第二十六話 魔法学校の天才美少女

 コンラート村を発って数日後、私たちはドラッケンフィールに到着した。

 真っ白な街並みが私たちを出迎える。


「うわぁ、すごい。あれが全部ドラッケンフィールの街なんですか?」


 その光景に目を奪われたウェインくんがはしゃぐ。


「でしょう? 私たちも最初に見たときはびっくりしちゃった。ね、ユーリ!」


 その反応に一年前の自分達を思い出した私は、ユーリに話を振った。


「そうそう、レイナったらびっくりし過ぎて顎がはずれちゃったの」


 ユーリがにやにやしながらウェインくんに告げる。


「えぇっ!? レイナさん大丈夫だったんですか!?」


 ウェインくんは素直に信じてしまったようだったが、そんな事実はない。

 私はユーリを睨みつける。

 ユーリはそ知らぬ顔で口笛を吹いていた。

 はぁ、ユーリに話を振るんじゃなかった……。


「それで、レイナさんの顎は無事だったんですか?」


 ウェインくんもウェインくんで、簡単に信じないで欲しいなぁ……。

 それを見たベルーナがくすくす笑っている。

 まぁウェインくんの緊張がほぐれたみたいだし許してやろう。

 なんてことを考えてはいたものの、私は魔法学校に着くまでずっとユーリにじっとりとした視線を送り続けていた。


 魔法学校に到着した私たちは、寮の前でそれぞれに別れた。

 一人で一年生寮に向かうことになるウェインくんが少し寂しそうにしていたので、


「部屋に荷物を置いたら二年生の寮においで。私たちが魔法学校を案内してあげる」


 と笑顔で提案した。

 去年ベルーナにしてもらったことを、今年は私たちがしてあげるのだ。


「本当ですか? 絶対行きます!」


 ウェインくんは目を輝かせてうなずいた。


「新しく友達ができたらその子も連れておいで」


 ユーリがそう補足する。

 それを聞いたウェインくんはもう一度大きくうなずき一年生寮へと向かっていった。

 それを見送り私たちも歩き出す。

 アレクシアはもう到着しているだろうか?

