閑話 魔法学校の校長ヴィルヘルム


 事件の事後処理を終え、椅子に腰かけた私はふう、とため息をつく。

 今日の出来事は老体にはずいぶん堪えた。

 中央から大急ぎで帰還し、その足で生徒達の救出に向かったのだ。

 それも当然か。

 私は戦士としてのピークはとうに過ぎている。

 今では思うように体が動かない。

 若い頃であればもっと早く現場に着き、事態の解決にも苦労しなかっただろうに……。

 魔術師の素質として必要なものには魔力の量や六属性の適性がまずあげられるが、最後にものを言うのは魔術の知識だ。

 魔法学校を卒業したばかりの若い魔術師と、何十年も魔術の研鑽に努めた老齢の魔術師であれば、後者の方が魔術師としての実力は圧倒的に上だ。

 しかし戦士としての実力となるとそうはいかない。

 どんなに魔術の知識があっても、実戦においてそれを扱うのは自身の肉体だ。

 そのため、魔術の知識は劣るが肉体的にはピークである若い魔術師は、剣などの武器と身体強化を用いた近接戦闘を好むのだ。

 そして肉体の衰えとともに武器を手放し、魔術一本に絞っていくこととなる。

 肉体と知識のバランスがとれた三十歳前後が、戦士としてのピークと言えるだろう。

 先の大戦に参加したときですらピークを過ぎていた私であったが、齢五十を超えた今となっては尚更前線で戦うことは体に堪えるのだ。

 話を戻そう。

 本来ならば、ドラッケンフィールに帰ってくるのはあと五日ほど遅くなるはずだった。

 しかし私は魔導大会が終わると同時に中央を発ち、高速移動を駆使して旅程を短縮して帰ってきた。

 そうした理由は別段深いものではない。

 単なる勘であった。


 思い返してみると、一年前に今年の入学者名簿にとある名前を発見したときから何かが起こる予感はしていた。


「アレクシア・アッシュ・ライゼンフォート」


 ドラッケンフィールに住む大人でその名を知らぬものはいない。

 一部の子供ですら知っている。

 彼女の生い立ちと彼女を取り巻く状況についても。

 彼女が学校に入学した直後に襲撃を受けたときも、正直「やはりか」と思ってしまった。

 それだけアレクシアの立場は危ういのだ。

 その襲撃は、休暇を迎えた頃に一段落したかに見えた。

 しかし私の胸騒ぎは消えなかった。

 休暇が終わった後には、私は魔導大会に参加する生徒を引率するため、魔法学校を離れることになる。

 さらに一年生の校外授業も組み込まれる時期だ。

 採取する素材の関係上、授業の時期をずらすのも難しい。

 そのため引率の教師を二人つけることにした。

 当然ライゼンフォート家の護衛もついていくはずだ。

 彼らは魔法学校の教師よりよっぽど腕がたつ。

 普通ならば十分安心できる戦力だっただろう。

 それでも魔導大会の間中ずっと、私は胸騒ぎを感じていた。

 繰り返すことになるがそこに深い理由はなかった。

 単なる勘だ。

 けれど私はその勘を信じることにした。

 先の大戦に参加したときも、その勘のお陰で救われたことがあった。

 そして、観光のために中央に残る生徒達の引率を同行した教師に任せ、私はすぐに魔法学校に帰還したのであった。

 その判断は正しかったと言える。

 私が魔法学校に到着したとき、学校は大騒ぎだった。

 ライゼンフォート家の護衛から、校外授業に向かった生徒達が襲撃を受け、引率の教師二人が死亡したと連絡があった直後だったのだ。

 すでに何人かの教師が生徒達を保護するために出発していた。

 私も出発の準備をしようとした。

 しかしそこにさらなる連絡が届いた。

 そこには生徒達が何者かに誘拐された旨と、連れ去られた場所の手がかりが吹き込まれていた。

 内容を確認した私は即座に現場に直行。

 先に到着していたゼノヴィアというライゼンフォート家の護衛と協力し、事件の首謀者を追い詰めた。

 しかし最後の最後で私は失態をおかした。

 ひとつ言い訳をするならば、そのときの私は極度の疲労状態にあった。

 そしてライゼンフォート家の護衛がいるのだからもう安心だろうと油断したのだ。

 ジェラルドと名乗る旧王国派のリーダーに、目眩ましの魔導具の発動を許してしまった。

 そんな私たちの尻拭いをしたのはレイナという女子生徒だった。

 いや、正確にはレイナの持つ魔導具だ。

 恐らくアレクシアを狙ったのであろうジェラルドの行動は、突如謎の魔術に阻まれた。

 私がなんとか周囲を確認できるほどに回復した頃には、ジェラルドは魔術に撃たれ悲鳴をあげていた。


