第三十話 立ちふさがる男
ウェインくんがユーリだけに用がある。
そう聞いてユーリはそそくさと出かけていった。
また街にでも行くのだろうか。
私とアレクシアは少し不思議に思いながらも見送る。
「ユーリったらずいぶんあの子に懐かれたみたいね?」
そういうアレクシアの語尾は少し疑問系だった。
そう感じるのも当然だ。
いくらウェインくんがユーリに懐いたといったって、わざわざユーリだけを連れて遊びにいくなんて、何か理由があるのだろうか。
思えば以前、ユーリとウェインくんが二人で出かけてからユーリの様子がおかしくなったのだ。
あれからもユーリは時々ぼーっとして人の話を聞いていなかったり、何をするにも身が入っていないように感じる。
気にはなるけれどあまり深入りするのもためらわれる。
一体どうしたものか。
「ついていってみる?」
私はアレクシアに問う。
「うーん……」
アレクシアはうなり声をあげながら難しい顔で考え込む。
「このまま放っておくのもよくなさそうだものね。急ぎましょう」
私とアレクシアは一度うなずき合い、急いで寮を出た。
ユーリに追い付かなくては。
「どっちに行ったのかしら?」
学校を出てすぐのところで私たちはユーリとウェインくんを探す。
まだ遠くには行っていないはずだ。
「あ、あれそうじゃない?」
私は黒髪の女の子と蜂蜜色の髪の男の子が手を繋いで歩いているのを見つけた。
「きっとそうね、行きましょう!」
私たちは早足でそちらに向かう。
呼び止めようにも声が届きそうにない距離だ。
「あれレイナちゃん、お出かけ?」
そんなとき、ふと私に声をかける人物がいた。
それどころではないのに! と思いながらも声のした方を振り向く。
そこにいたのはハインスだった。
よく見るとリディアさんが一緒だ。
「うん、ちょっとね!」
そう告げて私はその場を去ろうとする。
しかし、
「そうなの? 俺たちもこれから街に遊びにいくんだ。良かったら一緒にどう?」
ハインスは笑顔で私たちを誘う。
悪いけど今はそんな時間はない。
「ちょっと、ハインス。レイナちゃんたち急いでるみたいだよ? 今はやめといた方がいいんじゃない?」
リディアさんがハインスをたしなめる。
ナイスアシスト、リディアさん!
「えぇー、でも人数多い方が楽しいだろ? リディアだってレイナちゃんたちと仲良いんだしさ」
そう言ってハインスは私の前に立ちふさがっている。
あぁ、もう!
ハインスは本当に空気が読めない!
私はハインスを無視することに決めた。
「アレクシア、ユーリは!?」
「あそこの曲がり角で人に紛れて見えなくなっちゃったわ!」
私の問いにアレクシアが答える。
私たちはダッシュで曲がり角まで向かう。
曲がり角の先は別れ道になっていた。
「アレクシア、そっちは?」
「それらしき人はいないわ。そっちも?」
「うん、こっちもダメ。見失っちゃったみたい……」
別れ道はどちらも人通りが多く、ユーリたちを発見することができなかった。
手分けして探してみたけれど、もう近くにはいないようだ。
私たちはすごすごと学校の前に戻る。
するとそこには、ばつの悪そうな表情のハインスが待っていた。
「もしかして俺、何かやっちゃいましたか?」
あぁ、やっちゃいましたよ!
それはもう盛大にね!
