第二十四話 一年の終わり


 今日は魔法学校の終業式だ。

 つまり今日で私たちの魔法学校一年生が終わる、ということだ。

 生徒たちはみな、入学式のときのように大広間に集められた。

 ひとつ違うのは、最前列に座っているのが私たち一年生ではなく、今年で卒業する最上級生であることだ。

 いや、もうひとつ違うことがある。

 参加している教師の数が二人減っているのだ。

 それはもちろん先の襲撃で命を落とした、ジェイン先生とフレデリック先生だ。

 あの襲撃の後、二人の教師が亡くなったことでしばらく講義が休みになった。

 在籍中の教師が死亡することは異例中の異例なのだそうだ。

 事件からしばらくは生徒達の顔色も優れず、まともに授業などできる状態ではなかった。

 寮監であるフランセスさんや外部から呼んだ心療士が個別にカウンセリングを行っていたものの、果たしてどれ程の効果があっただろうか。

 生徒達の心の傷は、そう簡単に癒えることはないかもしれない。


 ヴィルヘルム先生が壇上に上がり挨拶をする。


「本日をもって今年一年の講義が終了となる。多くの者が知っているだろうが、今年は痛ましい事件があった。特に間近で経験することとなった一年生諸君には、心に傷を負うことになった者も多いだろう。全て私の不徳の致すところだ。深く詫びよう」


 そう言ってヴィルヘルム先生が深々と頭を下げる。

 同時に他の教師も頭を下げていた。

 この一年で本当に色々なことがあった。

 特に私とユーリは二度、アレクシアを狙った襲撃に巻き込まれることになった。

 でも私はアレクシアと友達になったことを後悔などしていない。

 アレクシアは旧王国派に向かって、私たちを守ると宣言してみせた。

 ならば私はずっとアレクシアの味方でいようと思う。

 それはアレクシアがライゼンフォート家のお嬢様だからではなく、アレクシアが私の親友だからだ。

 そう決意を新にし、私は膝の上で拳を握りしめた。

 ヴィルヘルム先生の挨拶は続く。


「本日をもって当校を卒業する六年生諸君。卒業おめでとう。諸君らはこの六年間で多くのことを経験し、学んだはずだ。それをどう活かすかは諸君のこれからにかかっている。優秀な成績を修めたものもそうでないものもいるだろうが、一層の活躍を期待している」


 余談ではあるが、ダンケルさんはなんとドラッケンフィールでの就職が決まった。

 最後の最後で仕上げた回復魔術に関する研究が高評価を得たらしい。

 入学当初、一緒にケーキを食べに行ったときは半ば諦めていた様子だったけれど、あの後一念発起して頑張ったそうだ。

 前に顔を合わせたときに、嬉しそうに報告してくれた。


「在校生も来年は一つ学年が上がる。講義の内容はより難しく複雑になるだろう。特に五年生は来年が最終学年だ。今年の成績が良かった者もこれまで以上の努力を期待したい」


 私の一年生の成績は非常に良かった。

 少し前に実施された期末試験では筆記試験の他に薬を調合する実技試験も行われたが、どちらにおいても優秀な成績を修めることができた。

 筆記試験ではこれまで頑張って授業を受けてきた甲斐もあって満点をとることができたし、実技試験でも授業の時と同じように短時間で良質な薬を調合することができた。

 終業式の直前にもらった今年の成績表では、「総合成績学年一位」という評価をもらった。

 でも私は慢心するつもりはない。

 お母さんとの約束だ。


 お母さんと言えば、授業が休みのときにヴィルヘルム先生が私に会いに来た。

 なんでもお母さんがくれたお守りの魔方陣を見たかったそうだ。

 やっぱりお守りを他人に渡すのにはちょっと抵抗があったけれど、他ならぬヴィルヘルム先生の頼みなので仕方なく見せることにした。

 ヴィルヘルム先生はじっくりお守りを観察した後、「持って帰って研究してもいいだろうか?」と聞いてきたけれど、こればかりは丁重に断った。

 いくらヴィルヘルム先生の頼みでもそこまでは許可できない。

 ヴィルヘルム先生は残念そうに帰っていった。

 それだけこのペンダントはすごい魔導具なのだろうか?


