第二十二話 アレクシアの決意
「あなたたちの思いは、よくわかりました」
その言葉を聞いた旧王国派の五人は、喜色に満ちた表情でアレクシアを見上げる。
「おぉ、では我らの王になっていただけるのですか?」
彼らにはアレクシアの返答がそう聞こえたようだ。
生徒の中にも絶望的な顔をしている者がいる。
旧王国派の五人とは対照的だ。
しかし、私はアレクシアの返答を違う意味にとらえていた。
アレクシアの姿は、王の姿ではなかった。
あれはあくまでも……。
「いいえ、私は王になるつもりはありません」
アレクシアはきっぱりと首を横に振る。
その答えはジェラルドの予期せぬものだったのだろう。
「何故です!」
ジェラルドが気色ばみ、立ち上がった。
「貴女にはわかるはずだ! 自分とは関係のないことで周囲からは冷たい視線にさらされ、辛く当たられる気持ちが! 誰も手をさしのべてくれない孤独が! 我々の思いがわかると、たった今おっしゃったでしょう? それなのに何故!?」
「旧王家の血を引いているとしても」
まだ何か言いたそうだったジェラルドをアレクシアが遮る。
「私はあくまでも『アレクシア・アッシュ・ライゼンフォート』です。私は王族ではありませんし、これからも王族になるつもりはありません。私はライゼンフォート家の者として、生涯ドラッケンフィールとそこに住む民を守ると決めています。これは私の、私としての矜持です。誰に何を言われようと変わることはありません」
最後にアレクシアはジェラルドたち旧王国派を睨み付けながら言い放つ。
「あなたたちは私の大切な民を殺そうとしました。つまり私の敵だということです。そんなあなたたちに協力するつもりは一切ありません!」
「そう……ですか。それは残念です」
ジェラルドは悲しそうにアレクシアから目をそらした。
再びアレクシアに向き直ったとき、その瞳には明らかな悪意が満ちていた。
「なら、仕方ありません。無理にでも王となっていただきます」
ジェラルドはアレクシアに向かって一歩踏み出す。
アレクシアが身構えた。
「あぁ、そうだ」
しかし、ジェラルドは一度その歩みを止めた。
そして残りの旧王国派に向けて指示を出す。
「残りの生徒は殺せ。今度は全員だ」
「待ちなさい! 他の子達は関係ないと……!」
アレクシアが慌てて止めに入るが、今度はその制止は意味をなさなかった。
ジェラルドが冷たい表情で言い放つ。
「アレクシア様が自らの意志で王となるならば、その証人とするために生かしておくつもりでしたが、その必要はなくなりました。それに何より……」
一度言葉を切ったジェラルドはこちらに向き直る。
「この期に及んで貴女に対して冷たい態度をとり続けたこいつらを、このまま帰すのは我慢ならないのです」
それを聞いた生徒から悲鳴があがった。
残りの四人が私たちを取り囲む。
「待って、少し考えさせて! みんなに手を出さないと約束するなら私も……!」
アレクシアのせめてもの懇願は、ジェラルドによってあっさり却下された。
「もう時間はありません。こうしているうちにもライゼンフォート家の護衛にこの場が見つかるかもしれないのです。彼らは優秀でしょう? 我々もこの機会を得るのにどれ程苦労したことか……」
「その通りです。あなたたちにもう時間はありません」
突如、聞いたことのある女性の声が響き渡った。
「ぐわっ!?」
次の瞬間、私たちの一番近いところにいた旧王国派の男が悲鳴をあげて倒れた。
その胸には魔術の矢が突き刺さっている。
「な、なんだ!?」
困惑するジェラルドの前に立ち塞がるのは、私が心から待ち望んでいた人物。
黒い衣装に短めの銀髪。
右手には細身の短剣を持っている。
なんとか間に合ったようだ。
「ゼノヴィア!!」
アレクシアが喜びに満ちた声をあげる。
「お待たせいたしました、お嬢様。もうご安心ください。やつらには指一本触れさせません」
その人物、ゼノヴィアさんをジェラルドが憎々しげに睨む。
「なぜだ、どうしてここがわかった?」
そしてふと思い至ったかのように私へと視線を移す。
憎々しげな表情は変わらない。
「そうか、お前か」
私は怯まずにジェラルドを睨み返す。
ジェラルドは瞳に怒りを滾らせ私の方へ向かってきた。