 早くアレクシアに会いたいな。

 それに今年は最初から他にも友達がいるのだ。

 またみんなと遊べる。

 今年は楽しい一年になりそうだ。

 そんなことを考えながら寮の扉を開けた。


 玄関でフランセスさんに出迎えられた私たちが寮の広間に入ると、真っ先に紅い髪の女の子の姿が目に飛び込んできた。

 やっぱりアレクシアはよく目立つ。

 そしてアレクシアの周囲で一緒に遊びに興じる生徒が数人。

 アレクシアも楽しそうな笑顔を浮かべている。

 その光景を見て私は嬉しくなった。

 去年の最初とは全然違う雰囲気だ。

 去年私とユーリが魔法学校に到着した頃のアレクシアは、いつも一人ぼっちだった。

 それが今ではこうして他の生徒に受け入れられている。

 まだまだ二年生全員というわけではないけれど、それでも少しずつ友達の輪が広がっているのだ。

 私とユーリの到着に気づいた生徒が私たちの方を指差す。

 アレクシアがこちらを振り向いた。

 その顔が一層喜びに満ちる。

 私たちも笑顔を浮かべアレクシアたちの元へ駆け寄った。


「久しぶり、アレクシア! 会いたかったー!」

「そろそろ二人が来る頃だと思っていたの。私は昨日到着したからぴったりね!」

「みんな今年もよろしくね!」


 私たちは口々に挨拶を交わす。

 なかには去年はほとんど話さなかったドラッケンフィール出身の生徒もいた。

 その事に気づいた私はさらに嬉しくなった。

 ドラッケンフィール出身の生徒はアレクシアをかなり遠ざけていたはずだ。

 そんな彼らと友達になるのは正直難しいと思っていた。

 この調子で二年生みんなと仲良くなりたいな。


 一旦部屋に戻り荷物を置いた私たちは広間に戻ってアレクシアたちと合流し、遊びに加わった。

 けれど私にはまずしなければならないことがある。

 アレクシアへの謝罪だ。

 私は帰省したときにお母さんと話したことを告げ、アレクシアに対して悪い感情を抱いてしまったことを正直に話し、謝罪した。

 私が黙っていればバレることなどなかった出来事だけど、アレクシアに謝罪するのはお母さんとの約束だ。

 それを破るわけにはいかない。


「それが普通の反応よ。気にすることなんてないわ。むしろ謝らないといけないのは私の方よ。王家のしたことは決して許されることではないのだから」


 私の謝罪を受けたアレクシアは特に表情を変えることなくそう言った。

 どうやら気にしていないようだ。


「ありがとうアレクシア。ごめんね……」


 それでも一度アレクシアのことを嫌いになりかけたのは事実だから、しっかり謝っておく。

 この友情を失って後悔などしたくないのだ。


「もう、そんな顔しないの。ほら、一緒に遊びましょう!」


 アレクシアが笑顔で私をトランプに誘う。

 良かった、これからもアレクシアとは仲良くできそうだ。

 私はほっとひと安心した。




「へぇー、アレクシアは休暇の間旅行に行ってたんだ」

「えぇ、シエンポートまで行って海を見てきたの。泳ぐこともできたし、海の幸も美味しかったわ」


 遊びながら私たちは休暇の間にあったことを報告する。

 私はヘイグ村でお母さんと一緒にのんびり過ごしていただけだったが、やっぱり大貴族ともなるとやることが違う。

 私は海なんて見たこともない。

 ライゼンフォート家が羨ましいなぁ……。


「そうだ、二人とも今年の土の月の休暇もここに残るんだったら、一緒にどこか出かけない? 馬車や旅費はライゼンフォート家が用意するわよ!」


 私の考えていたことを見抜いたのか、アレクシアが素敵な提案をしてくれた。


「本当に!? すごく行きたいけど……、良いの?」


 私は少し不安になってアレクシアに問う。

 さすがにそんな待遇を受けるのには気が引ける。


「もちろんよ。まだ去年の誘拐の時のお礼ができていないもの。お父様だって絶対許してくれるわ」


 そういえば去年の事件が片付いたあと、オーウェンさんに「なにかお礼を」と言われていたのだった。

 確かにこの提案はかなり魅力的だ。

 私もドラッケンフィール以外の街に行ってみたい。


「私は何もしてないけど、一緒に行っても良いの………?」


 ユーリが遠慮がちに問う。


「当たり前じゃない! 私たちは『親友』なんだから!」


『親友』のところを強調し、アレクシアが力強く肯定する。

 弾けるような笑顔だ。

 ユーリもほっとしたような表情を見せる。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 私はアレクシアにお願いする。


「これで決まりね! お父様に伝えておくわ」


 アレクシアは満足そうにうなずいていた。


 しばらく遊んでいるとフランセスさんが私とユーリを呼びに来た。

 私たちに来客があるようだ。


「ウェインくんかな?」


 ユーリがそう言って席をたつ。

 私にも他に心当たりはない。


「ウェインくん?」


 その名に聞き覚えがないアレクシアは首をかしげていたので、ウェインくんについて説明する。


「なるほどね、私もついていって良いかしら?」


 断る理由もないので私たちはアレクシアも連れてロビーへと向かう。

 そこにはウェインくんが一人で待っていた。

 他の子は連れてきていないようだ。

 さすがに到着して数時間では友達は作れないか。


「初めましてウェインくん。私はアレクシア。二人の親友よ。よろしくね」


 アレクシアを怪訝な表情で見つめていたウェインくんに、アレクシアが先に自己紹介した。

 ウェインくんもあわてて自己紹介する。


「じゃあ行こっか!」


 ユーリが先頭に立ち、私たちは魔法学校の校舎に向かった。

 初めてみる巨大な校舎に、ウェインくんは興味津々だ。

 あれはなんですか? とウェインくんが声を上げる度に、私たちはひとつずつ丁寧に教えてあげた。

 しかし私にはひとつ気になることがあった。

 途中何人か他学年の生徒とすれ違ったのだが、彼らが私たちを見る視線に違和感を感じたのだ。

 なにやらこちらを興味深げに観察するような視線だ。

 最初はアレクシアに向けられている視線なのかと思ったがどうやら違うようだった。

 確かにある程度はアレクシアに向けられていたものの、少なくない割合で私に視線が注がれていたのだ。

 私の見た目に気になるところでもあるのだろうか?