「明日から魔法学校は休暇に入る。しっかり休んで今年一年の疲れを取り除き、また来年から勉学に励むように」


 最後にそう結ぶとヴィルヘルム先生は挨拶を終えた。

 その姿には少し元気がなかった。

 やはり二人の教師を失うことになったことを気にしているのだろう。

 お母さんのペンダントを研究させてあげたら良かったかな?

 ちょっとだけそんな気持ちが芽生えた。

 最後に別の先生が式を締め括り、私の魔法学校最初の一年は幕を閉じた。




 私とユーリは自分の部屋で帰る準備を整えていた。

 ドラッケンフィールの街で色々買い物をしたので来るときより荷物が多い。

 お母さんへのお土産のアクセサリーも、時間を見つけてバッチリ用意した。

 赤い宝石のついたペンダントだ。

 大きめの宝石が使われているだけになかなか値が張り、丸々二ヶ月ぶんのお小遣いを使うことになってしまったが後悔はしていない。

 お母さんからもらったペンダントは何度も私を救ってくれた。

 これがなければ私は生きてヘイグ村に帰れなかっただろう。

 それに比べればそんな金額大したことはない。

 コンコン

 そんなとき扉をノックする音が聞こえた。

 ユーリが扉を開けるとそこにいたのはアレクシアだった。


「どうしたの?」


 とユーリがアレクシアに問う。


「二人ともすぐに村に帰るの?」


 アレクシアが悲しそうな表情で聞く。


「うん、馬車が出る日は決まってるから……」


 帰りの馬車も私とユーリは一緒だ。

 コンラート村はまだしもヘイグ村はかなり遠いので、必然的に出発が早くなる。


「そう、寂しくなるわね……」


 アレクシアの悲しそうな顔の原因はこれだったらしい。

 この一年はずっとユーリとアレクシアと三人で行動していたため、私だって離ればなれになるのは少し寂しい。


「来月にはまた会えるんだから、それまでの辛抱だよ」


 ユーリがにっこり笑ってアレクシアを励ます。

 それでもアレクシアの表情は優れない。


「この一年あなたたち二人にはすごく迷惑をかけたわ。何度も命の危険に遭わせてしまって、本当に申し訳なく思っているの。そしてまだ信じられないの。あなたたち二人が私の友達になってくれたことが。休暇があけたら夢から覚めるんじゃないかって……」


 その声は少し震えていた。


「全くアレクシアは心配性なんだから。レイナも何か言ってあげてよ」


 ユーリが助けを求めてこちらをみる。

 私はアレクシアに言いたいことを考え……、思い付いた。


「ねぇ、アレクシアにひとつ聞きたいことがあるんだけどさ」

「え? この状況で質問?」


 ユーリが呆れた顔をする。


「何よ?」


 それでもアレクシアの了承がとれたので私は質問を続ける。


「もしものことなんだけどさ。もしもアレクシアがアシュテリアの王様になったらさ……」

「なに言ってるのよ! 私が王になるわけないでしょ!」


 少し怒ったアレクシアに遮られたが私は質問をやめない。

 どうしても聞かなければいけないことなのだ。


「だから『もしも』だよ。もしアレクシアがアシュテリアの王様になったら、『アレクシア・アッシュ・アシュテリア』って名前になるの?」


 それを聞いたユーリが吹き出す。


「なにそれ、変な名前! 『ア』ばっかり!」


 アレクシアの顔が真っ赤になった。


「そんな名前になるわけないでしょう! 私が王になったら『アレクシア・アシュテリア』よ。『アッシュ』は要らないわ!」

「えぇっ!? アレクシア王様になるの?」

「だからならないって言ってるでしょう!」


 笑い合う私たちを見て口を尖らせていたアレクシアだったが、しばらくしてつられたように笑いだした。


「本当にあなたたち二人が友達で良かったわ」


 良かった、これで少しは不安が晴れたかな?