しかしすぐにゼノヴィアさんの魔術に狙われ、そちらの対応に追われることとなる。
ゼノヴィアさんは矢のような魔術を次々と飛ばし、旧王国派を私たちに近づけさせない。
「怯むな! 相手は一人だ!」
そう一人の男が声をあげた、と思いきやその男は吹き飛んだ。
見るとその近くの壁に大穴があき、外の景色が見えていた。
そしてその瓦礫の中に仁王立ちしている人物は、短く刈り込んだ白髪と浅黒い肌を持ち、少し小柄でほっそりした体型の初老の男性だ。
「ヴィルヘルム先生!」
誰かの叫び声が聞こえた。
ヴィルヘルム先生はゆっくりと建物の中に進入する。
「歳をとるとどうにもスピードが落ちるな。もう少し早くつく予定だったんだが……」
首をかしげながら旧王国派に向き直る。
「貴様達、我が校の生徒に手を出しておきながら、ただで済むと思っているんじゃないだろうな?」
その表情には怒りがこもっている。
いつにもまして厳つい顔だ。
「ヴィルヘルム!? 中央にいるはずでは?」
ジェラルドが驚愕する。
「年寄りの予感は当たるものだ」
ヴィルヘルム先生は恐ろしい笑みを浮かべた。
そしてそのままジェラルドに向けて魔術を打ち出す。
ジェラルドも魔術でこれを相殺、……しきれずに吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられ呻き声をあげる。
先ほど吹き飛ばされた男が立ちあがり、ジェラルドの援護に向かう。
二対一の戦いとなったがヴィルヘルム先生は一歩も引かない。
二人の攻撃を軽くあしらい、自分の魔術を叩きつける。
その度に建物が音をたてて揺れた。
私はだんだん建物の強度が心配になってきた。
その頃、ゼノヴィアさんも旧王国派の二人と戦っていた。
最初に胸に矢を受けた男が起き上がることはなかった。
すでに事切れているのかもしれない。
ゼノヴィアさんはまたしても矢のような魔術を飛ばして男達を攻撃している。
それを飛び退いてかわした男が着地した先には……、なんとゼノヴィアさんが待ち構えていた。
「なっ!?」
男の顔が驚愕に歪む。
ゼノヴィアさんは表情を変えずに何やら魔術を発動させ、男を縛り上げる。
身動きのとれなくなった男はその場に倒れ込んだ。
しかし、それを好機とみたのかもう一人の男がゼノヴィアさんに飛び掛かる。
男の持つ剣がゼノヴィアさんを切り裂いた、かに見えた。
一切の手応えがなく、そのまま振り抜かれた剣の反動で男がよろめく。
この幻覚魔術はゼノヴィアさんの十八番だ。
直後にどこからともなく現れたゼノヴィアさんによって、その男も縛り上げられた。
一方のヴィルヘルム先生の戦いも決着がつきかけていた。
ヴィルヘルム先生の雷のような魔術の直撃を受けて、男が倒れる。
これで残すはジェラルドただ一人だ。
ヴィルヘルム先生の攻撃を受け続けたその姿は、すでにぼろぼろだ。
ジェラルドは怒りのこもった目でゼノヴィアさんとヴィルヘルム先生を睨む。
「なぜ邪魔をする!? 私たちは現状を変えたいだけなのだ! かつての栄華を望んでいるわけではない! 普通の暮らしができればそれで良いのだ! 罪人の家族にはそれすらも許されないのか!」
その悲痛な叫びに私の胸がズキリと痛む。
今まで私は旧王国派のことを悪だと思っていた。
共和国政府に反旗を翻していたずらな混乱を招き、自分達が豊かに暮らしたいだけの自己中心的な者達だと思っていた。
でもそれは違うと今日思い知らされた。
彼らも戦で故郷や家族を失った者達と同じ、心に傷を負った人間だった。
立場は違えど、同じ人間だ。
彼らも救いを求めているのだ。
しかし、ゼノヴィアさんはそんなジェラルドの叫びを一笑に付した。
「あなたの事情は存じませんが、私にとってあなた方はアレクシアお嬢様を連れ去った誘拐犯以外の何者でもありませんし、その事については情状酌量の余地もございません。観念してください」
冷酷にそう告げ、ジェラルドを捕縛するために近づいていく。
その少し後にヴィルヘルム先生がいつでも魔術を撃てるように待機する。
私はその様子を見つめるアレクシアに近づいた。
「終わったね、アレクシア」
「えぇ」
「みんな無事で良かったね。先生達やアシュレイさんは死んじゃったけど……」
「えぇ」
アレクシアの返答が素っ気ないのは、やはり旧王国派に対して何か思うところがあるからだろう。
王になるつもりはないと宣言していたけど、旧王国派の境遇を知ったことはアレクシアの心に深く爪痕を残したに違いない。
「ねぇ、アレクシア?」
「……なぁに?」
「アレクシアはずっとアレクシアのままだよね?」
私はアレクシアにそう問いかけた。
すると初めてアレクシアは笑顔を見せた。
「当たり前じゃない、何言ってるのよ」
私たちは見つめ合い、にっこりと微笑んだ。
その時、辺りがまばゆい光に包まれる。
私は光源に対して背を向けていたからあまり影響はなかったけれど、直視することになったアレクシアは目が眩んだようだ。
「くっ! お嬢様、お逃げください!」
背後からゼノヴィアさんの警告が聞こえた。
慌てて振り向くとジェラルドがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
光の原因はジェラルドだったようだ。
ゼノヴィアさんもヴィルヘルム先生も光を直視してしまったようで、ジェラルドに対応できずにいる。
「何? どうなっているの?」
アレクシアにも周りが見えていない。
動けるのは私だけだ。
でも咄嗟のことに足がすくんで動かない。
私は慌ててアレクシアを庇うように覆い被さった。
助けて、お母さん!
「がああぁぁっ!!」
直後に耳元で男の悲鳴ととも、バリバリと耳をつんざくような音が聞こえた。
私は恐怖のあまり目をつぶっていたので何が起きたのかわからない。
しばらくするとその悲鳴は音ともに止んだ。
私は恐る恐る目を開ける。
そこにはジェラルドが倒れていた。
その体にはところどころ火傷ができており、服も焼け焦げていた。
目眩ましから立ち直ったゼノヴィアさんが私たちのもとへ駆けてくる。
「申し訳ございません。油断をしたつもりはなかったのですがこのような奥の手があるとは思わず、お嬢様を危険にさらしてしまいました」
ゼノヴィアさんが悔しそうに謝罪する。
「私は平気だけど……、何があったの?」
アレクシアがそう尋ねた。
それは私も気になるところだ。
もしかしたら私たち二人が一番状況を把握できていないかもしれない。
「それが……」
ゼノヴィアさんが困惑した表情を浮かべる。
「私にもよくわからないのです。この男がお二人に飛び掛かろうとした瞬間魔術に撃たれ、しばらくして倒れました」
「ヴィルヘルム先生の魔法じゃなくて?」
アレクシアの問いにゼノヴィアさんが首を横に振る。
「それはありません。ヴィルヘルム先生も目眩ましにやられ、対応できなかったようですから」
だとすると可能性はひとつしかない。
私のお守りだ。
お母さんの言う通り私を守ってくれたようだけど、ここまで威力が高いとは……。
「……その人はまだ生きてますか?」
気になった私はゼノヴィアさんに尋ねる。
自分でジェラルドの生死を確認する勇気はない。
ゼノヴィアさんは倒れているジェラルドのところに向かい、その生死を確かめた。
「まだ生きているようですね。この事件の重要参考人として生かしておいた方が良いでしょう」
そう言ってゼノヴィアさんはジェラルドに回復魔術をかけた。
本当にゼノヴィアさんは多芸多才だ。
私は少しほっとした。
もしお守りの反撃で人を殺してしまったとしたら、いくら私たちが無事でも後味が悪い。
その間ヴィルヘルム先生は他の生徒達の方へ向かい、全員の無事を確認していた。
もうすぐ他の魔法学校の教師やライゼンフォート家の護衛も到着するらしい。
こうして私たち生徒は誰一人傷つくことなく、今回の誘拐事件は終結した。
しかし目の前で魔法学校の教師が二人も死に、アシュレイさんも凄惨な死を遂げた。
心に傷を負った生徒は多いだろう。
それでも私たちは助かった。
一歩間違えていれば、最初の襲撃で全員死んでいたかもしれない。
アレクシアがなんとかとりなしていなければ、ゼノヴィアさんが間に合わなければ、旧王国派の手によって皆殺しにされていただろう。
今は私たちが無事であったことを喜ぶべきなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます