第二十九話 押し付けられた無理難題

 翌朝私は全快していた。

 昨日の体調の悪さが嘘のように元気だ。

 フランセスさんの看病のおかげだろう。

 きちんとお礼を言わなくては。

 一方のユーリの顔色はいまいち優れなかった。

 昨日は眠れなかったのだろうか。

 眠そうに目を擦っている。

 ユーリは本当にどうしたんだろう?

 少し心配に思いながらも、私たちは朝食をとりに向かう。

 途中広間を通ったときにアレクシアと合流した。

 ユーリの顔を見たアレクシアが眉間にしわを寄せる。

 けれどとくに声をかけるようなことはしなかった。


「あらレイナ、今日は調子良さそうね」


 そう私に声をかけてきたのはフランセスさんだ。


「はい、おかげさまでかなりよくなりました。ありがとうございました」


 私はペコリと頭を下げる。


「今日は普通に授業を受けられそうね」


 そう言ってフランセスさんはにっこり微笑む。

 ところがユーリに視線を向けたところでその表情が変わった。


「逆にユーリの方が調子が悪そうね。何か悩み事?」


 あぁ、フランセスさん!

 私たちが聞こうとして聞けなかったことを!


「いぇ、何でもないんです。ちょっと寝不足なだけで……。気にしないでください」


 ユーリが首を振る。


「そう? それならいいのだけれど……」


 ユーリのことを心配そうに見つめていたフランセスさんだったけれど、ユーリが何でもないと言い張るのでそのまま立ち去っていった。

 でもやっぱりユーリの状況は誰が見てもおかしいのだ。

 しかし彼女は体調が悪いわけではないと言うし、実際そういう風にも見えない。

 その後私たちは朝食をとり、授業を受けるために校舎へと向かったが、終始ユーリの顔色が良くなることはなかった。


 今日の講義は魔力の扱い方についてだ。

 といっても実際に魔術を発動させるわけではない。

 魔導具を使って魔力を操る感覚をその身に染み込ませるのだ。


「前に魔導具を用意したから全員取りにおいで」


 そう言って私たちを前に集めるのはコックス先生だ。

 私とユーリは魔法学校まで乗ってきた馬車が一緒だったから初対面ではないけれど、初めて見た女子生徒からはやっぱり、「先生けっこう格好良くない?」という声が上がっていた。

 心なしかアレクシアもコックス先生をうっとり見つめているような気がする。

 コックス先生はそこそこの年なのに、若い女性からも人気のあるルックスのようだ。

 おじさんになってもカッコいい男性って良いよね!

 私たちに配られたのは板状の魔導具で、表面には木の根っこのような溝が複雑に彫られていた。


「この魔導具に魔力が流れると、彫られている模様が光るんだ。一度に魔力を流すだけだと全部の模様が光ってしまうけれど、うまく調節して自分の思ったところだけ光るように練習するんだよ」


 そう言ってコックス先生が魔導具を掲げる。

 どうやら私は上下逆さに見ていたようだ。

 私は魔導具をひっくり返す。

 手前側には魔石がついており、そこから模様が枝分かれするように上に延びていく。


「入学式の時の魔力測定に使った魔導具を覚えているかい? あのとき魔導具を触ったら、何かが自分から吸い出されていくような感覚があっただろう? それが魔力だよ」


 あぁそういえば、とコックス先生の説明にうなずく生徒が見られた。

 けれど私にはもっと最近、魔力が流れ出るのを感じた経験がある。

 去年アレクシアの誘拐事件に巻き込まれたとき、連絡用の魔導具をゼノヴィアさんに向けて飛ばしたときのことだ。

 あのときも私から魔力が流れ出るのを感じた。

 あの感じでやればいいんだな。


「じゃあまずは魔導具の魔石に触れ、魔力を流し込んですべての模様を光らせるところからやってみようか」


 そう言うとコックス先生は、自分の魔導具でお手本を見せてくれる。

 コックス先生が魔石に触れたとたん、模様がまばゆいばかりの光を放った。

 色とりどりにきらきら光り、とてもきれいだ。


「じゃあ君たちもやってごらん」


 コックス先生が爽やかな笑顔で生徒を見回す。

 このスマイルで何人ものおばさま方を虜にして来たのだろう。

 事実ヘイグ村のおばさま方はほとんどやられてしまった。

 アイルバーグ村とコンラート村もピンチかもしれない。

 そんなことを考えながら私も自分の魔導具に魔力を流し込んだ。

 すると今回も苦労せず、魔導具を光らせることができた。

 コックス先生と同じようにまばゆい光だ。

 隣でも強い光が上がったので見てみると、アレクシアも魔導具を光らせるのに成功していた。

 けれど生徒の半分くらいはうまく光らせることができなかったようだ。

 ユーリもその中に含まれていた。

 魔石に手を当て難しい顔をしているけれど、魔石の近くがほんのり光るだけで全体を光らせることができていない。

 その様子を見たコックス先生がうなずきながら、失敗した生徒たちに新たな魔導具を配り始めた。

 どこかで見覚えのある、水晶のような魔導具だ。


「これは古くなって使えなくなった魔力測定の魔導具だよ。魔力を計れないだけで魔力自体は吸い出してしまう、一見無価値なものだけど、魔力を流す感覚をつかめるんだ。うまくいかなかった子達はこれに触って、魔力が流れ出る感覚を思い出してごらん」