 でも私の言いたいことはまだ終わっていない。


「ううん、アレクシアは私の友達じゃないよ」

「えぇっ!?」


 アレクシアの目が丸くなった。

 その反応に私はにんまりする。


「アレクシアは私の親友! もちろんユーリもね」


 私の言葉にユーリも笑顔でうなずく。


「二人とも……」


 アレクシアの瞳がうるうるしてきた。


「うわあぁぁーーーん」


 しかし、いきなり大声で泣き出したのはアレクシアではなかった。

 私たち三人が驚いて声のした方をみると、床にへたりこんで大泣きしている人物がいた。

 ゼノヴィアさんだ。

 私とユーリは呆気にとられてその姿をみる。

 顔をぐしゃぐしゃに歪めて涙を流すゼノヴィアさんは、普段の凛々しい姿とは遠くかけ離れていた。


「ちょっとゼノヴィア、いきなりどうしたのよ?」


 アレクシアがゼノヴィアさんに駆け寄る。


「だって。だって、これまでずっと一人ぼっちだったアレクシアお嬢様に親友が……。ふ、二人も! うわあぁぁーーーん」


 ゼノヴィアさんは言葉遣いまで乱れ始めている。


「こんなゼノヴィア初めてみたわ……」


 とうとうアレクシアもゼノヴィアさんを泣き止ませようとするのを諦めた。

 出かかっていた涙は引っ込んだようだ。

 それだけの衝撃だったのだろう。


「でも、私もすごく嬉しいわ。ありがとう、二人とも。来年もよろしくね!」


 アレクシアがこちらに向き直る。


「うん、来年も一緒に遊ぼうね!」

「また街に遊びに行こうね! 約束だよ!」


 私たちは三人で交互に抱き合うようにして別れを告げた。

 そしてその数日後に出発する馬車に乗り、アレクシアとゼノヴィアさんに見送られながら、私とユーリはドラッケンフィールの魔法学校を後にした。




「お母さん、ただいま!」


 村に帰った私は一目散に家へと向かった。

 勢いよく扉を開けると、いつものようにお母さんが椅子に腰かけて本を読んでいた。

 いきなり開いた扉にお母さんは少しびっくりしたようだったけれど、入ってきたのが私であることに気づくとにっこりと笑顔を見せてくれた。


「おかえり、レイナ。魔法学校は楽しかった?」


 その笑顔を見て私の胸は熱くなった。

 ずっとお母さんに会いたかった。

 話したいことがいっぱいあった。


「うん! 魔法学校ではすごく色々なことがあったの!」


 私は今年一年で経験したことを全て話した。

 ユーリとアレクシアの二人と親友になったこと。

 アレクシアが王家の血を引いているお嬢様だったこと。

 アレクシアを狙って二度の襲撃があったこと。

 一年生で一番の成績をとったこと。

 笑顔で相槌をうちながら私の話を聞いていたお母さんだったけれど、襲撃の話をしたときはさすがに眉をひそめていた。


「襲撃? 誰に襲われたの? 怪我はなかった?」

「うん、魔法学校の先生が二人とアレクシアの護衛の人が死んじゃったけど、生徒はみんな無事だったよ。アレクシアを狙った人の犯行だったの」


 お母さんのお守りが守ってくれたよ、とペンダントを取り出して微笑むと、お母さんはほっと安心していた。

 そして私の成績のことを話すと頭を撫でて褒めてくれた。


「よく頑張ったわね。でもこれで満足しちゃダメよ? これからもっと頑張らないと」


 それでもきっちり最後に釘を刺されてしまったけれど……。

 照れ隠しに私は買ってきたペンダントを取り出し、お母さんにプレゼントした。


「はい、これ。お守りをくれたお返し! 今度は私がつけてあげる!」

「ふふふ、ありがとうレイナ」


 お母さんは優しげな表情で微笑んだ。

 私は椅子に座るお母さんの後ろに回り、ペンダントをつけてあげた。


「お母さん、似合ってるよ!」

「私も大事にするわね」


 嬉しそうにペンダントを見つめるお母さんを見て私は満足だった。

 そのとき私はふと、お母さんに対する疑問を思い出した。

 その疑問を、今ここで聞くのは相応しくないのかもしれない。

