第二十七話 風邪にはご用心

 魔法学校に到着してから数日が経ち、火の月が終わり水の月になった。

 入学式の日だ。

 私たちは少し早めに大広間に案内され、新入生の入場を待った。

 去年の入学式は、まず悪夢から始まったのを思い出す。

 今年もユーリに、「また夜うなされたりしないでよね?」とからかわれた。

 確かに去年は私がうなされたせいでユーリを起こしてしまったのだ。

 申し訳ないことをしたと思う。

 でもあの悪夢は余りにも恐ろしかった。

 今年はぐっすり眠ることができたのでひと安心だ。

 そしてやはり一番はアレクシアの生い立ちを知ったことだろう。

 入学式自体よりもよっぽど記憶に刻み込まれている。

 でもそのおかげでアレクシアと仲良くなることができた。

 まぁ、アレクシアと仲良くなった結果、いろいろな事件に巻き込まれることにはなったのだけど……。

 けれどこうして無事に新たな一年を迎えることができた。

 今年はどんな一年になるだろうか。

 そんなことを考えていると大広間の扉が開き、新入生が入場してきた。


 私は新入生の中にウェインくんの姿を探した。

 新入生はみな緊張した面持ちで最前列の席へと向かっていく。

 ウェインくんはどこかな、と……。

 あ、いたいた。

 新入生の列のやや後方辺りに、他の生徒と同じように緊張した表情のウェインくんを発見した。

 こちらには気づいていないようだ。

 私自身もかなり緊張したことを思いだし、ほっこりした気分になる。

 新入生全員が入場を終え、席に着いた。

 壇上にヴィルヘルム先生が上がる。

 去年と同じだ。

 ヴィルヘルム先生が口を開いた。


「新入生諸君、入学おめでとう。私が校長のヴィルヘルムだ」


 ヴィルヘルム先生の挨拶は去年とほとんど一緒だった。

 現在この国のおかれている状況。

 魔法学校で学ぶ上での心構え。

 新入生はみな、ヴィルヘルムの話に聞き入っていた。

 ヴィルヘルム先生の話には、他人を惹き付ける力強さがある。

 私たちは一度聞いた内容ではあるけれど、この一年で忘れかけていた初心を思い出させる話だった。

 しかし挨拶の最後に、ヴィルヘルム先生は悲しそうな表情でつけ足した。


「在校生の諸君は知っているだろうが、去年この学校で事件が起きた。教師が二人も同時に死ぬほどのな。こんなことを生徒諸君に話すのもどうかと思うが、それによって現在当校の立場は非常に悪い。授業のカリキュラムにも若干の変更がある。私の不始末を君たちに押し付けることになるのはとても心苦しいが、生徒全員がこれまで以上に奮起し、苦しい現状を打破してくれることを期待している」


 在校生、特に事件についてよく知る二年生が沈鬱な雰囲気に包まれる。

 亡くなったジェイン先生もフレデリック先生も、優秀な魔術師だった。

 そして現在アシュテリアの魔術師不足は深刻だ。

 そんな状況下で二人の教師を失うことになり、なんのお咎めもなし、というわけにはいかなかったのだろう。

 カリキュラムの変更というのも、ドラッケンフィール魔法学校に送られる予算の減少に伴うものだそうだ。

 ヴィルヘルム先生は事件の解決や事後処理に奔走していたというのに……。

 私たちの奮起に期待、ということは、生徒たちが優秀な成績を残すことができたらまた待遇が変わってくるのだろう。

 今年も頑張って勉強しよう。

 私はそう決心した。


 入学式を終え、私たちは寮に戻り昼食をとった。


「なんか魔法学校は大変なことになってるみたいだね……」


 ユーリが重々しく口を開いた。

 私とアレクシアもうなずく。

 大変なのは予算の減少だけではない。

 去年起きた事件のうち、解決したのは旧王国派による誘拐という部分だけだ。

 最初に私たちを襲った四人の正体や目的もはっきりしていない。

 魔法学校の教師をものともしないような魔術師を四人も用意できるような組織が、現在のアシュテリアにあるのだろうか?

 例えそんな組織が存在していたとしても、果たしてその目的はなんなのか?

 解決していないことは山ほどあるのに、さらに学校の予算まで減らされている。

 ヴィルヘルム先生は本当に大変なのだろう。

 今日の姿も心なしか疲れて見えた。


「あの四人については以前として何もつかめていないわ。死体からは何も手がかりが得られなかったらしいの」


 アレクシアが眉間にしわを寄せている。

 服装や所持品に特にこれといった特徴は見られなかったそうだ。

 どれもアシュテリアで一般的なものだったらしい。


「けれどゼノヴィアが追跡していた男には奇妙な特徴があったそうよ」

「奇妙な特徴?」


 アレクシアがなにやら意味深なことを呟く。


「その男は空を飛んで逃げたらしいの」

「空を飛ぶ? そんな魔術があるの?」


 ユーリが目を丸くしている。

 私も驚きだ。

 しかしアレクシアはゆっくり首を横に振る。


「いいえ、から奇妙なのよ」


 なるほど、確かにそれは奇妙だ。

 存在しないはずの魔術を使う男達。

 いったい何者なのだろう。

 私たちが悩んでいると、さらにアレクシアは言葉を続ける。


「その特徴を聞いた家の護衛の一人が、魔族ではないかと言っていたわ」

「魔族?」


 ユーリが首をかしげる。

 彼女は聞き覚えがなかったようだったが、私は覚えていた。

 いつだったかアレクシアに、中央の大賢者の話を聞いたときだ。

 当初言葉の通じなかった大賢者の正体が、実は魔族ではないかと噂されていた、という話だ。

 けれど魔族とはどういった者たちなのか、というのは全く知らない。


「魔族とはね、この大陸の北東の端に『存在するかもしれない』と噂されている者たちのことよ」


 アレクシアが魔族の噂について説明してくれた。

 大陸の遥か北東、大国アルスのさらに向こうで噂されているような話だそうだ。

 本当に存在するのかどうかも怪しいらしいが、確かに『見たことのない魔術を使う』『空を飛ぶことができる』といった特徴は、私たちを襲った四人と一致する。

 けれどそれにしたって、魔族が住むと言われる土地は大陸の北東、私たちの住むドラッケンフィールは大陸の南西にあるアシュテリアのさらに南西寄りの地域だ。

 言うなれば大陸の端と端。

 余りにも遠すぎる。


「ねぇ、もしあの四人が魔族だったとしたら、その目的はなんだったのかな?」


 私は率直な疑問をぶつけた。

 アレクシアは一層難しい顔をする。


「それが本当に謎なのよね。レイナの言う通り、彼らは生徒に手を出さなかった。ということはつまり誰かの命を狙った犯行ではない。となると一番あり得そうなのは私の誘拐だけれど、旧王国派以外の者がそれをする理由も思い当たらない。何か他に目的があったのかしら……」


