第二章―ユーリと六神教―

第二十五話 新しい一年


 一ヶ月の休暇はあっという間に終わりを告げた。

 火の月も終わりに差し掛かり、魔法学校からの迎えの馬車が来る時期になった。

 今年で私は二年生。

 ハインスとベルーナは六年生。

 二人は最終学年だ。

 ちなみに今年はヘイグ村から新たに魔法学校に入学する子供はいなかった。

 まぁ当然だとも言える。

 そんなに続けて新入生が出る方が不自然なのだ。


 そして馬車がヘイグ村に到着する当日。

 私たちの護衛として魔法学校からやって来た先生はグリンウィル先生ではなく、私の知らない先生だった。

 コックス先生という三十代半ばくらいの男性教師で、癖のある茶髪の持ち主だ。

 髭を生やしていてちょっと渋いかっこよさがある。

 馬車から下りたコックス先生を見て、村のおばさま達が少しざわついていた。

 私はお母さんに別れの挨拶をする。


「じゃあ行ってきます! 今年も勉強頑張ってくるね!」

「はい、行ってらっしゃい。また来年、無事に帰ってくるのよ」


 そう言ってお母さんは私の頭を撫でてくれた。

 私はお母さんににっこり微笑み、見送りに来てくれていた村の人に一度ぺこりと頭を下げ、ハインスやベルーナと一緒に馬車に乗り込んだ。

 馬の手綱を引く御者さんは去年と同じ人だ。


「今年もよろしくお願いします」


 私は御者さんにもきちんと挨拶しておいた。


「はいよ、君達は私が責任もって魔法学校まで送り届けるよ」


 御者さんもにこやかに返事をしてくれた。


「お子さん達は私達魔法学校の教師が責任をもって預かります。本日はお見送りありがとうございました」


 コックス先生がさわやかな笑顔でみんなに挨拶している。

 おばさま方はずいぶんコックス先生の容姿がお気に召したようだ。

 年甲斐もなく頬を赤く染めている人もいる。

 そんなおばさま方に名残惜しそうに見送られ、コックス先生も馬車に乗る。

 心なしか私達生徒より熱烈な視線を浴びている気もするが……、気のせいではないのだろう。

 御者さんが馬に鞭を入れ、馬車が動き出した。

 一年前は不安の方が多かった旅立ちだけど、今年はわくわくしていた。

 またユーリやアレクシアに会える。

 今まで知らなかったことを学ぶことができる。

 それがとても楽しみだった。

 こうして私の新たな一年が幕を開けた。




「今年は道中の村から新入生が乗るから、途中で寄っていくことになっているんだ」


 しばらく馬車を走らせたところでコックス先生がそう切り出した。

 今年からはダンケルさんを迎えに行く必要がなくなったのでリゼンコット村には寄ることはない。

 しかしその代わりに別の村に寄ることになったそうだ。


「へぇ、どこの村ですか?」


 ハインスが興味深げに尋ねる。


「街道から少し東に逸れたところにあるアイルバーグという村だよ。新入生は男の子だそうだよ」


 私にはアイルバーグがどこなのかわからなかったけど、ハインスとベルーナはうなずいていた。


「やったね、レイナちゃん。初めての後輩ができるね」


 ベルーナが私をにこやかに見つめている。

 そっかぁ、今年からは私より年下の生徒が入ってくるんだ。

 初めての魔法学校は不安もいっぱいあるだろうし、優しくしてあげないとね!

 私はそう決心した。


 ヘイグ村を出て五日後、私たちを乗せた馬車はアイルバーグ村に到着した。

 この村はやはりヘイグ村よりは発展しており、とはいえコンラート村ほど豊かな訳でもなく、ちょうどリゼンコット村ほどの規模の村だった。


「初めまして、ウェインです。よろしくお願いします……」


 そう緊張気味に自己紹介するのはウェインくん。

 アイルバーグ村から魔法学校に通うことになった新入生の男の子だ。

 蜂蜜のような明るい髪の色で、やや長めの前髪からブルーの瞳が覗いている。

 私はウェインくんににっこりと微笑みかける。


「私はレイナ、よろしくね」


 ハインスとベルーナも口々に挨拶をする。


「やっぱり一人でドラッケンフィールに行くのは不安?」


 ベルーナがウェインくんに笑顔で尋ねる。

 さすが私のお姉ちゃん代わりになってくれた人だ。

 面倒見の良さは相変わらずだ。


「ない、家族から離れるのは初めてですから……」


 うつむきがちにそう答えるウェインくんを見て、一年前のユーリを思い出す。

 初めて会ったときのユーリもこんな感じで不安そうにしていた。

 けれど魔法学校に着くととたんにユーリはその本性を現し出したのだ。

 大人しそうに見えたのは見た目だけで、その実ユーリはちゃっかりしたいたずらっ子であった。

 ウェインくんは大丈夫かな?

 私にとってはその方が心配だった。

 そんな私の心配をよそに、ウェインくんはハインスやベルーナの話を素直に聞いていた。

 二人はウェインくんにドラッケンフィールの街や魔法学校のことを話して聞かせ、ウェインくんの緊張をほぐそうとしている。

 この雰囲気ならユーリパターンは無いかな?

 いや、まだ安心はできないな。

 ユーリも突然その牙を剥くようになったのだ。

 ウェインくんだって大人しそうに見えて実は……。


「レイナちゃん顔が怖いよ? お腹でも痛いの?」


 そんなことを考えているとベルーナに心配されてしまった。

 私、そんな変な顔してたかな?




「レイナ、久しぶり!」

「久しぶり! 会いたかったぁ!」


 アイルバーグ村を出て数日後。

 私たちはコンラート村に到着し、約半月ぶりにユーリと再開した。

 はしゃぎあう私たちを見てウェインくんがおろおろしている。

 ちょっと調子に乗りすぎてしまったか。


「レイナ、この子は?」


 ユーリが私に問う。


「この子はアイルバーグ村のウェインくん。今年の新入生だって」


 私がユーリにウェインくんを紹介すると、あわててウェインくんも自己紹介する。


「あ、ウェインです。よろしくお願いします」

「私はユーリ。よろしくね!」


 にっこりと笑いかけるユーリを見て、ウェインくんはほっとしているようだった。

 騙されちゃいけないぞウェインくん。

 ユーリは実は腹黒いんだぞ。


「レイナ、何か失礼なこと考えてるでしょ?」


 ユーリに睨まれた。

 なんでわかったんだろう?

 妙なところでユーリは鋭い。


「ねぇユーリ、あの建物何? 前はあんなのなかった気がするんだけど……」


 私は咄嗟に目についた建物を指差し、話題を反らした。

 ユーリはあきれたようにため息をつき、私の指差した方を見る。

 そこにあるのはドラッケンフィールの街の建物のように白くて大きな建物だ。

 全体に装飾が施されているのが遠目からでもわかる。

 そしてその入り口辺りには六体の彫像が立ち並んでいる。

 そのうち一体は女性で残りの五体が男性だ。

 ……この構成比は授業で習ったことがある気がするな。

 ということはつまりあの建物は……。


「あぁ、あれはこの村に新しくできた六神教の神殿だよ。少し前に信者の人たちが来て、魔術で一瞬で作っちゃったの」


 ユーリの教えてくれた答えは私の予想通りのものだった。

 六神教。

 その成り立ちについては授業で教わった。

 しかしヘイグ村で六神教に触れる機会は全くなかったため、私はその実態についてはほとんど知らない。

 また去年魔法学校にいる間はアレクシアの外出禁止期間が長かったから、未だにその知識は増えていないのだ。


「コンラート村がだんだん発展してるから、ここにも神殿を建てることにしたんだって。この村に滞在してる人の中にも神殿でお祈りしたいっていう信者がいるし、村長さんも許可を出したの」


 六神教の信者にとっては神殿でのお祈りは日課らしい。

 外出先にお祈りをするための神殿があるかどうかは彼らにとっての重要事項だそうだ。

 コンラート村にもそんな信者達が足を運びやすくするために、今回神殿の建設を許可したということだった。


「そのせいか最近この村の人にも六神教の信者が増えたみたい。毎日毎日『神々よ、我らの祈りをお聞き届けください』なんて言ってるよ」


 ユーリが肩をすくめる。


「君達、六神教の話をするときは気を付けた方がいいよ」


 突然コックス先生が声を低くして私たちを注意する。


「彼らは本気で神々に祈っているんだ。君達にその気がなくても不用意な発言は彼らの気に触りかねない。無用な怒りを買いたくないだろう?」


 その言葉に私たちはハッとする。

 確かに六神教には一部狂信者がいると聞いたことがある。


「ごめんなさい、気を付けます」


 私たちは素直に謝った。

 コックス先生はわかればよろしい、とさわやかな笑みを浮かべてうなずき、見送りの村人達に挨拶をしに行った。

 ここでもコックス先生はおばさま方から高い人気を得ていた。

 挨拶を終え馬車へと戻るコックス先生の背中に、熱い視線が突き刺さる。




 しかしその視線のなかに不穏なものが混じっているのに、そのときは誰も気づいていなかった。

 不穏な視線はコックス先生ではなく、馬車に乗る私たちの誰かに注がれていた。

 お母さんのくれたペンダントも、それを察知できるほど万能ではなかったのだ。

 もしこの時に気づくことができていたら、私の……、いや私たちの一年は全く違ったものになっていたかもしれない。

 コックス先生が馬車に乗り込むのを待って、馬車が発進する。

 行く先は当然ドラッケンフィールの魔法学校だ。

 新たな災いの種を引き連れて、馬車は街道を進んでいく。

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