閑話 ミスリームのウェイン
僕は生まれつき『神の声』を聞くことができた。
ミスリームでは数年に一度、そういった子供が産まれるのだ。
それを両親に告げたときの二人の喜びようといったらなかった。
そう、僕の両親はアシュテリアの出身ではない。
二人ともミスリームの出身である。
では何故そんな二人が現在アシュテリアで暮らしているのか。
決して移民などではない。
ミスリームがアシュテリアに侵攻して以降、元々少なかった二国間の国交はほぼ断絶状態にある。
それにどちらの国でも全国民が相手国を強く憎んでおり、そんな時勢で移民を望む物好きなどいるはずがない。
彼らの正体は先の大戦においてアシュテリアへと侵攻した、ミスリームの聖騎士団の生き残りであるのだ。
アシュテリア侵攻戦において、たった一人の人物相手に歴史的敗北を喫した聖騎士団であったが、それでおとなしく引き下がる彼らではなかった。
次なる侵攻に向けて布石を打っておいたのだ。
それこそが聖騎士団の生き残りをアシュテリア全土に潜ませ、内部から時間をかけてアシュテリアを蝕んでいくという計画であった。
聖騎士団が大戦の難民に紛れてアシュテリア各地に散らばるのは容易かった。
それだけ当時のアシュテリアは混乱状況下にあったからだ。
そして多くの場合、潜伏先として目をつけられたのは六神教の神殿である。
そもそもミスリームがアシュテリアに攻撃を仕掛けたのは、アシュテリアで蔓延る間違った六神教の教義に対してミスリームの上層部が怒りを抱いたからだ。
アシュテリアの神殿では六神教の本来の教義であった、『神々をこの地に呼び寄せ再び世界を魔力で満たす』というものをとうに忘れている。
奴らはアシュテリアこそが神々に認められたこの世界の覇者だとのたまい、アシュテリア国民の祈りであれば神々はなんでも聞き届けてくれると信じ込んでいるのだ。
神々を便利屋か何かだと勘違いでもしているのか。
到底許されることではない。
そういった経緯からも、アシュテリアの六神教の神殿は聖騎士団の潜伏先になると同時に、今回の計画のターゲットにもなった。
アシュテリアの六神教を粛清しつつ、国全体にダメージを与える。
それこそが生き残った聖騎士団に与えられた使命であった。
そしていよいよ、最初の計画が実行に移される日が来たのだ。
アシュテリア全土に散らばった聖騎士団の生き残りには、独自の連絡手段がある。
それを利用して本国との連絡を取っていた彼らだったが、数年前にとうとう最初の計画が伝えられた。
それこそがアシュテリアでアナトリオスを蔓延させるという計画だったのだ。
しかしこの計画を実行するには、必要不可欠な存在があった。
アナトリオスを調合するための魔術師だ。
だが聖騎士団に所属する魔術師はそこまで多くはない。
魔力を持つ人間の割合はアシュテリアだろうがミスリームだろうが違いはないので、それも当然か。
僕のお母さんはそんな数少ない、聖騎士団に所属する魔術師の一人であった。
聖騎士団の魔術師になるには、実力だけでなく家柄も必要になってくる。
僕のお母さんはそんな聖騎士団の魔術師を代々輩出してきた家の出身だ。
そのような人物を母にもつ僕が高い魔力を持って生まれたのも、また当然であったかもしれない。
言うなれば僕は、ドラッケンフィールにおける今回の計画の要であった。
聖騎士団の魔術師は当然、アシュテリアの魔術師の登録を持たない。
そんな人物が大都市に潜り込んだりすれば、何をきっかけに疑われるかわかったものではないのだ。
その点僕の両親は慎重であった。
アシュテリアでは子供が九歳になれば魔力の測定を受け、規定の量を満たしていれば魔法学校に入学することができる。
そしてそこで本人確認用の魔導具をもらい、魔術師としての登録もなされるのだ。
そうなれば大手を振って魔力を使うことができる。
また子供である僕は疑われにくいということもあった。
それを見越して僕は小さい頃から、母に魔術の指導を受けていたのだ。
ゆくゆくは僕が神殿に潜り込み、麻薬の調合をするために。
ただひとつ誤算であったのは、両親がアシュテリアの魔法学校のカリキュラムを知らなかったことだろうか。
ミスリームにも魔法学校はあるが、入学してすぐに魔術を教わるのだ。
魔力を用いた薬の調合も早い段階からできるようになる。