 コックス先生に言われた通り、うまく光らせることができなかった生徒が古い魔力測定の魔導具に触る。

 そしてまた模様を光らせる練習をする。

 それでも失敗したらまた魔力測定の魔導具に触る、というように交互に繰り返しながら魔力を流す練習をしていった。

 そのうちにだんだんと模様全部を光らせられる生徒が増えていった。

 ユーリも早い段階で成功していたので私はほっとひと安心した。

 最後の最後まで苦戦していたのはカイルであったが、これは今さら言うまでもないか。


「ではここからが本番だ。僕が光らせる部分を指定するから、その通りに模様を光らせるんだよ。まずは右半分だ」


 そう言ってコックス先生が魔導具を光らせる。

 コックス先生の言った通り模様の右半分だけに光が満ち、左側は全く光っていない。

 すごいな、私にもうまくできるかな?

 少し心配になりながらも私は自分の魔導具に触れる。

 右半分だけ右半分だけ。

 そう念じながら魔力を流していく。

 するとうまい具合に模様の右半分だけを光らせることができた。

 先生と同じように左側には光は漏れていない。

 完璧だ。

 思わず私の口許が緩んだ。


「レイナ、上手いじゃない。私はそこまできれいにできないわ」


 私の魔導具を見たアレクシアがため息をつきながらそう言う。

 見るとアレクシアの魔導具は確かに右半分が強く光っているが、左側もそこそこ光ってしまっている。

 同じような生徒は他にもたくさんいた。

 けれどそんなアレクシアたちもうまくいっている方で、中には今までと同じように模様全部が光ってしまっている生徒や、逆に全く光っていない生徒もいた。

 ユーリもやはり苦戦しているようで、右側が光ったり消えたりを繰り返している。

 リックやシンディもあまりうまくいっていないようだ。

 カイルは……、言うまでもあるまい。


「おぉ、レイナ上手いじゃないか。と、そういえば君は魔導具を発動させた経験があったんだね」


 私がうまく右半分だけを光らせるのに成功していることに気づいたコックス先生が近づいてきた。


「連絡用の魔導具の発動に比べれば、こんなのは朝飯前だったかな?」


 コックス先生が私に微笑みかける。

 その太陽のように明るい笑顔に私まで少しドキッとしてしまう。


「コックス先生もあの事件のこと知ってるんですね」


 照れ隠しに私は先生にそう尋ねた。


「もちろんだよ。君は魔法学校の、いやドラッケンフィールの有名人だからね」


 コックス先生の笑みが深まり、白い歯がのぞく。


「天才美少女……」


 ユーリがそう呟くのが聞こえた。

 こんなときばっかり反応しなくてもいいのに……。


「せっかくだからもう少し難しいのに挑戦してみようか」


 コックス先生は私にそう言い、他の生徒には右半分と左半分を交互に光らせる練習をするよう指示を出す。


「じゃあまず真ん中の部分は光らせずに両端を光らせてごらん」


 私は言われた通りに魔力を流し込む。

 そうすると今回もきれいに光っている部分と光っていない部分に分けることができた。


「いいね。次は模様を一本ずつ光らせる、光らせない、と交互にいってみよう」

「そんなこともできるんですか?」


 アレクシアが隣で目を丸くする。

 私にもかなり難しく思える。


「大丈夫、レイナならできるさ」


 しかしコックス先生にそうおだてられ、私はやる気を出した。

 模様一本一本に丁寧に魔力を流していく。

 流す、というより細い管に糸を通していく感覚だ


「すごいな、完璧だ」


 出来上がった模様を見てコックス先生がそう呟く。

 やった私にとっても満足のいく出来だ。

 光らせてはいけない部分を光らせることなく、きっちり交互に模様を光らせることができた。


「じゃあ次は僕が書いた模様通りに……」


 そう言ってコックス先生は紙に何やら模様を描き出した。

 細かく枝分かれした部分まできっちり光らせる、光らせないが指定され、とても複雑な模様になっている。

 このときには他の生徒が練習をそっちのけにして私たちの周りに集まっていた。

 こんなんで授業は大丈夫なのかな?

 けれどそんな私の心配をよそに、コックス先生が描いた模様を私の方に突き出す。


「さぁ、やってごらん」


 そんな爽やかな笑顔で言われても、さすがにこれは難しいと思うのだが……。


「さぁ、レイナ。さぁ!」


 それでもコックス先生は先生はしきりに催促してくる。

 仕方なく私は魔導具に手を触れ、魔力を流し始めた。

 模様をよく見ながら慎重に魔力を操る。

 そこは光らせて、ここは光らせずに……。

 あぁ、そっちじゃない!