 レイナは奇妙な生徒だった。

 そもそもゼノヴィアに生徒達が連れ去られた場所の手がかりを伝えたのもその少女だ。

 なんでもフレデリックの亡骸から連絡用の魔導具を抜きとり、それに周囲の目印になりそうなものを吹き込むことで、居場所を知らせようとしたのだそうだ。

 引率の教師達が目の前で死んだというのに、冷静に自分達が助かるための手をうってみせた。

 まだ十歳になったばかりの少女が、だ。

 しかも旧王国派の連中は、一度は生徒達を救ったのだ。

 普通なら警戒などしないだろう。

 混乱状況下にあればなおさらだ。

 もうひとつ驚いたのは、連絡用の魔導具に言葉が吹き込まれていた時間の長さだ。

 魔導具には一時間近くレイナの声が吹き込まれていたという。

 そのお陰で詳細な場所が把握できたのだ。

 けれどそれはすなわち、一時間にわたり魔導具に魔力を注ぎ続けたということだ。

 普通魔導具に言葉を吹き込む時間は、長くてもせいぜい十分程度だ。

 連絡用の魔導具は、思いのほか魔力を消耗するのだ。

 まだ一年生には魔導具を起動させる方法すら教えていないというのに……。


 レイナはヘイグ村というアシュテリア共和国の辺境にある村出身の生徒だ。

 思えばあの生徒には、どこか他の生徒とは違うところがあった。

 しかし私の知る限り、アレクシアのようにその出生が特殊だったわけではない。

 それでも確かに、「この娘は普通ではない」と感じさせる何かがあった。

 まずはその容姿だ。

 光のようにまばゆい金髪と、白い肌に閃くような金の瞳。

 そして何より美しく整った顔立ち。

 どこをとってもヘイグ村のような辺境の地には似つかわしくない。

 身にまとう衣服の質とその世間知らずさだけが、彼女が事実田舎で育ったことを物語っていた。

 特に驚くことになったのは、入学式の魔力測定の結果を聞いたときだ。

 レイナは私がこれまで見たことがないほどの膨大な魔力を持っていたのだ。

 直接測定を担当したロメルクはまだ教師としては若く、それほど違和感を感じていなかったが、私にしてみれば異常とも言えるほどの魔力量だった。

 レイナに興味をもった私は、ヘイグ村まで彼女を迎えに行ったグリンウィルに彼女のことを尋ねた。

 彼女について何か気になることはなかったか? と。

 グリンウィルはいくつかの情報をもたらしてくれた。

 まず、彼女の母親がキルシアスの魔法学校の卒業生であること。

 そして、お守りをレイナに持たせていたこと。

 その報告に私は言葉を失った。

 魔方陣の重ね合わせは、複数の魔方陣を重ね合わせることによってその効果を複雑にしたり、威力や効率を高めたりすることができるという画期的なアイデアで、十数年前に当時魔法学校の生徒だった者によって考案されたばかりのかなり新しい魔術体系だ。

 その後多くの魔術師によって研究が重ねられ、世間に広められるようになったのが今から七年前。

 つまりレイナの母親は魔方陣の重ね合わせを知るはずがないのだ。

 唯一知る方法があるとすれば、この七年の間に大都市に出向き、魔術研究所に出入りするなどして学ぶ他ないが、その可能性は低いと思われた。

 そのような人物がいればドラッケンフィールでは間違いなく話題になる。

 なにせ魔方陣の重ね合わせは非常に高い魔術の知識と豊富な魔力が必要になるのだ。

 そしてそんな者が不意に現れたらわざわざ田舎に返すことなどしない。

 家族がいたとしてもまとめて呼び寄せ、決して手放そうとはしないだろう。

 ドラッケンフィールを経由せず他の大都市や中央に出向くというのも不自然な話だ。

 ヘイグ村からではあまりに時間がかかりすぎる。

 それにそもそもヘイグ村まで、「魔方陣の重ね合わせという新たな魔術体系が考案された」との報せが届くとは思えない。

 いや、待てよ。

 そこで私はふと思い当たる。

 それ以外にもうひとつ、魔方陣の重ね合わせの技術を知る方法があるはずだ。

 それは「考案した本人に聞く」という手段だ。

 魔方陣の重ね合わせを考案した人物も、キルシアスの魔法学校の出身だったはずだ。

 レイナの母親の年齢は知らないが、在学時期が一致している可能性も十分考えられる。

 しかしそうなると新たな疑問が浮かび上がる。

 それだけの知識と技術を持つ魔術師が、なぜヘイグ村などという辺境で暮らしているのか、という疑問だ。

 そんな魔術師は引く手あまただ。

 その存在が知れれば、すぐにでも中央から声がかかるだろう。

 にも拘わらずそうしないのには、何か理由があるのだろうか?