 アレクシアがうーん、と唸り声をあげて考え込む。


「他の目的ねぇ……」


 私もそれに倣って腕を組み、考えてみる。

 そんなことをしたって分かるはずはないのだが、気分的な問題だ。


「例えば……、レイナを誘拐しようとしたとか!」


 ユーリが突然おかしなことを言い出した。


「えぇ!? なんで私?」


 そう聞いたとたんユーリがにやける。

 あ、これは人をからかうときの顔だ。


「それはほら、魔法学校一の天才美少女を誘拐してあれこれしようと……」

「ちょっと、やめてよ……」


 私は恥ずかしくなってうつむく。

 褒められること自体は嬉しいが、あまりからかわれてもいい気分はしない。

 それにあれこれってなんだ、あれこれって。

 ユーリは一体何を想像しているんだ。


「確かにそっちの方が辻褄が合うかもしれないわね。それでいきましょう」


 アレクシアまで悪のりし始めた。


「アレクシアまで何言ってんの! それでいきましょう、ってどういうこと!」


 私の抗議もむなしく、ユーリとアレクシアは襲撃の目的が私の誘拐だったことにして盛り上がり始めた。

 こうなるともう止められない。

 私は少しふてくされて二人の話を聞いていた。




 翌日からは授業が始まった。

 今年の主な座学の内容は、アシュテリア以外の国々についてだ。

 まずは十三年前にアシュテリアに攻撃を仕掛けたことで有名な、大国ミスリームの歴史だ。

 ミスリームの特徴はなんといっても、六神教の教祖の出身国であり、六神教の広まりとともに力をつけていった国であるということだ。

 そのため現存する国のなかでは、最も六神教の影響の強い国であるといえる。

 ちなみに二番目に六神教の影響が強いのはアシュテリアだ。

 かつて『神託の騎士』がアシュテリアに出現したことで、多くの信者を得たそうだ。

 また『神託の騎士』の出現はアシュテリアに六神教が広まった直後であったため、当時の六神教の信者達は、『神託の騎士』は自分達の祈りを聞き届けた神々によって遣わされたのだ、と国中に触れ回った。

 彼らは『神託の騎士』の出現が、六神教の祈りの成果であると信じていたのだ。

 そしてそれを真実と捉えた者も多く、熱心な信者が多いのもアシュテリアの特徴だ。

 一方のミスリームは自分達こそが六神教の祖であるのにも関わらず、アシュテリアの騎士があたかも神々に遣わされたかのように扱われていたのが気にくわなかったらしい。

 冷戦状態に突入するまでは、二国間で多くの戦があった。

 ある意味宗教戦争と言えるかもしれない。

 十三年前の宣戦布告もそれが理由であったかどうかは定かではないのだが……。

 そしてミスリームのもうひとつの特徴は、数万人規模の軍勢、『聖騎士団』の存在だった。

 彼らはみな六神教の信者であり、神々とミスリームのために身を捧げる決意をした者たちだった。

 神殿に務める魔術師によって『神の加護』という名の強化魔術を施された彼らは、それによって自信と実力を身につけ、非常に強力な軍勢となった。

 アシュテリアの『神託の騎士』やドラギュリアの『帝国兵団』と匹敵する強さを誇っていたのだ。

 ここまで聖騎士団について全て過去形で述べたのは、先のアシュテリアとミスリームの大戦によって聖騎士団の半数以上が命を落としたからだ。

 戦に参加した者の半数ではなく、総勢の半数だ。

 現状の聖騎士団はほぼ壊滅状態にあるといえる。

 その勝利はアシュテリアの歴史に残る勝利であった。

 当時のアシュテリアには余力などほとんど無かったはずなのに、ミスリームの誇る聖騎士団を軽々打ち破ったのだ。

 その戦を率いたライオネルはどのような手段を用いたのか。

 それについては未だに謎である部分も多い。

 現在ミスリームの動きに目立つところは無いが、いつまた次の侵攻があってもおかしくない。

 私たちは常に備えをしておかなければならないのだ。




「だんだん講義も難しくなってきたな……」


 私のとなりの席でそう呟くのはリックだ。

 今年からはなんと、私たち三人が教室で孤立することがなくなった。

 去年から仲の良かった生徒たちを中心に、少しずつ一緒に授業を受ける人が増えている。

 アレクシアも嬉しそうだし、私も大満足だった。


「ふふふ、勉強で困ったら私を頼ってもいいよ!」


 ここらでひとつ恩を売っておくとしよう。


「助かるよ、レイナは学年一位だもんな」


 リックは私の提案に軽く微笑んだ。


「休日とか時間のあるときに、遊んでばっかりじゃなくて勉強もした方がいいかしら?」


 そんなことを言うアレクシアであるけれど、実はアレクシアもかなりの好成績を残しているのだ。

 まぁ彼女の場合最初からアシュテリアの歴史に詳しかったというアドバンテージがあるのだが。


「えぇー、休日くらい遊ぼうぜ」


 そう言って嫌な顔をするのはカイルだ。

 しかし、


「だからお前去年の成績悲惨だったんだろ!」


 とリックに突っ込まれていた。


「じゃあ決まりね! 休日は少しずつ勉強の時間をとるようにしましょう!」


 アレクシアが笑顔で宣言する。

 誰も反対する者はいなかった。

 ……カイル以外は。

 そして約束の休日、私は風邪を引いた。

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