 そうそう、こっちへ……。

 今までとは段違いに難しかったが私はやり遂げた。

 コックス先生の描いた模様とすんぶん違わず魔導具を光らせることができたのだ。

 コックス先生を含む周囲の生徒の、感嘆のため息が聞こえた。


「じゃあ次は……」

「えぇ、まだあるんですか!?」


 これで終わりだと思ったらまだ続きがあるようだ。

 今のでけっこう神経を使ったのでくたびれてしまっているのだけれど……。


「次が最後だよ。今度は光に強弱をつけてもらおうかな」

「強弱、ですか?」


 いまいちぴんと来なかった私は思わず聞き返す。


「そうだよ。今までは光らせる、光らせないの二択だったけれど、今度は弱く光らせたり今まで以上に強く光らせたりして模様を描くんだ。光らせるつもりがなくても魔力が漏れて模様が光ってしまっている子がいただろう? あれを意図的にやる感じさ」


 そう語るコックス先生はなんだか少し興奮しているようだ。

 そこまで期待されても困るなぁ……。

 けれど断るわけにもいかないので私は挑戦してみることにした。


「どんな模様でやったらいいですか?」

「じゃあ、この部分は強めでこの部分は弱めにして……」


 そう言いながらコックス先生はさっき紙に描いた模様に印をつけていく。

 ということは……。


「もしかしてその模様でやるんですか!?」


 私は驚きのあまり目を見開く。

 さっきの時点でかなりの難題だったのに、さらに難易度をあげるというのか。

 無茶ぶりにもほどがある!

 しかしコックス先生は当然だろう? といった表情でこちらを見る。


「一魔術師として興味が湧いてしまってね。君がどれだけか確認したいんだよ」

「うぅ、わかりました。やってみますよぅ」


 大勢に見られて緊張するが、やってみるより他ない。

 私は一度目を閉じ魔導具に触れる。

 これまでの課題をクリアしてきたことで、魔力の扱いにも慣れてきた。

 魔力で模様を光らせるのはもう朝飯前だ。

 後は強弱であるけれど、これがなかなか難しい。

 一ヶ所を強く光らせようとするとその近くにも魔力がたくさん流れてしまう。

 コックス先生も意地悪なことに、強く光らせる場所と弱く光らせる場所を近くに配置してあるせいで、余計に調節が難しいのだ。

 額に汗が流れるのがわかった。

 それでもあと少しだ。

 あと少しで模様が完成する。

 最後に少し魔力を調整して……。


「……できました」


 私はそう宣言した。


「驚いた、まさかこれほどとは……」


 完成した模様を見てコックス先生があんぐりと口を開けている。

 自分で出した課題なのに、何をそんなに驚いているのだろう?

 なんだかだらしない表情だ。


「そんなに驚くことなんですか?」


 私はそうコックス先生に問う。


「あぁ、すごいよ。僕にもここまでできない」


 そう言ってコックス先生はにんまりといたずらっぽい笑みを浮かべた。


「えぇ、先生にもできないんですか!? なんでそんなことを私に!?」


 先生の言葉に今度は私が驚愕することになった。

 まさかそんな無理難題を出されていたとは。


「もっと言うなら模様を描くところからできない。僕にできるならわざわざ紙になんか描かずに手本を見せるよ」


 コックス先生は悪びれずにそんなことを言い出した。

 確かに言っていることはわかるがそれにしたって、ねぇ?


「やっぱり君はなんというか少し、いやかなり抜きん出たものがあるな。今年も期待しているよ。優秀な生徒が出ればこの学校の待遇も良くなるからね」


 最後にそう告げ、コックス先生は他の生徒に席に戻るよう促した。

 しばらく中断していたが授業の再開だ。


「薄々感じてはいたけれど、あなたってすごいのね。驚いたわ」


 アレクシアもびっくり仰天といった顔でこちらを見ていた。


「ううん、私にはよくわからないや。でもいい成績とれるのは嬉しいな。みんなの役に立ちたいから」


 私は笑顔でうなずく。


「天才美少女……」


 再びユーリが呟くのが聞こえた。

 天才かぁ。

 もしかしてお母さんもこんな感じの学校生活だったのかな?

 それで慢心して勉強しなくなって成績を落としてヘイグ村なんて田舎に住むことに……。

 そんなことを考えた私はあわてて首を振る。

 お母さんがヘイグ村に来ることになったのには深い理由があるのだ。

 それもとても辛くて悲しい理由だ。

 第一ヘイグ村は田舎なんかじゃない……、とは言えないな。

 とほほ。

 とにかくこれで慢心することのないようにしないと。

 今年も頑張って一番をとるぞ!

 私はそう決意した。




 そんな感じで今年の学校生活は実に順調だと言えた。

 座学は相変わらず覚えるのが楽しくて勉強するのに苦はなかったし、実技も毎回のように先生に褒められた。

 そんな私に勉強を教えて欲しいと頼む生徒が増え、休日は勉強会をすることが多くなった。

 今まで交流のなかった生徒とも話すようになったし、人数が多いときはアレクシアも教える側に回ってくれたので、みんなアレクシアとも仲良くするようになっていった。

 去年の今頃は、とても想像できなかった状況だ。

 私は非常に満足だった。

 そんなある日の休日、ウェインくんが二年生寮を訪ねてきた。

 なんでも用があるそうだ。

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