 でも聞かなければならない。

 そんな気がした。

 すると私の迷いが伝わったのだろうか。

 お母さんに、「どうしたの?」と声をかけられた。

 私は意を決して切り出すことにした。


「お母さんは……、王家に恨みを持ってるの?」


 学校の授業やゼノヴィアさんからの情報で、王家に恨みを持つ人間について聞かされたときに浮かび上がった疑問だ。

 お母さんはキルシアスの魔法学校の出身だから、その可能性は高いと思っていた。

 もしかしたら私がアレクシアと仲良くするのを快く思わないのではないか、と心配になったのだ。

 お母さんはしばらく悩んでいた。

 話すべきか話さざるべきか悩んでいるようだ。

 でもその反応を見たらわかってしまう。

 恨みがないなら即座に否定すればいい。

 そうしないということは少なからず王家を恨んでいるのだ。

 そして私に気を使って、話すか話さないか決めかねている。

 私は少し悲しくなった。

 お母さんがゆっくり口を開く。


「すごく恨んだわ……」


 その言葉を聞いて私の気分は一気に落ち込んだ。

 聞かなければ良かった。

 わざわざ聞かなければお母さんの気持ちを知らずにすんだのに。

 余計なことをしてしまった。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、お母さんは言葉を続ける。


「ミスリームとの国境周辺の土地が、当時の王家に見捨てられたのは習ったんでしょう?」


 私はうなずく。


「私の生まれた村はね、そうやって見捨てられた村のひとつ。もう地図には載っていないの。焼かれてしまったから」


 お母さんは悲しそうな表情で話を続ける。

 それはもう二度と手に入らない過去を懐かしむような、そんな表情だった。


「そしてその村を焼いたのはね、ミスリームの兵じゃなくてアシュテリアの兵だったの」

「……え?」


 私は耳を疑った。

 授業でもそんなことは聞かされなかった。

 アシュテリアの兵が自国の村を焼く?

 一体なんのために?

 そんな疑問はお母さんの次の言葉で解決することになる。


「敵国に食糧や寝床を提供するくらいなら焼いてしまえ、って。私やその家族、他の村の人も住んでいたのにね」


 あまりのショックに開いた口がふさがらなかった。

 そんなことがあっていいのだろうか?

 いや、許されるはずがない。

 私はまるで心臓が握り潰されようとしているかのような、胸の痛みを感じた。


「住む場所をなくした私たちはキルシアスに向かって逃げたわ。他に行くあてはなかったから。でもほとんどの人はキルシアスまでたどり着けなかった。その途中で飢え死にしたり病気になったり、強盗や魔物に襲われたりしたから。私のお父さんやお母さんも死んだわ。仲の良かった友達も、近所のおじさんおばさんも。村で生き残ったのは私だけ」


 私にはもう耐えられなかった。

 心がズキズキと痛んだ。

 お母さんの怒りが、悲しみが、そして恨みが、まるで自分のことのように感じられた。

 それでもお母さんの話は終わらない。


「同じような境遇の人は他にもたくさんいたわ。そしてそんな私たちの敵はミスリームなんかじゃなかった。アシュテリア王国だったの。だから王家を恨んだ。だから私たちは……」


 最後の方はお母さんの声も震えていた。

 私は涙が出そうになるのを必死にこらえた。

 涙の理由は、お母さんの怒りが私にも伝わったからだ。

 お母さんを悲しませたやつらを許せないと思ったからだ。

 そして、アレクシアのことを嫌いになりそうな自分が嫌いになったからだ。

 今までいろんな人から旧王家のしたことを聞いていたのに、どこか他人事だと思っていた。

 私は当時生まれてもいなかったのだから、関係ないと思っていた。

 でもそれはとんだ思い違いだった。

 こんなにも身近に旧王家のしたことで苦しんだ人がいた。

 この怒りをどこにぶつければいい?

