第二十三話 終結
「またこんなことがあるのかな……」
迎えを待っている間、誰かがそう呟くのが聞こえた。
安堵しかけていた生徒達に、再び緊張が走る。
「何でそんな不安になること言うの?」
別の誰かがその生徒をたしなめる。
しかし声の主は言葉を続けた。
「だってさ、あの人たちはライゼンフォートさんを狙ってたんだろ? 僕たちは学校を卒業するまでライゼンフォートさんと一緒じゃないか。いつまたこんなことがあっても……」
「おい!」
また誰かが怒号をあげ、生徒たちは騒々しくなる。
この場を収めるべきヴィルヘルム先生は、他の教師の目印となるべく建物の外に出てしまっている。
「そうよ、私たちは関係ないのに巻き込まれた! もうこんな目に遭うのは嫌!」
「先生が二人も死んだんだ! 何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!」
それらの言葉は暗にアレクシアを責めていた。
お前のせいでこうなったんだ、と。
そういった声は少なくない。
アレクシアはその様子を、口を真一文字に結んで見つめている。
私はふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。
確かに私たちが襲われた原因は、アレクシアにあるのかもしれない。
でも、そのアレクシアが旧王国派を止めなければ生徒は全員殺されていたのだ。
私たちはアレクシアによって守られたというのに、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはまさにこの事だ。
アレクシアは王になろうとすればいくらでもなることができる。
それでもそれを拒絶し、ライゼンフォートの人間としてドラッケンフィールに住む私たちを守ることを選んだ。
しかし、その身を盾にしてまで守ろうとした民の反応がこれか。
これではアレクシアの決意も報われない。
私は怒りに任せ、声をあげた生徒達に向かって一歩踏み出そうとした。
そのとたん大声が上がる。
「俺は!」
一人の男子生徒が立ちあがり、アレクシアを責めていた生徒達を睨み付ける。
カイルだ。
「俺は、ライゼンフォートさんをすごいと思った。怖い大人達に囲まれて、自分達の王になれって脅されて、俺だったら大人しく言うこと聞いちゃうと思う。それだけじゃなく、自分はライゼンフォート家の娘だから俺たちを守る、って。今までずっとライゼンフォートさんを避け続けてきた俺たちを守るって、面と向かって言い切った。みんなが言う通り俺たちとライゼンフォートさんが関係ないなら、見捨てられててもおかしくないだろ? それなのに守ってくれたんだ。だから俺はライゼンフォートさんをすごいと思った。これが人の上に立つ人間の姿なんだって。ライゼンフォートさんなら本当に俺たちをずっと守ってくれるって」
だから、その……とカイルの言葉は尻すぼみになってしまった。
けれどその言葉を継ぐ者がいた。
シンディだ。
「そうだよ、それに関係ないって言うならライゼンフォートさんだって関係ないよ。ライゼンフォートさんは何も悪いことしてないのに悪いやつらに狙われてる。私たちなんかよりよっぽどライゼンフォートさんの方が、巻き込まれただけの被害者じゃない!」
それを聞いて、確かにアレクシアを責めるのは間違っている、アレクシアは自分達を守ってくれた、という声がわずかにあがる。
そのほとんどは休暇の間に仲良くなった生徒達だったが、あまり面識のない生徒も数人混じっていた。
それはおそらく十人いるかどうか、というくらいだったけれど、それでもアレクシアを責める声を静めるには十分だった。
すーっと私の怒りが引いていった。
毒気を抜かれた私はアレクシアを見遣る。
アレクシアはその様子を唖然として見つめていた。
まるで何か信じられないものを見ているようだった。
良かったね、アレクシア。
アレクシアの決意はちゃんと伝わっているよ。
しばらく待っていると、ようやく魔法学校の教師やライゼンフォート家の護衛たちが、ドラッケンフィールの警吏を伴って到着した。
警吏は縛り上げられている旧王国派を連行していく。
最初にゼノヴィアさんの攻撃にやられた男は、やはり死んでいたようだ。
警吏によって死が確認されていた。
ジェラルドは息を吹き返しており、なんとか自分の足で歩いている。
「待ちなさい!」
不意にアレクシアが、連行される旧王国派たちを呼び止めた。
その視線はジェラルドに向けられている。
「お嬢様、何をなさるのです?」
護衛の一人がアレクシアを止めたが、彼女はそれを遮りジェラルドに話しかける。
「私は王になることは決してないけれど、あなた達の思いがわかったのは本当よ。この国には変えなければならない部分があることも知った。私はアシュテリアが真の意味で全ての国民を守る国になるよう、ライゼンフォート家の娘として国に働き掛けていくことを誓うわ」
アレクシアは毅然とした態度でそう言いきった。
本人は否定するだろうけど、その姿を見る限り彼女に王たる資格があることは間違いなかった。
「ありがとう……ございます」
ジェラルドは深々と頭を下げる。
他の三人もそれに倣った。
「お礼にひとつ忠告をして差し上げましょう」
ジェラルドが顔をあげ、アレクシアを見つめる。
警戒した護衛の一人が二人の間に身を挟むが、それを気にせずジェラルドは話し出す。
「我々は王国派の中でも『穏健派』と呼ばれる者です。我々の第一の目的は、アレクシア様にご自身の意志で王の座についていただくことでした。今回の事件を起こしたのも、アレクシア様に我々の現状を聞いていただくために他なりません。先ほどお伝えしたように、我々の思いを理解してくださるアレクシア様こそ、我らの王にふさわしいと思っているからです」
ジェラルドは一旦言葉を切り、険しい表情を見せる。
「しかし、中にはそうでない者もいます。それは『過激派』と呼ばれる者達で、王家の血を引いてさえいれば王は誰でも良い、自分たちにとって都合の良い王が欲しい、という考えで行動しています。つまりその者達にとって、自分の思い通りにならないならば、王はアレクシア様でないほうが良いのです。例えばそう……、貴女の子供であるとか……」
私には最後の言葉の意味はよくわからなかった。
しかし意味の通じたらしいライゼンフォート家の護衛達が、一斉に気色ばむ。
ジェラルドの言葉には、それほど嫌な意味が込められているのだろうか?
当のアレクシアは、その意味が分かっているのかわかっていないのか、特に表情を変えずに聞いていた。
「これから貴女を狙う襲撃は、過激派のものが多くなるでしょう。そうなれば貴女の身の安全は保証されません。どうかお気をつけください。そして必ずや先ほどの誓いが果たされることを祈っております」
最後にそう言い残すともう一度深々と頭を下げ、ジェラルドは警吏に連れられていった。
アレクシアはなんともいえない表情でそれを見送っていた。
「ねぇ、ゼノヴィア」
ふいにアレクシアがゼノヴィアさんに声をかけた。
「なんでしょう? お嬢様」
「ゼノヴィアも彼らに同情したんでしょう? じゃないと魔導具の発動なんて許すはずがないもの」
それを聞いて私は少し驚いた。
ジェラルドの叫びを冷たく切り捨てたゼノヴィアさんが、彼らに同情しているようには見えなかった。
しかし、ゼノヴィアさんは神妙な面持ちでこれを肯定した。
「返す言葉もございません……」
アレクシアはゆっくり首を振る。
「いいのよ。私だって同情したんだから、ゼノヴィアが同情するのも仕方ないわ。それより助けに来てくれてありがとう。でもどうしてここが?」
「それは……」
そう言ってゼノヴィアさんは私の方を見た。
アレクシアもこちらに視線を向ける。
私はにっこりと微笑んだ。
さぁ、種明かしの時間だ。
「本当にありがとう。娘が無事帰ってこられたのは君のお陰だ」
そう言って私に頭を下げるのは現ライゼンフォート家当主、オーウェン・アッシュ・ライゼンフォートさん、つまりアレクシアのお父さんだ。
アレクシアと同じ紅い髪の持ち主で、年齢は三十代後半だろうか。
少し疲れたような表情からは、これまで娘の身を案じていた気苦労と、その娘が無事に帰ってきた安堵が見てとれた。
私は今アレクシアとヴィルヘルム先生を交え、魔法学校の校長室でオーウェンさんと話をしている。
「いえ、そんな。私も自分達が助かるために必死で……」
私はそう謙遜したものの、内心は少し得意になっていた。
そう、私たちが連れていかれた場所をゼノヴィアさんに伝えたのは私だ。
思えば最初からあの五人は怪しかった。
まず、連絡を受けて応援に来たにしては早すぎたし、あまりにもタイミングが良すぎた。
アレクシアが気絶し、アシュレイさんが死に、誰も彼らの正体がわからないタイミングでの登場だった。
それにジェラルドはアレクシアのことを「お嬢様」ではなく「アレクシア様」と呼んだ。
でもこれだけならまだ、たまたまそういうタイミングだったのかもしれない、そういう呼び方をする護衛もいるかもしれない、とあまり違和感を感じなかっただろう。
決定打になったのは、彼らが状況を確認した時だ。
ジェラルドは、「亡くなった魔法学校の教師たちは不運だった」と言っていた。
アシュレイさんが死んだことに言及しなかったのだ。
それにゼノヴィアさんの所在にも触れなかった。
護衛についていたはずのゼノヴィアさんがいないのだから、普通はその所在を確認するはずだ。
つまり彼らはゼノヴィアさんとアシュレイさんのことを知らなかったということになる。
それらのことに違和感を感じた私は、誰かに助けを求める方法を考えた。
そこで思い当たったのが、フレデリック先生が持っていた連絡用の魔導具だ。
私はフレデリック先生の心配をする振りをして、そのポケットから魔導具を取り出した。
ジェラルドにバレるのではないかとひやひやしたけれど、先生を心配しているだけに見える私のことを、それほど気に止めはしなかったのだろう。
ジェラルドには気づかれなかった。
この時点で私は、これから連れられていく場所の手がかりになりそうなものを魔導具に吹き込み、誰かに飛ばして助けを求めるつもりでいた。
でも、この計画にはいくつもの不安要素が付きまとっていた。
まずは魔導具の使い方だ。
フレデリック先生に軽く使い方を教わってはいたけれど、当然魔導具を起動した経験などない。
ぶっつけ本番で魔石に魔力を流す必要があったのだ。
二つ目は魔導具を送る相手だ。
フレデリック先生のポケットには、連絡用の魔導具はひとつしか入っていなかった。
魔法学校の誰かに送ることも考えたけれど、魔法学校の教師は状況を把握していないだろうから、場所の手がかりだけ教えてもその後の対応に遅れが出る可能性が高かった。
旧王国派に取り囲まれている中で、一から全部を吹き込むわけにはいかないのだ。
一方ゼノヴィアさんに送るのであれば、彼女は確実に状況を把握しているため、すぐに私たちが連れ去られたと気づいてくれるはずだった。
けれどゼノヴィアさんに送った場合、最悪本人に届かない可能性がある。
ゼノヴィアさんは最初に襲ってきた男を追跡中だった。
もしかしたらそっちに手一杯だったり、途中で返り討ちにあっていることも考えられた。
それでも私は迷ったあげく、ゼノヴィアさんに魔導具を送った。
ゼノヴィアさんを信じていたからだ。
そして最後は魔導具を飛ばすことになる場所だ。
拓けた見通しの良い場所で飛ばさざるを得なくなった場合、旧王国派の誰かに見つかってしまうおそれがあった。
もし見つかったら即座に私たちは皆殺しにされ、アレクシアだけ連れ去られていただろう。
しかし私は、これらの賭けの全てに勝った。
私たちが連れていかれたのは林の中だったから見通しは悪く、虫や鳥など魔導具と誤認しそうなものもいっぱいあった。
魔導具の発動も難なくできた。
私が五人に見えないように魔導具を握りしめると、私から魔力が流れ出ていくのを感じた。
そして落ち着きのない子供を演じて魔導具に居場所の手がかりを吹き込み、ゼノヴィアさんの元へ飛ばした。
私の願い通り魔導具はゼノヴィアさんの元へ届き、ギリギリのところで助けに駆けつけてくれた。
どれかひとつでも歯車が噛み合っていなかったら、到底助けが来ることなどなかっただろう。
ゼノヴィアさんは結局、追跡していた男を逃がしてしまったらしい。
仕方なく再び私たちと合流しようともとの場所に戻ったが、そこには誰もおらず、アシュレイさんとさらにもう一人の死体が増えていた。
ゼノヴィアさんは即座に私たちが誘拐されたと思い至ったが、連れ去られた場所の手がかりは一切ない。
途方にくれていたところに私の送った魔導具が到着。
内容を確認したゼノヴィアさんは、すぐにライゼンフォート家と魔法学校に私たちが誘拐されたことと場所の手がかりを伝え、自身は私の伝えた情報をもとに生徒達の行方を探し始めた。
ライゼンフォート家と魔法学校にはゼノヴィアさんが追跡中に連絡を入れていたため、その後の反応は早かったそうだ。
そして偶然、ヴィルヘルム先生が中央から早く帰還していたのも幸運だった。
ヴィルヘルム先生はゼノヴィアさんと同じく木属性の身体強化により高速で移動できるため、報告を受けてすぐさま飛び出したとのことだった。
その結果二人の到着が間に合い、私たちは助かることができたのだ。
「いや、君には何かお礼をしなければ私の気がすまない。ライゼンフォート家の力でできることならなんでもしよう」
そう言ってオーウェンさんは私を力強く見つめる。
