第33話「レンと恋」
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恋人活動は、何も
恋ほどではないにしても、レンともしていた。
「プロデューサーさん、お疲れですか? 最近また目つきがこう、きゅーってなってますけど……」
練習後、一緒に家路に着いた日のことだった。
『神様在中っ』の缶バッジをコートの胸に着けたレンが、眉間に皺を寄せるようにして聞いてきた。
「ん? ああ……そんな風になってたか、気づかなかったな……」
「ダメですねえー、プロデューサーさんはホント、自分の見た目に無頓着なんだからー。……ああーまあ、あんまり気を使われてこれ以上かっこよくなられても目のやり場とか諸々困るので、今ぐらいのがちょうどいいかもですけど……なーんて……えっへへへ……」
ごにょごにょとよくわからない発言をすると、レンは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「……」
ああ、違うんだなと俺は思った。
恋とレンは違う。
同じ魂を持っていながら、タイプが違う。
ぐいぐい押しまくってくる恋に対して、レンはただひっそりとそこにいる。
俺を振り向かせようとするのではなく、振り向くのを待っている。
恋と一緒にいると次に何が起こるかわからず、ドキドキする。
レンと一緒にいると心がぽかぽか温まり、穏やかな気持ちになれる。
どちらがいいとか悪いとかではない。
ただ、その違いは何だろうと考えた。
人の性格というのはいったいどこで形成されるのか。
人の魂というのはいったいどこで色付けされるのか。
哲学じみた空想に
「……」
俺は首を横に振った。
わからないことを思い悩むのは悪い癖だ。
それよりも今は、取り組まなければならない問題がある。
「なあレン。クリスマスイブって空いてるか?」
「へっ? うえ、うえええええっ?」
レンはズザザザッと俺から距離を取った。
「そ、そ、そ、それはいったいどーいった趣旨のご質問でっ?」
「いや、おまえとデートで出来たらいいなと思って」
「直球っ」
レンはズガン、とショックを受けたような顔をした。
すぐに顔を真っ赤にして、わたわたと慌てた。
「わわわっ、恋ちゃんステイっ、ステイだよっ。これは何かの間違いだからっ」とか言ってるのは、レンの中で恋が騒いでいるのだろう。
「え、ええーと……お待たせしました。はいそのー、もちろん空きに空いてはおりますけどもー……そのでもっ、わたしでいいんですか? っていうのはこの場においてレンという存在はふたりいるわけで……つまりはプロデューサーさんの中では恋ちゃんなのをわたしが勝手に自分のことと勘違いしてしまっているかもなので……」
「そっちの恋とはハロウィンの時にスイーツバイキングに行ったからな。俺が誘ってるのは神様のほうだよ」
「そそそそうゆー言い方されるとなんか恥ずかしいのでやめていただきたいのですけどっ。自分のことを神様だとか特一級の黒歴史なのででででもありがとうございますっ。すごくすごくすごーっく嬉しいですっ」
と言ってから「ああでもっ、ここは恋ちゃんに譲るのが大人としての正しい在り方ではっ?」と思い悩んだり、「ああごめんっ。そうゆーのじゃないのっ。情けとかじゃなくこう単純に外聞とゆーかっ」などと恋と忙しくやり取りしているのを眺めながら、俺はふっと口元を緩めた。
考えてみれば、俺とレンはデートのようなことをしたことがなかった。
アイドルとプロデューサーの関係を、ついに最後の瞬間まで崩すことはなかった。
いや、正確には……。
──ねえ、プロデューサーさん。わたしね? ホントはずっと、プロデューサーさんのこと……。
あの夏の夜、たぶんレンは崩そうとしたのだ。
それまで溜めてきた想いを、それこそ小学生の頃より抱いて来たという俺への想いを昇華させようとしたのだ。
だけど運が無くてそれは叶わず、こんなにも複雑な状況になっている。
恋の体を間借りして、いつ消えるとも知れない恐怖に怯えながら暮らしている。
だったら俺は、レンの気持ちに答えてやらなければならない。
どこまでも純粋なその想いを、受け止めてやらなければならない。
だけどレンが今さら告白の続きをするとは思えない。
これからがある恋のことを気遣い、押し殺そうとするはずだ。
ならば俺は、どうすればいいのだろう。
どうすればレンの心をもっと健やかにし、終わりの日を迎えられるのだろう。
「……」
わからない。
わからないまま、俺はその場に佇んでいた。
レンと恋のやり取りが終わるまで、ずっと、ずっと待っていた。
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