第23話「K/W:チャンネルを変えるように」
~~~神様~~~
動きが体に染みついているので、たとえ頭が真っ白になっても最後まで演じることが出来る。
緊張しながらもある程度の自信をもってステージに上がった
「チェックワンツー……チェックワンツー……。ブース、聞こえますか?」
「お、おい恋、これって……」
「……うん、音響関係のトラブルだと思う」
いつまで経ってもイントロが始まらない。
音響ブースとのやり取りも上手くいかない。
恋ちゃんたちが使っているヘッドセット型マイクはSystem10の名機──当時としては最新型──だから、電波干渉ということも考えづらい。
チャンネル設定は自動だから、おそらくはどこかで結線が途絶しているのだろう。
「どうするんだよ……なあ……」
「どうするって言われても……」
ふたりは心細げに顔を見合わせている。
(恋ちゃん、慌てないで)
まさか忍ちゃんに聞こえるということもないだろうが、わたしは声を押し殺すようにして恋ちゃんに話しかけた。
(これは束の間のトラブルよ。すぐにプロデューサーさんが解決してくれる。それを信じて待つの)
「そりゃあ信じてるよ……でも……」
忍ちゃんから顔をそむけると、恋ちゃんは胸を詰まらせたような声を出した。
「こうしてる間にも持ち時間は減ってくの……。せっかくふたりで頑張ってきたのに……このままじゃ全部無駄になっちゃう……」
手と手を硬く握り合わせ、唇を噛み、涙を流すぎりぎりのところで耐えている。
(うん……)
どう声をかけていいか、一瞬考えた。
頑張れ、大丈夫、きっとプロデューサーさんがなんとかしてくれる……違う、そんなのすべて気休めだ。
わたしは知っている。
一度ステージに立った以上、頼れるのは自分たちだけ。
5人グループだったら5人、10人だったら10人で力を合わせるしかない。
今ステージにいるのは恋ちゃんと忍ちゃんのふたりだけ。
だったらやはり、ふたりでなんとかするしかないのだ。
でも悲しいかな、ふたりには経験が足りない。
音の無い、孤独な世界で演じる
──わたしなら……。
一瞬だけ、そんな思考が脳裏をよぎった。
わたしならなんとか出来るのにって。
でもすぐに断ち切った。
それはあまりに恐れ多い行為であるから。
「神様、お願いがあるの」
わたしの心の隙間へ切り込むような鋭さで、恋ちゃんが話しかけてきた。
(なあに? 恋ちゃ……)
「助けて欲しいの」
(えっと……助けてっていうのは……)
「わたしと忍ちゃんを。ねえ、神様ならなんとか出来るんじゃない? だって神様なんだもん」
(助けてって……)
「めちゃくちゃ言ってるのはわかってるよ。でもホントにわかんないの。どうしたらいいのかさっぱりなの」
(……)
早口で前のめりに、恋ちゃんは喋りかけてくる。
わたしを逃がすまいとするように、盛んに言葉を重ねてくる。
「ごめんね? 変なこと言って。でもホントに、これ以外に思いつかないの。困った時の神頼みというか……」
(うん……)
わかる。
ライブを失敗するのは怖いことだもんね。
ましてやそれがデビュー戦で、こんなにたくさんの人たちの注目を浴びてる中で。
プロデューサーさんや忍ちゃん、赤根ちゃんに黒田くん。お世話になってきたみんなに対して申し訳ないって思いで胸がいっぱいになっちゃってるんだよね。
わかるよ。
他ならぬ恋ちゃんのことだもん。
(わかった。じゃあね……一曲だけだよ? 一曲だけだからね?)
言い聞かせるように、わたしは言った。
恋ちゃんの不安を煽らないよう強調した。
(一曲だけ、体を貸してもらうからね?)
「え……?
説明している暇はなかった。
何せ状況が
わたしはただちに、
目を閉じ、神経を集中し、ふっと天を仰ぐ。
すると──パチンと。
チャンネルを変えるように一瞬で、景色が変わった。
恋ちゃんの体の主導権が、わたしに移った。
「すうー……はあー……」
息を吸い込んで、吐き出す感覚。
両足で地面を捉え、体を持ち上げる感覚。
「すうー……はあー……」
産毛を撫でる空調の風、耳をくすぐるお客さんのざわめき。
スポットライトの放つ熱と輝き。
燃えるような血流。
それらが渾然一体となって、耳元でゴオゴオと騒ぎ立てている。
──ああ……また来れた。
そんな風に、わたしは感じた。
──また、
久しぶりの感覚を、神様に感謝した。
神様なのに、神様に。
「あっはっはっ……」
自分が考えていることの呑気さに、思わず笑ってしまう。
「……恋? どうした? 大丈夫か?」
隣にいた忍ちゃんが、不思議そうな声を出した。
そりゃあそうだろう、つい今しがたまで絶望の淵にいた人間が笑い出したら、誰だって心配する。
「ううん、なんでもないの。ただ楽しいなってだけ」
「……おい、大丈夫か?」
こんな状況で何を言ってんだ、というように忍ちゃん。
「ええと……ちょっと待っててね? あーえーうーいーおーあーおー……うん……うん」
トントンと足を踏み鳴らし、手を振り回し、声を出して感覚を確かめると、わたしは大きくうなずいた。
筋肉の付きが悪く、声にもパワーが足りない。でもそれを補って有り余るほどに体が軽い。
この体ならわたしは、風のように舞える。
「忍ちゃん、わたしが最初ソロで行くから。一分後にサビから合わせて入って来てね。それまではカウントだけしておいて」
「えっと……カウント……?」
「足でもいい、手でもいいよ。とにかく正確に60秒を数えるの。そんで、ジャストでサビから始めよう。大丈夫、そこまではわたしがひとりでもたせてみせるから」
だから任せて。
そう言って、わたしはほほ笑んだ。
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