第24話「アイドルの完全形」
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1、2、3……6、7、8……。
カウント10で恋が動き出した。
パッと足を広げ、同時に天を指差した。
──Girls,be ambitious!! 少女よ大志を抱け!
それまでザワついていた観客の耳を
さらに天に向けていた人差し指を握り込み、拳を作った。
──Girls,be ambitious!! 少女よ拳を突き上げろ!
突き上げた拳を振り下ろすと、勢いよく前へ出た。
──お金のためではなく地位のためでもなく。
名声などという空虚なもののためでなく。
人はいかにあるべきか、その道を全うするために大志を抱け。
アカペラとは思えぬ圧倒的な歌唱力、そして驚くべきダンスのキレで、恋は観客の心をぎゅっと掴んだ。
雑言はピタリと収まり、皆が皆、ステージ上の恋に釘付けになった。
カウント34でAメロ終了。
本来ならこのまま先崎メインのBメロへ突入する流れだが、当の仙崎はあくまでカウントに集中している。
カウント35。
ぴょんと跳ねるようにステップを踏むと、恋は仙崎の前に出た。
ぱっと両足を広げ、片手を腰に当て、片手を耳に当てると、観客席をぐるり見渡すようなしぐさをした。
──周りは色々言うよね。
世間体がどうだとか
次はランニングだ。
仙崎の周りを、何かに追いかけられて焦っているように走り回る。
仙崎を障害物に見立てることで、歌詞中の人物の徒労感を表現しているのだろう。
──受験に恋に部活動。
とにかく前へって
自分を見失ってしまいそうになるほどのスピードで。
そんな時に思い出してこの言葉。
カウント59でBメロ終了。
走っていた恋が、60ジャストで仙崎の隣に並んだ。
その場で立ち止まり、顔をうつむけた。
──Girls,be ambitious、Girls,be ambitious。
そうさ、Mr. Clarkは言ったんだ。
ドンピシャ。
ふたり同時に顔を上げ、サビに入った。
俺のシールドのジャックインと、黒田のミキシングも抜群のタイミングで入った。
エフェクトの効いた音声がパワーアンプを通し、スピーカーで増幅されて放出された。
あんぐり口を開けていた観客の横っ
会場中がどっと湧いた。
──ああーっ、今までのってトラブルじゃなく仕掛けだったのか!?
──騙されたっ、何これ鳥肌モノ!
──というか想像以上にすごくない!?
──高城ってあんな動けるの!? つうかマジで可愛いしっ、別人みたい!
──アイドルってもプロじゃないよな!? いやでも、こんなすごいの!?
──いかん……オレとしたことが不覚にも、先崎に萌えてきた……。
観客それぞれがふたりへの賛辞を送りつつ、縦ノリで盛り上がり始めた。
──
──こら
ステージ最前列で興奮する七海を落ち着かせようと、母が躍起になっている。
「…………っ!?」
ゾクリ。
その光景に、俺は思わず鳥肌を立てていた。
「おいおい……なんだよこれは……」
仙崎はいいんだ。まったく問題無い。
緊張がいい方へ働いているのだろう。長い手足を活かしたダイナミックなダンスが出来ている。
練習では気恥ずかしさから声が震えることが多かったのだが、そっちも問題無し。ハスキーな声が、一部の男子や女子層を中心に大ウケしている。
「こんな……こんなのあり得ないだろう……」
問題は恋だ。
と言って、ダメなわけではない。
良すぎるのだ。
小さな体を目いっぱいに大きく動かしていながら、足取りにいささかの乱れもない。
重力を感じていないかのように高く跳び、風のように軽やかなターンを決める。
声にもまったくブレがない。
天使のように澄んだ声が、体育館中に響き渡っている。
さらに恐ろしいのは、それだけのパフォーマンスを披露しながらレスも忘れていないことだ。
レスというのはアイドル用語で、観客ひとりひとりに手を振ったりウインクを送ったりといったサービスを差すのだが、恋はこれも、きっちり合間合間に入れてくる。
ブッダですら恋に目覚めそうな、最高にキュートな笑みを浮かべて。
観客を盛り上げ、仙崎を盛り上げ、会場すべてと一体になっている。
それまでアイドルになんて興味のなかっただろう観客すら巻き込む大旋風を起こしている。
これぞまさにアイドルの完全形と言えるような動き。
だが……。
「そんなの、俺は教えてないぞ……?」
そこまではまだ、俺は教えていない。
歌とダンスを仕込むのに精いっぱいで、そんな余裕はなかった。
他の部のステージに劣る要素があるとするなら、そこだと思っていた。
なのになぜ……。
いや……やっぱり……。
「おまえは……おまえは……っ」
現時点の恋に、こんなパフォーマンスが出来るとは思えない。
もし出来るとするならばそれは、もっと未来の……。
「レン……なんだな?」
確信をこめて、俺はつぶやいた。
今までどうして黙っていたのかはわからない。
だけど間違いない。この動き、この輝きを俺が見誤ったりするものか。
「……おまえもこっちに、来てたんだな?」
じわり胸にこみ上げたものを無理やり呑み込みながら、俺はステージに目を注いでいた。
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