リディアさんも申し訳なさそうにこちらを見ている。
私とアレクシアは顔を見合わせてため息をつく。
ハインスに悪気があった訳ではないことはわかっている。
純粋に私たちを遊びに誘ってくれただけなのだろう。
普段なら喜んで……、いやハインスと一緒だとそこまで嬉しくはないけれどついていくところだ。
でも今はダメだった。
ユーリたちが向かう先に、最近の彼女の様子がおかしくなった理由があるかも知れなかったのに……。
仕方がないので私はハインスに八つ当たりすることにした。
「ハインス!」
「はいっ!」
ハインスが直立不動で返事をする。
その態度は非常に素直でよろしい。
「ケーキおごって!」
「えぇ!? 二人って付き合ってるんですか!?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
ケーキ屋さんに着いた私たちは、リディアさんからまさかのカミングアウトを受けた。
ハインスに彼女がいるとは聞いていたけれど、その相手がリディアさんだったとは……。
そういえばいつだったかベルーナが、ハインスの彼女とは仲が良いと言っていた。
確かにリディアさんはベルーナと仲が良い。
そう考えると辻褄が合う気もする。
それでも今までハインスとリディアさんが一緒にいるところは見かけなかったし、二人が付き合っていると思わせるような話も聞かなかった。
それに何より、背が高くてかっこいい感じのリディアさんと、お調子者のハインスとではいささか釣り合いがとれていないように感じる。
ハインスには悪いが、ドラッケンフィール出身のリディアさんとヘイグ村出身のハインスだと、どうしてもハインスが格下に見えてしまう。
そんな私の失礼な考えを察したのか、リディアさんが口を開く。
「まぁ私たちじゃお似合いのカップルには見えないだろうから、今まであんまり人には言ってなかったし、一緒に出かけることも少なかったんだけどさ。私たちが一緒にいられるのも今年で最後だから……」
そう言ってリディアさんは少し目を伏せた。
このときばかりはハインスも悲しそうな顔をする。
言われてみればそうなのかもしれない。
ハインスは成績がそんなに良くないからヘイグ村に帰ることになるだろうし、ドラッケンフィール出身のリディアさんは当然ここに残るだろう。
わざわざリディアさんが田舎までやって来るとは思えない。
二人の気持ちを察して、私のケーキを食べる手が止まる。
楽しみにしていたチョコレートケーキなのに……。
二人は心から好き合っているのに、離れないといけないんだ。
アレクシアも隣で神妙な顔をしている。
「ごめんな、俺がドラッケンフィールに残れるほどの成績をとれなくて……」
ハインスがリディアさんに謝罪する。
「ううん、私も親が厳しくて、ドラッケンフィールを離れられないから……」
リディアさんも悲しそうに首を振る。
リディアさんは親が厳しくて、と言うけれど、それは普通のことだと思う。
娘がわざわざドラッケンフィールからヘイグ村に行くのを許す親はなかなかいないだろう。
なんとか二人が一緒になる方法はないのかな。
考えたけれどそんなすぐに思いつくようなことくらい、二人はとっくに考えているはずだ。
「ごめんね、せっかく来てもらったのに暗いムードにしちゃって」
そう言うリディアさんが、無理矢理笑顔を作っているのがわかる。
「ハインスだって今から勉強頑張れば……。ほら、去年のダンケルさんみたいに!」
なんとか二人を励まそうとしたが、ハインスはゆっくり首を横に振る。
「ダンケルさんは当落線上といったところにいたからその後の頑張りでなんとかなったけど、俺はとっくに落ちちゃってるんだ。元々魔術の才能もあんまりなかったし、それは努力じゃどうしようもないよ」
そっかぁ、頑張ってもどうにもならないこともあるんだ……。
ハインスの話を聞いて私は悲しくなった。
「だったらほら、魔術師以外の職を探してみたらどうかしら? 少し魔術を使えるだけでも有利になる職はたくさんあるわ!」
アレクシアもなんとか案を絞り出す。
私もそれは考えた。
けれどそんなことくらい二人だってとっくに考えているだろう。
その方法を選べない何らかの理由が……。
「そうだ! それならなんとかなるかもしれない!」
……あれ?
困惑する私をよそに、ハインスが目を輝かせている。
アレクシアもまさか自分の案が通ると思っていなかったようで、びっくり仰天といった表情だ。
「確かにその可能性は全然考慮してなかったな……。アレクシアちゃん、ありがとう!」
えぇ、考えてなかったのかぁ。
そうかぁ、まぁハインスならそんなこともあるよねぇ。
リディアさんも何か言ってあげてよ……。
「ハインス! もしかしてなんとかなるの? 卒業してからも一緒にいられるの?」
あれぇ?