恐らく僕が疑われることになったのはそれが原因なのだろう。
他にも色々ボロを出してしまった気もするが、まぁ仕方ないだろう。
一番の失態を犯したのはアナトリオスを輸送中に見つかった者たちであるのだから。
子供の頃から僕は、六神教の正しい教義とそれを間違って伝えるアシュテリアの愚かさ、そして僕達ミスリーム国民の使命について厳しく教えられてきた。
彼らが偉大なる神々を疎かに扱うために、いつまで経っても神々がこの地に降臨なさらないのだ。
僕達は必ずアシュテリアに報復しなければならないのだ、と。
だから僕はアシュテリアが嫌いだ。
この国の民が嫌いだ。
この国の六神教はもっと嫌いだ。
これらはミスリーム国民にとっては普通の感情だろう。
でも僕や両親はその気持ちを押し殺し、アイルバーグ村の村人と当たり障りなく暮らしてきた。
早くこいつらに目にものを見せてやりたい。
緊張もあったが、少し楽しみでもあった。
そう考えながら僕は魔法学校に向かう日を待った。
そしてとうとう迎えの馬車がやって来た。
その馬車に乗る人物を見たとき、僕の頭の中に言葉が響いた。
『この少女とそれを取り巻く人物は、この世界を魔力を再び満たすための鍵になる』
レイナさんの姿を目にした途端、そんな声が聞こえたのだ。
神のお告げを受けたのはこれが三度目だった。
しかしその声がなくとも、レイナさんが普通ではないことははっきりとわかった。
彼女の容姿は僕が幼い頃から両親に聞かされてきた、とある人物と瓜二つだったからだ。
それはかつての大戦でたった一人で聖騎士団を壊滅させた人物、アシュテリアの『神託の騎士』の序列第四位、『閃光の巫女』だ。
光のようにまばゆい金髪と、白い肌に閃くような金の瞳。
そして美しく整った顔立ち。
話に聞く『閃光の巫女』の特徴そのままだった。
一体この少女と『閃光の巫女』に、どのような関係があるのだろうか?
疑問は尽きなかったが下手なことを聞くわけにはいかなかった。
僕にはまずやらねばならない使命があるのだ。
怪しまれるような行動をとるわけにいかない。
僕は当たり障りのない会話をしつつ、次の村に向かった。
「毎日毎日『神々よ、我らの祈りをお聞き届けください』なんて言ってるよ」
コンラート村で出会った少女、ユーリさんの言葉を聞いて腸が煮えくり返る気持ちだった。
この国の人間は六神教の教義を忘れ去ったあげく、神への祈りそのものさえも馬鹿にするのか。
この少女には罰を与えなければならない。
しかしそれには障害があった。
ユーリさんはレイナさんとかなり仲が良さそうだった。
神のお告げによると、レイナさんを取り巻く人物はこの地に魔力を取り戻すのに必要な存在なのだ。
『取り巻く人物』がどの程度の範囲を示すのかはわからないが、ユーリさんはその範囲に入りそうだった。
殺すわけにはいかない。
だから僕はユーリさんをアナトリオスで洗脳し、完全に手中に収めることにしたのだ。
ドラッケンフィールについた僕はまず、お母さんに言われていた通り神殿のマリアンヌさんに連絡を取ることにした。
マリアンヌさんも聖騎士団の生き残りである。
ドラッケンフィールにおけるこの計画は彼女主導で行われることになっていた。
僕はアナトリオスの効力を確かめるのに、まずユーリさんを使おうと思った。
そしてあわよくばレイナさんも巻き込むことができればと思ったけれど、それは上手くいかなかった。
僕はユーリさんを連れて神殿に向かい、マリアンヌさんと接触した。
そこでアシュテリアの神殿の現状を初めて目の当たりにし、吐き気を催すほどの苛立ちを覚えた。
マリアンヌさんも不愉快そうに祈りに参加していた。
よくも彼女はこんなところに十年も潜伏していたものだ。
しかしそれも愛国心と信仰心故だ。
なんとしてもこの計画は成功させなければならない。
僕は改めて決心した。
計画は順調に進んだ。
早い段階で神殿の上層部を掌握できたし、そこから次々と洗脳された信者を増やすことに成功した。
そして日に日に洗脳が深まり神々への信仰心を深めていくユーリさんを見て、内心ほくそ笑んでいた。
彼女を通してレイナさんについての情報を聞き出すこともできた。
それによるとやはりレイナさんは特殊な人物であった。
レイナさんには警戒しなければならない。