 少し不安になった私は、ウェインくんの案内を終えて寮に戻ってから、ユーリとアレクシアに尋ねてみることにした。




「あぁ、あれね」


 私の問いを受けたアレクシアがなんとも微妙な表情をする。

 なにやら心当たりがあるようだ。


「ここ一ヶ月の間にドラッケンフィールで去年の襲撃のことが噂になったの」


 なるほど、それなら何となく理解できる。

 確かにあれだけの事件が起きたのだ。

 世間の注目を集めるだろう。

 しかしアレクシアの次の言葉に私は驚愕することになる。


「今じゃレイナは、誘拐された悲劇のヒロインを救った天才美少女ってことになってるわよ」

「……え?」


 ちょっと情報量が多すぎて整理ができない。

 悲劇のヒロイン、それはまぁアレクシアのことだろう。

 他に誘拐された人物がいるとは思えない。

 だけど天才美少女?

 この私が?

 人違いじゃないかな?

 でもアレクシアの言い方からしたら他に考えられない。

 目を白黒させる私を尻目に、アレクシアが言葉を続ける。


「お父様があちこちで話して回ったのよ。私が助かったのはレイナという少女のおかげだって。それはもうドラッケンフィールでは知らぬ人がいないくらいに」


 そう言われてもいまいち納得できない。

 あの時私は助けを呼んだだけで、実際に旧王国派を退治したのはゼノヴィアさんとヴィルヘルム先生だ。

 だから私にとってのヒーローはあの二人だ。

 私がアレクシアを救ったというのは余りにもおこがましい。

 それに天才や美少女なんて買いかぶりにもほどがあると思う。

 自分の思いを正直に告げるが、アレクシアは呆れたように首を振る。


「あなたは自分の特異さに気づいてないの? 普通あの状況で助けを求める方法なんて思いつかないし、仮に思いついたとしても実行に移すことなんてできないわ。それに辺境の村出身の子が学年で一番の成績をとるなんて滅多にないことだし、なんといってもレイナはすごくかわいいもの」

「確かに勉強は頑張ったけど、誘拐の時は私も助かりたくて必死だっただけだし、それにかわいい? 私が?」


 私はお母さんみたいな美人になりたいと常々思っているけれど、いざかわいいと言われると反応に困ってしまう。

 ヘイグ村にいた頃は村の大人たちに、「レイナちゃんはかわいいねぇ」なんてよく言われていたが、同じ年頃の子供はみんなそう言われていた。

 自分が特別だと感じたことはなかったのだ。

 アレクシアに面と向かって「かわいい」と言われたことは、嬉しい反面いまいち腑に落ちない。

 私からするとアレクシアの方が「すごくかわいい」。

 顔だちだって整っているし、きれいな髪型や服装など、まとう雰囲気はまさにお嬢様って感じだ。

 それを言うとアレクシアは難しい顔をする。


「なんて言うか、レイナは少し違うのよね。私は雰囲気できれいに見せようと着飾っているけれど、レイナはなにもしてなくてもかわいいというか……」


 ある意味女性の理想よね、とアレクシアは結んだ。

 これにはユーリも深くうなずいていた。

 二人に誉められて悪い気はしない。

 そっかぁ、私かわいいのかぁ。

 嬉しくなっちゃうなぁ。

 うふふ。


「レイナはお母さんに似てるのよね?」


 少し上機嫌になった私にアレクシアが問う。


「うん、姉妹みたいにそっくりって言われるよ」


 きれいなお母さんは私の自慢だ。


「あなたのお母さんは本当に不思議な人ね。なんでヘイグ村なんかにいるのかしら?」


 アレクシアが首をかしげる。

 確かにお母さんの生い立ちには謎が多い。

 休暇の間に話を聞いて少しだけお母さんの過去に触れたけれど、きっとあれが全てではない。

 まだまだお母さんには他人に話していないことがある。

 そしてそれは私にも教えてくれない。

 少し残念な気もするけれど、お母さんが話したくないと思っているなら仕方ない。

 でもいつかは……、いつかは全てを知る日が来るのだろうか?

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