おかしいな。
リディアさんってこんなに乙女だったっけ?
なんだか思っていたのと違う方向に話が進んでいく。
見るとアレクシアもあんぐりと口を開けて二人を見ていた。
「あぁ、絶対ドラッケンフィールで仕事を見つけてみせるよ。すぐには難しいかもしれないけど……、それまで待っててくれるか?」
「うん、待ってる! だから絶対迎えに来てね!」
前言撤回だ。
この二人はお似合いカップルだ。
二人して手なんか握り合っちゃって。
仲の良さそうなことだ。
周りのお客さんもこちらに視線を向け始めた。
しかし、二人の世界を作っているハインスとリディアさんは全く気づかない。
私はアレクシアと顔を見合わせる。
「帰ろっか?」
「そうしましょう」
私たちは二人を置き去りにして店を出た。
会計はハインス任せだから大丈夫だろう。
そういえばチョコレートケーキ残して来ちゃったな。
少し心残りに思いながらも、私たちは学校へと戻った。
寮に戻った私たちは、他の生徒に勉強を教えてあげたり、息抜きにアレクシアが用意したおもちゃで遊んだりして過ごした。
いつもならこの中にユーリがいるのに、今日はなんだか変な感じだ。
アレクシアも終始ユーリのことを気にしていた。
まったく、ハインスにあのとき邪魔されなければ!
結局ユーリはウェインくんと二人でどこに行っていたのだろう?
今度は聞いたら教えてくれるかな?
そんなことを考えながらユーリの帰りを待っていたが、ユーリは夕食の時間まで帰ってこなかった。
「ただいまー」
帰ってきたユーリが私たちに微笑みかける。
その様子に私とアレクシアは思わず唖然としてしまった。
ユーリの笑顔はやけに晴々としており、ここ最近見せていた思い詰めたような雰囲気など微塵も感じさせなかったのだ。
「どうしたの、二人とも?」
ユーリが首をかしげる。
私たちの反応の鈍さに疑問を持ったようだ。
「いや、ユーリったらずいぶん元気になったわね。ここ最近調子が悪そうだったから心配してたのよ?」
アレクシアが少し困惑しながらも答える。
私も同意を示した。
「あー、心配させちゃってごめんね。今日一日ウェインくんと過ごしたらかなりリフレッシュできたの。だからもう平気だよ!」
そう言ってユーリは照れくさそうに頭をかく。
私たちはほっと安堵した。
「良かったわ。いつものユーリが帰ってきたみたいで」
「いつものって何? 私はいつも変わらないよ!」
アレクシアとユーリはそんなやり取りをしている。
しかし私は少しだけ違和感を感じていた。
いつものユーリ。
いつものユーリってどんな感じだったっけ?
最近の調子が悪そうだったユーリに見慣れてしまったせいだろうか。
その笑顔にどこか不自然さがある気がしてやまないのだ。
「二人とも夕ご飯はまだ? まだだったら一緒に食べに行こ? お腹すいちゃった!」
そう言ってユーリが私たちを食堂へと促す。
「えぇ、行きましょう! ほら、レイナも早く!」
アレクシアは特に何も感じていないようだ。
その表情は喜びに満ちている。
ユーリが元気になったのが嬉しいようだ。
私の気のせいなのかな?
「そうだね、今日のご飯は何かなぁ」
沸き上がる疑問を胸の奥にしまって、私たちは食堂へと向かう。
そのあともユーリは終始上機嫌に見えた。
それを見守るアレクシアも笑顔だ。
だんだん私も違和感を感じなくなっていった。
そうだ、これがいつもの私たちだ。
いつもの日常が戻ってきたことを喜ぼう。
けれどそういえば、結局ユーリがどこに行っていたのか聞けず仕舞いだったな……。
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