 知りたい。

 私の中にそんな欲求が巻き起こる。

 レイナの母親がどんな人物なのか。

 いったいどれほどの知識や技術を持っているのか。

 一魔術師として興味はつきない。

 彼女の作製した魔導具の威力はこの目で確認済みだ。

 その魔導具は、ジェラルドの手からレイナとアレクシアを守った。

 敵の攻撃を受ける前に自動で発動し、防御と反撃を行う魔導具など見たことも聞いたこともない。

 反撃の威力も馬鹿げていた。

 さらにレイナの話によると、他人の悪意を察知し、持ち主に危険を知らせる機能まで備わっているらしい。

 ペンダントのような小さな魔導具に、よくそれだけの機能を詰め込んだものだ。

 他にもまだ知らない機能があるかもしれない。

 いったいあの魔導具にはいくつの機能が詰め込まれているのだろうか。

 あの魔導具を作製するのに、いったいどれだけの魔力が用いられているのだろうか。

 レイナの母親に会ってみたい。

 そう思わずにはいられなかった。


 しかしそういうわけにもいかない。

 今回の事件はまだ解決したとは言えないのだ。

 事件のあらましについてはある程度報告があがっていた。

 ジェラルドの自白によると、彼ら旧王国派が生徒達のもとに到着したとき、最初に生徒達を襲った襲撃犯の一人とアシュレイというライゼンフォート家の護衛が一騎討ち状態だったらしい。

 そこで彼らは自分達の正体を隠すため、そして戦っている二人の注意をそらすためにアレクシアに弱い魔術をぶつけ気絶させた。

 結果的に彼らの作戦はうまくいき、気をとられたアシュレイは死亡、旧王国派は残った襲撃犯を追い払うことで生徒達に取り入ったのだ。

 けれどここでわからないことがひとつある。

 その襲撃犯の正体だ。

 ジェラルドは、四人の襲撃犯と旧王国派は関係ないと言った。

 では彼らの正体はなんなのか。

 レイナの証言によると、その四人はアレクシアを始め生徒達に攻撃をしかける様子はなかったという。

 となるとアレクシアの命を狙う者達ではないのだろう。

 ……しかし、レイナの観察眼にはつくづく驚かされる。

 誰もが混乱していたところに、ゼノヴィアから二つの興味深い報告がもたらされた。

 一つは、彼らは見たことのない魔術を使っていたということ。

 そしてもう一つは、ゼノヴィアが追跡していた男は空を飛んで逃げたということ。

 

 しかしこれらの特徴に一致する者は存在する。

 けれどあくまで噂程度だ。

 それも北東の大国アルスより、さらに向こうの土地で広まっているような噂だ。

 アシュテリアでは知っているものの方が少ないだろう。

 その噂とは、「大陸の北東の端には誰も越えられない山脈が存在し、その向こうには魔族が暮らしている。彼らは見たことのない魔術を使い、空を飛んで山脈を越え、人間に攻撃を仕掛けてくる」というものだ。

 多くの人々はそんなものは単なる噂だと切り捨てる。

 だが一方で、実際に遭遇したという者も少なからず存在する。

 襲撃犯は本当に魔族なのだろうか?

 でもむしろ、魔法学校の教師をものともしない襲撃犯の存在より、魔族が襲ってきた、と考えた方が納得できる気もする。

 どちらにしろ襲撃の理由が謎であることに変わりはないが。

 魔族が人間の娘になんの用があるというのだ。

 彼らにとって旧アシュテリア王家の血が意味を持つとは思えない。

 この事件は解決に時間がかかりそうだ。

 しばらくドラッケンフィールからは離れられなくなるだろう。

 レイナの母親に会いたい気持ちは山々だが、ヘイグ村は遠い。

 しかも、道中に発展した町がいくつもあって野宿の必要がまずない中央への道のりとは訳が違う。

 高速移動を使えば旅程は短縮できるが、野宿と高速移動の連続はさすがに五十を過ぎた老体には厳しい。

 かといって呼び寄せるというのも失礼だろう。

 今は我慢せねばなるまい。

 とりあえず今度レイナに頼み、直接魔導具のペンダントを見せてもらおう。

 この歳になっても魔術の研究には心が踊る。

 魔法学校の校長という立場についてはいるが、私は根っからの研究者なのだ。

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