第30話「勝つための選択」
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「これはなかなか……」
「しんどいですねえー……」
放課後、共に部室へ向かう俺とレンは、周囲の好奇の目に晒されていた。
──うおお、来たぞ来た来た。噂の三角関係どろどろマックスなふたり。
──朝からすげえ罵り合いになってたとか聞くぜ? あの女じゃなくわたしを見てよみたいな。お願いだから捨てないでみたいな。
──会長もやるよなあ。てか相手は誰なんだ? けっこう長いって話なんだろ?
──
──ひゅうーっ、やるなあ。大人だわあーっ。
「ずいぶんと長い尾ひれが付いてるような……」
「ずぶずぶの肉体関係って……もっと他に表現が……」
遠慮会釈の無いうわさ話に顔を赤らめるレンを体で隠すようにして歩いて、歩いて、ようやく部室にたどり着いた。
「ふうー……これでようやく落ち着ける」
「教室でもさんざんだったので、わたし引きつりすぎて頬が痛いです……」
やれやれこれでひと息つけるぞと安心していた矢先……。
「だから言っているでしょう! 早くわたしを断罪しなさいと!」
「だからいいよ別に。ライブ自体は成功したわけだし、正直今さらさあ……」
「今さらとかじゃありません! こういったことに時効はないのだから、きちんとしなさい!」
部屋の中央で
目の前のパイプ椅子では
「なんだこの状況は……」
「うーん、こっちはこっちで……」
困惑する俺たちに、横合いからこっそり
「三上くん、恋ちゃん。いいところに来てくれたねっ。実は今大変なことになってて……っ」
「まったくいいところではなさそうだが……」
「大変なことになってるのはなんとなく……」
赤根の説明によると、昨日の学祭で起こった音響機器の連絡の途絶は、関原の仕業であるらしい。
「ほう、それで謝罪に来たと?」
「謝罪に来た人の態度には見えないんですけどねえー……」
俺たちの到着に気づいた関原が、凄い勢いで詰め寄って来た。
「聞きましたか会長っ! ええその通りです、わたしが犯人なんですっ!」
「お、おう……ずいぶんと大胆な自白だな」
「わたし、最初は高を括ってました! バカな男どもにチヤホヤされたいだけの底の浅い連中に何が出来るって、あざ笑ってました! だけど練習を見て、その考えは180度変わりました! 運動部よりも激しいトレーニングを積み、文学部よりも厳しい精神的研鑽を積んでいる! ふたりならきっと、学祭でトップの得票を得られるだろう! そうしてきっと、会長をわたしから奪ってしまう! それが許せなくて、シールドの線を抜きました! 無音のアクシデントはすぐに解決するだろうでも、ふたりのコンディションと失われた時間は戻らないだろうと! ええお恥ずかしい行為です! 矮小で卑劣な、最低の人間がすることです!」
圧に押されてじりじり下がる俺を、関原はどこまでも追って来る。
何分広くはない部室内のことだ、俺はとうとう壁際にまで追い詰められてしまった。
「しかもその上でです! ふたりはわたしの非道をも跳ね除け抜群のパフォーマンスを発揮しました! 会場中の度肝を抜くような、最高のエンターテインメントを現出しました! 正直、目から鱗が落ちました! 心底からふたりに詫び、関係性をリセットさせていただきたいと思い参上しました! つきましては、一刻も早く罰していただきたいのです!」
「罰するって……
「その通りです! ビンタをするでも、髪を掴んで振り回すでも構いません! お望みとあらば、年頃の殿方が好むような卑猥な要求でも呑んでみせます! さあ! どうぞお好きなように!」
「いやいやいや」
なぜか冷たくなった女の子たちの目線に、俺はひどく慌てた。
「俺はまったくそんな要求をする気はないからな? というか皆、なんでそんな目で俺を見るんだ?」
言い訳じみたことをさせられている己の立場に甚だ疑問を感じていると……。
「まあまあ、その辺にしておきましょう
横合いから、レンが割り込んできた。
俺のシャツを掴んでいた関原の手を引き剥がすと、離れろとばかりに押しやった。
「一恵ちゃんのプロデューサーさんへの気持ちはわかります。でもそれは逆効果ですから。押しすぎるとかえって嫌われますよ?」
「き、嫌わ……えっ? というかわたしの気持ちって……えっ? えっ?」
いったいどうしたのだろう、関原は慌てて俺から距離をとった。
チラリと俺の顔を見たかと思うと、シュボっと点火するように頬を赤らめさせた。
「……ホント、相変わらずわかりやすいんだから一恵ちゃんは」
レンはやれやれとばかりにため息をついた。
「レン。おまえはいったい何を言ったんだ? どうして関原はあんなになってるんだ?」
「プロデューサーさん以外のたいていの人が知ってる真実をポロッとしただけですよ」
「俺以外の人はたいてい知ってる……?」
レンは再度ため息をつくと、俺と関原の間に立った。
「OK、一恵ちゃんに罰を与えましょう」
「ば、罰を……?」
ゴクリと唾を呑む関原に、レンは短く告げた。
「今からアステリズムのメンバーになってください。一緒にトップアイドルを目指しましょう。以上」
「え? え? え?」
突然のことに目を丸くする関原、先崎、赤根、俺。
「おいレン。それはいったいどういう……」
俺の問いに、レンはパチリとウインクを返した。
「どういうも何も、言った通りの意味ですよ。わたしと忍ちゃんと一恵ちゃんの3人チームにするんです」
「や、それはわかるんだが、なぜ関原を……」
「適任だからですよ。一恵ちゃんは見ての通りのメガネ美人で、体つきは着痩せするタイプ。家の方針で長年日本舞踊を
レンは両手の指を組み合わせて三角形を作った。
「わたしと
「……なるほど」
世にアイドルが溢れ、5人10人以上のチームも珍しくなった昨今、フォーメーションの重要性は増している。
隊列とそこから派生する動きでいかにそれぞれの女の子を輝かせるかは、楽曲作製者や振り付け師にとっての最優先事項と言っていい。
今現在、アステリズムの楽曲に関しては
2人でなくせめて3人ならば……そういったつぶやきが漏れたことは一度や二度じゃない。
「その通りです。これは勝つための選択なんです」
「なるほどなあ……」
さすがはレン。
チームのコントロールに関しては俺でも敵わない。
「あとはまあ……。現役時代も思ってたんですけど、ライバルとなる人は離しておくよりむしろ傍にいてもらったほうが管理しやすいんです」
「ん? なんだって? 何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
途中何かごにょごにょ言っていたが、上手く聞こえなかった。
だが、言いたいことは大筋で理解出来た。
「よし、それで行こう。線じゃなく三角形だ」
来年夏に向けてのチームアステリズムの方針は、こうして決められたのだった。
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