第四十八話 失意の帰還
「これから……、どうするんですか?」
ウェインくんたちによる襲撃の後、残された私たちは途方に暮れていた。
彼らは私たちに手を出すつもりはないと言っていたけれど、それをそのまま信じるわけにはいかない。
それにそれぞれの村で私たちの護衛につくはずだった二人が死んでしまった今、このまま家に帰るのは得策でない気がする。
しかしここで引き返すというのも……。
幸い御者さんも馬も無事であったから、馬車を動かすことはできる。
私たちはどうするべきなのだろう?
「そうですね……」
ケイシーさんも悩んでいるようだ。
眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
しばらくして、
「とりあえずコンラート村に向かいましょう。ドラッケンフィールよりはそちらの方が近いですしね。そこで旦那様やヴィルヘルム先生に連絡を取り、返事を待ちましょう」
そう結論を出した。
当然断る理由もなく、私たちはそれに従うことにした。
カーターさんとフリードさんの遺体はケイシーさんが魔術で綺麗にし、一緒に馬車に乗せた。
コンラート村についたら丁寧に埋葬してあげるつもりだ。
襲撃者たちの遺体についてはそのまま放置することにした。
さすがにそこまで面倒を見る気はない。
彼らはカーターさんとフリードさんを殺したのだ。
許すことなどできなかった。
特にカーターさんにはずっとお世話になっていた。
診療所に足を運んだとき、カーターさんは私を励ましてくれた。
あの言葉で私はどれだけ救われたことか。
でもそんなカーターさんを目の前でみすみす死なせてしまった。
もう二度と人が死ぬところなんて見たくないと思ったのに、そうならないように強くなりたいと思ったのに、それは叶わなかった。
そもそもヴィルヘルム先生の提案通り、ドラッケンフィールに留まっておけばこんなことにはならなかったのに……。
悔やんでも悔やみきれなかった。
そんな後悔を抱えたまま、私たちはコンラート村へとたどり着いた。
ケイシーさんがオーウェンさんやヴィルヘルム先生に連絡を取った結果、ライゼンフォート家から再び追加の護衛を派遣することを提案された。
しかし私はそれを拒んだ。
半ば自暴自棄になっていたのかもしれない。
カーターさんとフリードさんが死んだのは私のせいだ。
もうこれ以上他人を巻き込みたくなかった。
ケイシーさんはかなり心配そうにしていたが、最終的には渋々それを認めてくれた。
そしてケイシーさんはドラッケンフィールには帰らずコンラート村に留まり、ユーリの護衛をすることにしたようだ。
私はユーリとケイシーさんに別れを告げ、御者さんと二人でヘイグ村へと向かった。
この時の私は失意のどん底にいた。
もし途中でまた襲われたらどうしよう、という思考が何度も頭を掠めたものの、お母さんのお守りもあるしなんとかなるか、と無理矢理自分を安心させていた。
結局二度目の襲撃はなく、私はヘイグ村にたどり着いた。
私は重たい足を引きずるように、ゆっくり家へと歩を進めた。
そんな私をすれ違う村人たちが気遣わしげに見つめてきたけれど、ろくに返事もできなかった。
それでもなんとか家に到着した私は、扉をそっと押し開ける。
家の中ではいつも通り、お母さんが椅子に腰かけて本を読んでいた。
「おかえり、レイナ」
私の帰宅に気づき、お母さんがにっこりと微笑む。
その姿を見た私は、堪えきれずに泣き出してしまった。
「レイナ、どうしたの?」
そんな私の様子を見て、お母さんが慌てた表情で駆け寄ってきた。
私は泣きじゃくりながら今年一年の間に起きた出来事を話した。
アシュテリア中で洗脳事件が起き、ユーリがそれに巻き込まれたこと。
ユーリがアナトリオスを飲むことになったのは、私に対する嫉妬が原因であること。
事件の解決に私も協力したけれど、記憶を取り戻したことで辛い思いをした人もたくさんいたこと。