「私からも礼を言わねばなるまい。君の行動のお陰で我が校の生徒が助かったのだ。もし君からの連絡がなく、生徒達に危害が加えられていようものなら、私は死んでも死にきれん」
そう私を労うのはヴィルヘルム先生だ。
二人に感謝され、私は恐縮する。
この二人は私が直接知る限り、最も偉い人ツートップだ。
今の私は旧王国派に誘拐されたときより緊張しているかもしれない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、さらにオーウェンさんが言葉を続ける。
「君のことはアレクシアからよく聞いている。君ともう一人、ユーリという子のお陰で楽しい学校生活が送れている、と。君は私の、そしてアレクシアの恩人だ。さぁ、なんでも望みを言いなさい」
そんなこと言われても咄嗟に望みなど出てこない。
ヘイグ村で慎ましやかな生活を送ってきた私には、特に欲しいものなどないのだ。
私は困ってしまった。
「お父様、そのくらいにしてあげて。レイナが困ってるわ」
そんな私にアレクシアが救いの手をさしのべてくれた。
「少し考える時間をあげないと。私が今度聞いておくから、それで良いでしょう?」
どうやら「何も要らない」という選択肢はないようだ。
本当に困ったなぁ。
それもそうか、とオーウェンさんが納得したようにうなずく。
「何か困ったことがあればいつでもライゼンフォート家を頼りなさい。この恩に報いたい」
最後にそう告げ、オーウェンさんは護衛を伴って帰っていった。
私とアレクシアも退室し、自分達の部屋へと戻ることにした。
途中広間を通った時にユーリと合流した。
「今日はいろいろ大変だったね。生きた心地がしなかったよ……」
ユーリは心底ほっとした表情で告げる。
「私もよ。誘拐未遂はこれまでもあったけど、ここまで危ない経験は初めてだったわ。本当にレイナの機転がなかったらどうなっていたことか……」
本当にありがとう、とアレクシアにも感謝された。
けれど私は首を横に振る。
「でも、フレデリック先生も、ジェイン先生も、アシュレイさんも死んじゃった。全員は助けられなかった……」
私がそう呟くと、アレクシアとユーリも暗い顔でうつむく。
それにまだ事件が全て解決したわけではない。
最初に二手に別れて私たちを襲った男たちは、旧王国派ではなかった。
ジェラルドがそう断言したらしい。
そしてゼノヴィアさんも男の追跡に失敗したため、彼らの正体は謎のままなのだ。
それに彼らの目的も不明だ。
彼らはアレクシアの命を狙っていた訳ではない。
終始私たち生徒に攻撃を加えようとはしなかった。
唯一の攻撃が、剣を持って男に切りかかろうとする私に向けられたものだったのだ。
彼らの目的がアレクシアの殺害であれば、護衛などに構わず魔術を撃ち込みさえすれば一瞬で片がつくはずだ。
そうしなかったということは目的は誘拐か。
しかし旧王国派以外の人間がそれをする理由も思い当たらない。
考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。
私はかぶりを振る。
考えるのはやめにしよう。
私は私にできる精一杯のことをした。
そのことで生徒が助かったのは事実だ。
それ以外のことを考えても仕方がないじゃないか。
「あの、ライゼンフォートさん……」
突然アレクシアに声がかかった。
見るとそこにはカイルやシンディ、事件の直後にアレクシアを庇っていた生徒達がいた。
「俺たち、やっぱりライゼンフォートさんにお礼が言いたくて……。ライゼンフォートさんが庇ってくれなかったら、俺たち死んでたと思うし。だから、ありがとう」
カイルがそう言うと、みんな次々と感謝の言葉を口にする。
その様子を見ていたアレクシアがゆっくり口を開く。
「『アレクシア』……」
「えっ?」
みんなは困惑した表情を浮かべた。
「『ライゼンフォートさん』じゃなくて『アレクシア』で良いわ……」
アレクシアはつんとした表情でそう告げる。
「じゃあ……、アレクシアさん……」
戸惑いぎみにカイルがアレクシアを呼ぶ。
アレクシアは不満げにふん、と鼻をならし、そっぽを向いてしまった。
その態度を見たカイルたちはうろたえる。
けれど私とユーリは知っているのだ。
こういうときのアレクシアは、本当はすごく喜んでいるのだと。
私とユーリは顔を見合わせて笑う。
後でみんなに教えてあげないと。
こうして私の魔法学校一年生における、最大の事件は幕を閉じた。
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