僕はユーリさんには近づきすぎたことを後悔し始めていた。
そしてその嫌な予感は的中することになる。
やはりユーリさんに誘われた旅行は断っておくべきだっただろうか……。
「ねぇ、ウェインくん。アレクシアたちに旅行に誘われたんだけど、一緒に行かない?」
その提案を受けて僕は悩んだ。
ユーリさんから目を離すのは不安だった。
しかもレイナさんと一緒だ。
それをきっかけに事件が明るみに出るかもしれない。
結局僕はついていくことにした。
その後僕が断っていたらユーリさんはドラッケンフィールに残るつもりだったことを聞き、激しく後悔するのだが……。
そういうことは最初に言って欲しかった。
そして案の定この旅行で、僕は尻尾を捕まれてしまった。
他でもない、レイナさんの手によって。
なんとか旅行中はバレることなく過ごすことができたが、ドラッケンフィールに戻ってからの僕は気が気ではなかった。
神殿にはとっくに捜査の手が入っていたし、事件の発覚が早かったウォーレンハイトではすでに仲間たちが逮捕されたことが伝わっていた。
その点僕のお母さんが直接ドラッケンフィールに出向いて調合を行わなかったのは、やはり得策だった。
そのお陰でドラッケンフィールでは捜査が難航していたのだ。
その間に僕はドラッケンフィールを脱出する手段を考えていた。
そこで思いついたのが、魔法学校の授業が終わって帰省する馬車に紛れて街を脱出するという方法だ。
残る問題はその時期まで潜伏する場所と馬車の用意だった。
これらの問題を解決したのもまた、アナトリオスであった。
僕の手元にはユーリさんを再び洗脳するのに使ったアナトリオスが僅かに残っていたため、それを使って予め魔法学校の御者を洗脳しておき、帰りの馬車を用意させた。
そして適当に見掛けた一般人を洗脳し、潜伏場所を提供させた。
この時ばかりはかなり緊張した。
しかし他にとれる手段はなかった。
しばらくして解放されたとはいえ神殿に潜んでいたマリアンヌさんとその仲間たちは監視を受けていたし、僕しか行動できる者はいなかったのだ。
それでも僕はやり遂げた。
計画は上手く行き、僕達はなんとかドラッケンフィールを脱出することができた。
聖騎士団に所属していた者たちは魔術こそ使えないが特殊な訓練を受けてきた者たちであったし、こういった状況下で行動をとることには慣れている。
そして僕達はアイルバーグ村を離れていた両親と合流し、今回の計画の失敗について話した。
色々迂闊な行動をしてしまったことを咎められるかと思ったが、両親の怒りは主にアナトリオスの輸送役に向いていたため、そこまで怒られることはなかった。
なので僕は自分の希望を述べてみた。
一度レイナさんとユーリさんと話してみたい、と。
僕達はあくまで友好的な態度をとっていたつもりだったのに、ライゼンフォート家の護衛はそうでなかった。
ただレイナさんたちと話をしたいだけだと再三伝えても、彼らはそれを信じず、最終的には僕らに襲いかかってきたのだ。
ライゼンフォート家の護衛は優れた魔術師だけあって苦戦することになったが、こちらもかつて聖騎士団に所属していた騎士たちだ。
二人の仲間を失ったものの、その護衛たちを仕留めることができた。
そして僕は馬車に乗っているであろうレイナさんとユーリさんに、降りてくるように呼び掛ける。
二人とは特に意味のある話をしたかったわけではない。
ただ真実を伝えた時の二人の反応を知りたかっただけだ。
怒りのこもった目で僕を睨み付けるレイナさんの姿が印象的だった。
そんな彼女もまた美しかった。
もしかしたら彼女こそが、神の遣いなのかもしれない。
しかしこの僕のわがままが原因で、ライゼンフォート家の護衛に僕達の正体に繋がる手がかりを与えてしまうことになった。
でもどうせそれもすぐに明らかになることだろう。
アシュテリアに潜伏する聖騎士団の生き残りの計画は、まだ始まったばかりだ。
ゆくゆくは大々的に僕達の存在を世間に知らしめ、アシュテリアと直接ぶつかり合う日も来るだろう。
その時まではしばし牙を研ぐ期間だ。
いずれこの腐った国の民に目にものを見せてやるまで、僕達は戦い続けなければならない。
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