「FourthSongs」
第29話「プロデューサー・シェアリング」
~~~
レンとの再会から一夜が明けた。
あまりの衝撃と事実の残酷さで眠ることが出来ず、俺はふらふらしながら学校に向かった。
どうしたらこの問題を解消出来るのか。
どうしたらレンを幸せに出来るのか。
頭を悩ませながら歩いていると……。
「
通学路の途中で待ち受けていたのは、大人びた様子からするとレンだろう。
俺に気づくと、胸の前で小さく手を振って来た。
眉毛をハの字にさせ、いかにも困った顔だが……。
「おはようございますプロデューサーさん。あのー……実はですね、いきなりなんですけど、非常に困ったことになってまして……」
「困ったこと?」
「ええ。率直に言いますと、
「激おこ……?」
「あ、本人と変わりますね」
まるで受話器でも受け渡すような気軽さで、レンは恋に切り替わった。
すると恋は──
「ずるいずるい! ずるいですよもう! ふたりしてずるっこ! サイテーです!」
ハの字になっていた眉を跳ね上げると、いきなり大声で怒鳴り出した。
「昨日あの後、家に帰ってからレンさんにさらに色々聞きましたよ! なんですかもうふたりして仲良しで! アイドルとプロデューサーで二人三脚で辛い時も悲しい時も一緒で! しかもこの人めちゃめちゃプロデューサーさんのこと好きなのに告白出来なくてぎりぎりまで引っ張ったあげく言うチャンスを逃して結果的にこんなことになっちゃっていいからレンさんは黙ってて!」
途中でレンが口を挟もうとしたのだろうが、恋は凄まじい勢いで遮った。
「プロデューサーさんもプロデューサーさんですよ! 身を挺してレンさんのことを守ろうとして死んじゃって! 過去に戻ってからもレンさんのことばかりで! わたしをプロデュースするなんて言いながら、ホントはレンさんのことばっかり! あの時教室でわたしに言った、好きなのも可愛いのも綺麗なのも見ていて飽きないのも声が天使みたいなのも体つきがシャープなのもキュッと上がったヒップがキュートなのもすべてみんなレンさんのことだったんでしょう!?」
「や、ちょっと恋……」
「わたしと恋人になってくれたのもレンさんのことがあったからですよね!? 一緒に帰ってくれたのも他愛ないわたしの話を聞いてくれたのも、ずっとわたしにレンさんをダブらせてたからですよね!? そんなのひどい!」
「それは……」
違う、とは言えない。
俺はたしかに、いつだって恋にレンを見てた。
ちょっとしたしぐさにもレンがいないか、見落とさないように注意を払ってた。
それはたしかに不義理だと思う。
現に今を生きている恋は、俺のことが好きで俺と恋人同士でいるつもりなのに。
「お祭りの時だってそうですよ! わたし精一杯お洒落して行ったのに! いつもより言葉のキレが悪かったのは相手がわたしだったからですよね!? レンさんに比べてあまりにチビでへちゃむくれだから!」
「いや、違う。それは違うぞ、恋」
俺は慌てて恋の言葉を遮った。
「あの夜のおまえはたしかに輝いていた。お姉さんの手によるメイクと浴衣や帯によるドレスアップがバッチリ決まっていて、可愛らしくも大人っぽい、素敵な女の子に見えた。だけどそれを上手く伝えられなかったのは、突然恥ずかしくなったからだ。俺は、今は中二だけど本来ならば立派な大人で、にも関わらず中一の女の子に本気でドキリとしただなんて、さすがに認めるわけにはいかなかったんだ」
「へ、へえー……。そ、そうだったんですかあー……」
俺の説明が恥ずかしかったのか、恋はシュボッと点火でもしたかのように顔を赤らめた。
「ま、まあたしかにそれはそれで問題があるというか……。いやでも、あるかな? 十歳ちょっとぐらいの年の差なんて、世間的には割とよくあることだし……?」
俺から目をそらして何事かをぶつぶつつぶやいて……恋は急にはっとしたような表情になった。
「いけないっ、上手いことノセられてうやむやにされるところだったっ! こ……これが大人の人心操作術っ!? 大人って怖いズルい汚い不潔っ!」
「いやいやいや」
「と、とにかくこれだけはハッキリさせておきます! ふたりがわたしを仲間外れにしてこそこそ大人のやり取りをしてるのがすごく嫌です! どうあれこの体はわたしのものだし! 理由はともかくプロデューサーさんはわたしとつき合ってるわけだし! かと言ってレンさんを閉め出すのは可哀想だし! 立場とかにはすごく同情出来るものがあるし! そこでわたしは、スーパー折衷案を考えました!」
恋はごそごそ鞄を探ると、何かを勢いよく取り出した。
「ババーン! これです!」
効果音付きで高々と掲げたのは、おそらく手製のものだろう缶バッチだ。
もちもち真っ白大福みたいなボディに小さな突起状の手が二本、目がふたつと口がひとつだけというシンプルデザインのオリジナルキャラであるモッチーが描かれている。
吹き出しには「神様在中っ」とあり、ええとこれはつまり……。
「これを身に着けている時は神様……レンであり、着けていない時は恋であるってことか?」
「ピンポーン、その通りです! だってこうしたら見分けやすいでしょう!? 今後色々、スムーズにいくでしょう!?」
恋は思い切りドヤ顔になった。
「レンさんにはこれからわたしと一日ごとに交代交代で暮らしていただきます! 自分のターンの時にはふたりで堂々とイチャイチャしてくださってけっこうです! も、もちろんコウジョリョーゾクに反しないかぎりですけどね!? あまりにもアダルティなのはダメですよ!?」
注意事項をつけ加えた上で、恋は俺のシャツの裾をぎゅっと掴んだ。
「その上で言わせてもらいますけども! わたしのターンの時はプロデューサーさんはわたしのものですから! あくまでシェアするだけなので! 譲るわけじゃないので! そこだけはふたりとも間違えないようにしてください!」
「俺を……シェアする……」
言い方はあれだが、こういうことだろう。
恋は俺との仲を崩すことなく、レンとの関係性を悪化させることなく、なおかつ自分の権利を主張したのだ。
言うならば三者協定のようなものであり、つまりは……。
「はい、えーと……そのような感じです。なのでまあその、今日のところはあの……」
言うだけ言うと恥ずかしくなったのだろう、恋の勢いは急速に弱まった。
顔をうつむけると、そそくさと缶バッチを胸につけた。
「え、え? ここでわたしっ? ここで丸投げなのっ?」
入れ替わったレンは、慌てたように周囲を見渡した。
なぜなら……。
──ね、ねえ聞いた? 今のやり取り……。
──え、どろどろの三角関係?
──怖いズルい汚い不潔……いったい何をしたらそこまで言われるのか……。
──朝っぱらからよくやるわー……。
通学途中の生徒たちが、ひそひそ囁き合いながら俺たちを見ていたからだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます