぉぉっ)
思わずぽーっとしていると、プロデューサーさんはジロリとわたしを見下ろした。
今日のわたしの格好は──ラメの入った深紅のドレスにボア付きのクリーム色のコート、ブラウンのタイツにクリーム色のピンヒールという、かなーりゴージャスかつ背伸びした組み合わせ。
素材のわりにはそれなりに頑張ったほうだと思うが、いかにも紳士然としたプロデューサーさんの前では霞むというか……。
「おまえも……なんかすごいな。今日はとてもその……綺麗だ」
プロデューサーさんはぼそっとつぶやくと、照れ隠しのようにそっぽを向いた。
「きっ……?」
(はい死んだ、わたし今死にましたー。尊すぎてもうダメっ。何も考えられませーん。というかあれだよね、この人のこうゆーとこ本気で反則だよねっ。いつもは表情の変化に乏しいくせに、こうゆー時だけすんごく可愛い顔するんだからっ)
わたしは言葉を失い、恋ちゃんは死亡宣言をした。
「ずっとここでこうしているわけにもいかないしな。とにかく行くぞ」
棒立ちになっているわたしの手を取ると、プロデューサーさんは歩き出した。
わたしはヒールを引っかけて転ばないように気を付けながら、必死にその後について行った。
背の高いプロデューサーさんの耳が真っ赤になっているのを、ぽーっとしながら眺めてた。
夢みたいなイブだった。
ショッピングをして、聖歌隊の合唱を聞いて、高級そうなレストランで食事をして。
プレゼント交換もした。
わたしたちからプロデューサーさんへのプレゼントは手編みのマフラー。
プロデューサーさんからは恋ちゃんに裁縫セット、わたしにはわたしのお気に入りの作家の詩集。
(あ……)
クリスマスイルミネーションでライトアップされた公園を歩いていると、恋ちゃんが驚いたような声を出した。
(雪だっ)
「あ……」
遅れてわたしも気が付いた。
夜空の向こうからひらひらと、粉状の雪が舞い落ちてくる。
「おお、雪か」
(ホワイトクリスマス!)
「ホワイトクリスマス、ですね!」
わたしと恋ちゃんは歓声を上げ、立ち止まって空を見上げた。
「綺麗だ……」
きっと雪のことを言ったのだろうと思っていたら、意外なことにプロデューサーさんはわたしを見ていた。
少し離れたところで、照れ臭そうにして。
「……ま、まままさかのわたしのことですかっ? 雪よりもおまえが綺麗とかそういう……っ?」
(ぐぎぎぎぎ……っ、この人はまたそういう不意打ちをぉぉー……)
断末魔の悲鳴を上げる悪魔みたいに悶え苦しむ恋ちゃん。
「あ、ありがとうございますっ、嬉しいですっ」
一方わたしは、耳まで真っ赤になりながら一生懸命言葉を紡いだ。
だって今まで、そんなこと言われた試しがなかったから。
わたしたちはずっとアイドルとプロデューサーの関係で、男女としての接し方をしたことは一度もなかったから。
だからすごく嬉しかった。
嬉しくて、嬉しすぎて、ちょっぴり涙が出た。
だけど泣いたら心配させちゃうだろうから、顔をペタペタ触ってごまかした。
「嬉しいけど、この状況でそれはさすがにちょっとキザですかねえ。えっへへへ……」
照れ隠しみたいにして笑って……うん、たぶん上手いことごまかせた。
そうだ、今日という日に涙はいらない。
最後の最後まで笑って、笑って、最高の一日にしよう。
そしてそれを、ずっと覚えていよう。
そうすればきっと寂しくない。
ついにこの世から消える瞬間まで、笑っていられる。
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