 直接お母さんを苦しめた旧王族の人々はもういない。

 たった一人、アレクシアを除いては……。

 旧王家への恨みをアレクシアにぶつけるなんて、馬鹿馬鹿しいと思っていた。

 アレクシアも内乱の時は生まれていないのだ。

 だから関係なんてないはずだ。

 でも他にいないのだ。

 恨みをぶつける相手が。

 アレクシアは私の大切な親友なのに……。

 うつむき涙をこらえていた私の頭に、お母さんの手がぽんとおかれた。

 そのままお母さんは優しく私の頭を撫でる。


「あなたは優しい子ね。私のために泣いてくれるの?」


 もう我慢の限界だった。

 抑えていた涙が一気に溢れ出す。


「でも私のために誰かを恨んじゃダメ。そんなことしてもなにも良いことはないわ」

「でも……」


 それでも私は恨まずにはいられない。

 大切なお母さんをこんなに苦しめたやつらを。

 そして……。


「アレクシアちゃんはあなたの大切な親友なんでしょう?」


 その言葉に私はハッと我に帰る。

 その通りだ。

 別れ際にアレクシアに宣言したばかりだ。

 アレクシアは私の大切な、大切な親友だ。


「それに私を苦しめた人間はみんな死んでしまったもの。アレクシアちゃんは関係ないわ」


 お母さんは私の頭を撫でながら続ける。


「でも……。だって……」


 けれど私の感情の昂りはおさまらない。


「アレクシアちゃんのこと、好きなんでしょう?」

「……うん」

「アレクシアちゃんとこれからも仲良くしたいんでしょう?」

「…………うん」

「だったら恨んじゃダメでしょう?」

「………………うん」


 私はしゃくりあげながら返事をする。

 お母さんは満足そうに微笑んだ。


「大切なものは絶対手放しちゃダメよ? 一度失ってしまったら、もう二度と手に入らないから」


 その言葉にはやけに説得力があった。

 きっとお母さんは色々なものを失ってしまったんだ。

 もう二度と手に入らないものがたくさんあるんだ。

 そしてそれを後悔しているんだ。

 私が村を旅立つ前に言っていた、「私みたいになっちゃダメ」とはそういうことなんだ。


「うん、ごめんなさいお母さん……」


 私はお母さんに謝罪する。

 けれどそんな私を見たお母さんは首を横に振った。


「謝る相手は私じゃないでしょう? 今度会ったらアレクシアちゃんにちゃんと謝るのよ?」

「うん……」


 そううなずくとお母さんは良し、と微笑み私の頭から手をどけた。


「それにね、昔は旧王家を恨んでいたけれど、今はもう恨んでないの」


 そう言うお母さんの顔は清々しかった。

 私を落ち着かせるために無理をして言っているようには思えなかった。


「なんで……?」


 そう私は問う。


「それはね……」


 そういうとお母さんは座ったまま私を引き寄せ、そのままぎゅっと抱き締めた。

 突然の行動に私は少し戸惑う。

 お母さんの声が耳元で聞こえた。


「今の私にはレイナ、あなたがいるから。あなたと二人で暮らしていられれば、私は幸せよ」


 その声はとても優しいものだった。

 私のことを本当に大切にしてくれているのだと実感できた。

 一度引っ込みかけていた涙が再び溢れ出してきた。

 私もお母さんの背中に手を回し、強く抱き締め返す。


「私も……、お母さんと一緒にいられれば幸せ……!」

「そう、ありがとう……」


 そのまま私は涙が止まるまでお母さんと抱き合っていた。

 お母さんは私が泣き止むまで、時には頭をなで、時には背中をぽんぽんとたたき、慰めてくれた。

 なんとか泣き止んだ私はお母さんから離れる。

 そしてちょっとだけ無理をして笑顔を作った。

 お母さんを安心させるためだ。

 私は自分の髪の毛を少し持ち上げてお母さんに見せる。


「ねぇねぇこの髪の毛、ドラッケンフィールにいる間に伸ばしたの。お母さんとお揃い!」


 そう言ってこの一年間の成果である、背中辺りまで伸びた金髪をゆさゆさと揺さぶった。

 といってもお母さんの髪の毛は腰の辺りまであるのでまだまだ及ばないのだけれど。

 お母さんはそれを困ったように見つめている。


「うーん、もうそろそろ切った方が良さそうだけど……」


 これを切るなんてとんでもない!


「えー、嫌だよ! お母さんとお揃いがいいの!」


 私は必死で抗議した。

 少し悩んでいたお母さんだったけれど、そこまで言うのなら……、と最終的には伸ばすのを許可してくれた。


「やった! お母さん大好き!」


 私はようやく心からの笑顔を見せることができた。

 お母さんも笑顔で応えてくれる。

 私は今とても幸せだ。

 お母さんも幸せだと言ってくれた。

 ならそれで満足だ。

 新学期、アレクシアに会ったらちゃんと謝ろう。

 私はそう心に決めた。


 こうして私の一年は終わりを告げたのだった。

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