そして私が家に帰りたいとわがままを言ったせいで、カーターさんたちが死んでしまったこと。
特に後半のことについて言葉にするのも辛かった。
感情のままに吐き出したせいで支離滅裂になっていたかもしれない。
それでもお母さんは途中で口を挟んだりせず、最後まで聞いてくれた。
「そう、今年も大変だったのね……」
全てを聞き終えたあと、お母さんは一度目を閉じてそううなずいた。
「でもね……」
お母さんは静かに目を開けると、まだ目に涙を湛えている私と視線を合わせ、さらに私の頭にぽんと手を置いた。
そして私を諭すように口を開く。
「レイナが無事に帰ってきてくれた。私はそれで十分よ。だからそんなに自分を責めないで」
そう言ってお母さんは私の頭を撫でる。
でもその言葉を素直に受け取ることは出来ない。
目の前でカーターさんを失ったことは、私にとって衝撃が強すぎた。
カーターさんたちが死んだ責任は私にある。
私が無事だったからと言って、それを忘れることなんてできるはずがない。
自分を責めずにはいられなかった。
「でも、私はたくさんの人を不幸にしちゃった。私がドラッケンフィールに残っていればカーターさんたちは死なずにすんだし、私が事件に関わっていなければ、一度忘れた記憶を思い出して辛い思いをする人もいなかった。それにユーリだって、私がいなければ劣等感なんて抱く必要はなかったし、それを忘れようとしてアナトリオスを飲むこともなかった。私は……、そんなつもりなかったのに、どうしてこんなこと……!」
一度は止まりかけていた涙が再び溢れだしてきた。
胸が苦しくて仕方がなかった。
私の取った行動は、何もかも裏目に出てしまった。
全部私のせいだ……。
「私なんて、いなければ良かったんだ……。こんなに他人を不幸にするくらいなら、最初から……」
「レイナ!」
尚も自分を責めようとする私の言葉を、お母さんが強い口調で遮った。
予想外に大きなその声に、私は思わずびくっと体を震わせる。
恐る恐るお母さんの顔を見つめると、何か力強い意思の宿った視線で見つめ返された。
お母さんの金色の瞳に、私の顔が映っている。
とても辛く、哀しみに暮れた表情だ。
「そんなことはもう二度と言わないと約束して。去年私が言ったことを覚えてる? 『あなたと二人で暮らしていられれば、私は幸せ』だって。私から幸せを奪わないで」
お母さんの口調は、どこか懇願するかのような必死さを感じた。
そうだ、お母さんは私にとって唯一の家族であるけれど、お母さんにとってもまた、私が唯一の家族なのだ。
もし私がいなくなれば、お母さんはこの世界でたった一人になってしまう。
お母さんをそんな目に遭わせたくはなかった。
だけど……。
「あなたの気持ちも、私には良くわかるわ」
「え?」
再びうつむきそうになった私にお母さんがかけた言葉は、思いもよらぬものだった。
お母さんに私の気持ちがわかる?
一体どうして?
私の疑問に答えるかのように、お母さんはゆっくりと話し出した。
その表情は、何か遠い過去を思い出しながら話しているかのようだった。
「私もね、自分の取った行動のせいで、何人もの人に辛い思いをさせたことがあるわ。私とずっと比較されていたせいで劣等感を抱き、それが原因で決別することになってしまった人もいる。それに私はね、大切な人の命を、《この手で奪ってしまった》こともあるのよ」
お母さんの話は衝撃的だった。
それでも前半部分については、まだ理解することができた。
自分の行動によって他人に辛い思いをさせる。
これは今年私が経験した出来事そのままと言っていい。
自分と比較されたことで劣等感を抱き、決別することになった人がいる。
これもわかる。
お母さんだって特別な人なのだ。
お母さんに対して劣等感を抱く人がいてもおかしくない。
ただ、最後の部分はどうだろうか。
お母さんは人を殺したことがある?
それも大切な人を?
一体どういった状況でそうなったのか、相手は一体誰なのか。
全く見当がつかなかった。
お母さんの歩んできた人生は、私が想像していたものより遥かに辛く、苦しいものなのかもしれない。
「そういうとき、私も自分を責めたわ。それはもう死にたいと思うくらいにね」
そう言葉を続けるお母さんに、私はひとつの疑問をぶつけた。
「そのとき、お母さんはどうやって立ち直ったの……?」
私は何でもいいからきっかけが欲しかった。
このどん底から浮上するためのきっかけが。
それを受けてお母さんは、少し悩んだ末に答えた。
「私には、やらなければいけないことがあったの。だからいつまでもその後悔を引きずっているわけにはいかなかった。私がそんな状態だと、いつまでたっても前に進むことができないから」
「お母さんがやらないといけなかったことって何?」
それを聞いて新たに浮かんだ疑問を、私は即座にお母さんに投げかけた。
するとお母さんは、これまでとは打って変わって笑顔を浮かべた。
そしてそのまま両手で私の頬に触れる。
「それはね、レイナ。あなたと一緒に暮らすこと」
その言葉を聞いて、私の胸が熱くなった。
お母さんは私のことを本当に大切にしてくれているんだ。
それはとても嬉しかった。
でも私には、お母さんと違ってやらなければいけないことなんて無い。
私は何を目標にしたらいいんだろう?
その気持ちを正直に告げると、
「だったら私と約束して。絶対に幸せになるって。私は今まで辛い人生を歩んできたけど、そのぶんあなたには幸せに生きてほしいの。だからそれが、あなたがやらなければいけないこと」
そう言ってまたお母さんは私の頭を撫でた。
かなり甘やかされている気がする。
「そんなことでいいの?」
思わずそう尋ねてしまったけれど、
「そんなことって言うけれど、かなり難しいことだと思うわよ? 今のあなたは幸せ?」
と問い返されてしまった。
「ううーん、あんまり幸せじゃないかも……」
そう答えはしたものの、私の境遇は私が不幸にしてしまった人に比べれば、遥かにましであるはずだ。
でも私は自分が幸せだとは言えなかった。
自業自得で苦しんでいるだけの自分を、不幸だと思ってしまった。
私は弱い人間だ。
けれどそんな私の答えに、お母さんは満足げな笑顔を見せた。
「だったらこれからちゃんと幸せになること。この約束を破ったら許さないわよ」
「……はい」
少し腑に落ちない気もしたけれど、私はうなずいた。
そんな私の気持ちに気づいたのか、お母さんは少し笑顔を崩し、私の頬をつねった。
「いふぁい、いふぁい! はなひへ~!」
私は涙目になりながらお母さんの手を振りほどいた。
そして抗議の意を込めてお母さんに視線を送る。
しかしお母さんの顔は少し怒っているように見えた。
「早速約束破ってるでしょう。その罰よ。いつまでも自分のことを責めていたら、幸せになんてなれないわよ」
「だって……」
そうは言われても、すぐに気持ちを切り替えることなんて出来ない。
いつまでもうじうじと悩む私を見て、お母さんはため息をついた。
「仕方ないわね、今日のところは許してあげるわ。それよりお腹すいたでしょう? ご飯にするからあなたも手伝って」
お母さんは諦めたかのようにそう言い、私も素直にそれにしたがった。
献立はシチューだった。
私の好物だ。
久しぶりにお母さんと一緒に料理をつくって食べるうちに、少しだけ気が紛れてきた。
「長旅で疲れてるだろうし、今日は早く寝なさい」
夕食を終えてすぐに、お母さんにそう促された。
確かに私は疲れていた。
肉体的にも精神的にもだ。
「はーい、おやすみなさい」
「おやすみなさい、レイナ」
お母さんにお休みの挨拶をし、私はベッドに潜り込んだ。
暖かい布団にくるまると、疲れもあってすぐにうとうととしてきた。
しかしいざ眠りに落ちようかというときに、とある事実に思い至って、いきなり目が冴えてしまった。
その事実とは、お母さんが命を奪うことになったという人物の正体だ。
その人物はお母さんにとって大切な存在であり、お母さんの言い方的に私の生まれる前、それも直前に死んだ人物だ。
そんな条件に当てはまる人物を、私はただ一人だけ知っている。
それは、私のお父さんだ。
第二章―ユーリと六神教― 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます