第22話「InTheTrouble」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 関原せきはらが立ち去った直後、皆が一斉に俺のもとに詰め寄って来た。

 どうやら今のやり取りをすべて聞いていたらしく……。


「これは勝負ってことですね!? プロデューサーさん!」

「挑まれた勝負だ、受けずに逃げるなんてありえねえよなあー!?」


 レン仙崎せんざきはなぜかノリノリで。


「わたしも精一杯お手伝いしますから! なんでも言いつけてください! ってああでも、あんまり変なことは困りますよ!? 変なことってのはそのあの……(ゴニョゴニョ」

「ちょおおーい! 盛り上がってきたじゃないのうー! ああでも、オレら軽音部はまったく手ぇ抜かないかんねー!? 少年漫画的な対決のノリだから! むしろ手ぇ抜くほうが失礼にあたると思ってるから!」


 赤根と黒田までもが鼻息を荒くしていた。


「いや、全然気にする必要はないんだぞ? あんなの全部、関原の勇み足で……」


 俺がどれだけいさめても、関原への対抗意識はまなかった。

 それぞれの胸に熱いものとして宿り、学祭への残りの期間を炎のように燃え上がらせた。



 ──そして決戦当日。



 秋晴れに恵まれた学祭2日目。

 ライブステージの最終トリ前が、アステリズムのデビュー戦となった。


 凝り性の多いわが校の学祭はどのし物も完成度が高く、近隣住民や他校の生徒からの評価も高い。

 中でもライブステージは人気で、わざわざ他県から観客が来るほどだ。

 全国レベルの吹奏楽部に軽音部などのメジャーどころはもちろん、講談や浪曲、演歌に社交ダンスなど、個人参加でも相当な実力者がぽんぽん出てくる。

 その中で一番になるのは、当然だが生半可なことではない。

 

「ここまでの最多得票数が初日のトリの吹奏楽部の542票。しかも去年の覇者の軽音部がトリに控えてる状況でのトリ前かあー……。ねえ、わたしたちホントに大丈夫かなあ? 忍ちゃん」

「おっまえ……! ここまで来て全力で不安を煽るようなことを言ってくんじゃねえよ!」

「だってさあー……この人数を目の前にしたらさすがに不安になっちゃってー。ねえ、しかもこの会場のキャパ知ってる? 600人なんだよ? そのうちの542以上っていったらさあー……」

「単純にあたしらが残りの58票もかき集めたらいいだけの話だろっ! ああもう、ウジウジ考えんな!」



 衣装に身を包んだふたりは、ステージの袖から会場の様子を眺めつつ、互いを肘で突つき合っている。



「だ、大丈夫かなあふたりとも……?」


 ふたりの様子を俺と一緒に対岸の袖から眺めている赤根が、不安そうな声を出した。


「大丈夫だ。たとえ頭が真っ白になったって体だけは動くレベルにまで調整してある」


「それはそうかもだけど……でもそれじゃ、最後までやり切れたってだけで……」


「ああ、関原の出した条件をクリアすることは出来ないだろうな。だが気にすることはないだろう。何度でも言うが、1位を取れなかったら解散なんて件、無視して続ければいいだけだ」


「……やっぱりわかってないんだ」


「どういうことだ?」

 

 俺の返答に、なぜだか赤根はハアと疲れたようなため息をついた。


「あのね。わたしと黒田くんもだけど、特にふたりはさ。何よりも三上くんがバカにされてるのが嫌だったんだよ。完全なる部外者に、100%を尽くしてないなんて上から目線で言われてるのが嫌だったんだよ。三上くんの頑張りを誰よりも知ってるから、だから勝ちたくて、負けたくなくて、あんなに緊張してるんだよ」


「じゃあ、ふたりは俺のためにあんなに必死になって練習してくれてたってのか……?」

 

 驚いた。

 赤根がそこまでふたりを見ていたことに。

 そして、どこまでも鈍感な自分に。


「そうだよ。初ライブを失敗させたくないって気持ちはもちろんあるけどね。でもそれだけじゃあそこまでは出来なかった。三上くんのためにっていうのが大きいんだよ」


「そうだったのか……」


「ご、ごめんね? 偉そうに言っちゃって……」


 赤根はハッと我に返ったような表情になると、わちゃわちゃと自らの髪の毛をいじり回して恐縮し出した。


「上から目線恥ずかしい……ホントごめんなさい……」

「や、俺のほうこそ……」


 ふたり、微妙な気分で向き合っていると……。



 ──あれ? どうしたんだ?

 ──あのふたり、キョロキョロしてるぞ?

 ──イントロも全然始まらないし……もしかして、これって事故?



 いつまで経ってもライブを始めないふたりを、会場中が怪しみ出した。


「三上くん……!」

「……音響トラブルだ!」


 俺たちは瞬時に理解した。

 

 ライブステージ参加者の持ち時間は、5~15分。

 アステリズムは最大の15分で申請しているが、どんなトラブルが起きようとイベントは厳密に進められる。

 つまりこうしている間にも時計は動いていて……。


「急いでなんとかしないと!」

「……わかってる!」


 赤根の声を号砲にして、俺は走り出した。


 バックヤードを通って音響ブースへ。

 しかし様々な音響装置をデジタルで集約したそこにも、色濃い混乱が生じていた。



 ──どうして流れないんだ!? 音リハでは大丈夫だったはずだろう!

 ──マイクもダメです! ふたりと連絡がとれません!

 ──昼休憩前までは平気だったんです! 普通に考えてあり得ない!

 ──いいから原因を総ざらいするんだ! 悩んでる暇はねえぞ!

 ──オレたちのトリ前にケチなんかつけられてたまるかよ! とにかく動け動け!


 

 放送部の悲鳴と軽音部の怒号を尻目に、俺はステージ裏の音響機器置き場に走った。


 落ち着け。落ち着け。

 現役プロデューサー時代にも、こういうトラブルは何度かあったじゃないか。


 原因はたいがい、単純なものなのだ。

 マイクやコンポなどの音響機器とミキサー間の連絡が途絶──何かの拍子で線が抜けたとか、ショートした状態になっているとか……。


「差し込み直すか、あるいは他の線をつなぎ直せばなんとかなるはずだ……!」


「プロデューサーさん!」


 袖から姿が見えたのだろう、ステージに立っている恋がこちらを振り向いた。

 俺の名を呼び、人差し指を立てて見せた。


「Bメロまでソロで回します! カウント60でサビからふたりで! 復旧はジャストで合わせてください!」


 真剣な表情で、俺に告げた。


 その意図は明白だ。

 無音の中でソロを始め、サビから仙崎を合流させる。

 そのタイミングでトラブルを解決しろというのだ。

 俺を信じ、そして自分をも信じていなければ出来ない提案だが……。


「本気でそんなことが……や、そういえば──?」


 電光のようなものが脳裏に閃いた。

 そうだ、たしかレンをプロデュースしたての頃に似たようなことがあった。

 地方公演中にPA担当が女性関係のトラブルで持ち場を離れ、その際に問題となったのがやはり結線の途絶だった。


 だけどそのまま繋ぎ直したのではお客さんに違和感を与える。

 違和感は、そのまま自分たちへの不信感につながる。

 なるべく自然にステージを行おうとしたレンとチームガンマのメンバーは……。


「……まさか、あの時と同じことをやろうってのか!?」


 レンと恋は違う。

 違うはずだ。

 にも関わらずまったく同じ思考をするというのか……いや、考えている暇はない。


 俺は素早くスマホを操作した。

 音響ブースにいた黒田と連携をとるのだ。


「任せろ! 絶対成功させてやるからな!」

 

 一瞬後、恋のソロが始まった。

 そしてそれが、久鷹くだか中の学祭史に残る伝説のステージの幕開けだった──


 

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