第二十一話 旧王国派
「えっ? 街に入らないんですか?」
せっかくドラッケンフィールの門が見えてきたというのに、ジェラルドさんは門へと向かわずに進む方向を変えた。
疑問に思った私はジェラルドさんに尋ねる。
「街では待ち伏せに会うかもしれない。事態が把握できるまで別の場所で待機だ。ライゼンフォート家の用意した避難用の建物があるのだ」
そう言ってジェラルドさんは近くの林へと私たちを案内する。
「こんな林の中にそんな建物が用意されているんですか? やっぱりライゼンフォート家はすごいですね。ここは……街の北東辺りかな?」
夕日の見える角度から大体の方角を割り出す。
「まだ歩くんですか? 私、もう限界で……」
今日は一日中歩き疲れて足が棒のようだ。
体だけでなく精神的な疲労もあり、あまり遠くまで歩ける気はしない。
「そんなに心配しなくても良い。もうすぐ着く」
その言葉を聞いた私はほっとした。
「あの小川を越えた辺りですか? あ、あんなところに大きな木がありますね、グバルムの木かな?」
私はなんとなく目についたものを口にする。
この木は変な風に絡み合ってますね。
こんなところに割れた岩が。
とか、そんな感じだ。
するとジェラルドさんに、
「君はさっきから落ち着きがないな。少し静かにしていなさい」
と、たしなめられてしまった。
「ごめんなさい……」
私は口をつぐみ、大人しくすることにした。
「レイナ、どうしたの? なんか変だよ?」
ユーリが不思議そうに私に尋ねる。
「なんか、喋ってないと心細くて……」
「気持ちはわかるけど、今は空気読みなよ」
ユーリにも怒られてしまった。
私はそれ以降口を開くのをやめた。
「さぁ、着いたぞ」
私が喋るのをやめてすぐに、ジェラルドさんが告げた。
少し拓けた場所に古びた建物がある。
けっこう大きな建物だ。
どうやらこれが避難用の建物のようだ。
私たちはそこに誘導され、中へと入る。
中にはだだっ広い空間が広がっていた。
これなら生徒も全員入れそうだ。
私たちはその隅に集められ、待機するように指示された。
アレクシアはまだ目を覚まさない。
本当に気絶しているだけなのだろうか?
私は心配になってきた。
アレクシアが倒れてからかなりの時間が経った。
いくらなんでもこんなに目を覚まさないのは不自然だ。
それにアレクシアの生死を確認したのはライゼンフォート家の護衛と名乗る五人だけで、私たちは一切アレクシアに近づいていないのだ。
ドキリ、と音をたてて心臓が飛び跳ねるような気がした。
そんな私の心配をよそにジェラルドさんは、背負っていたアレクシアをどこからか用意された毛布の上に下ろした。
「うぅん……」
そのとたんアレクシアが小さな声をあげた。
それを聞いて私はほっと胸を撫で下ろす。
どうやらアレクシアは本当に気絶していただけのようだ。
ジェラルドさんも安堵した表情を浮かべる。
そのまましばらく様子を見守っていると、アレクシアはようやく身を起こした。
そして自分を見つめるジェラルドさんと目が合う。
良かった、アレクシアは無事だった。
けれど、アレクシアが次に発した言葉は、私たちを再び絶望の淵に叩き落とすこととなった。
「あなたは一体誰?」
生徒の間に緊張が走る。
ジェラルドさんは顔色を変えない。
「え? その人たちライゼンフォート家の護衛だって……」
そう声をあげたのはリックだ。
さっきまでは不安を見せないように努めていたリックだったけれど、アレクシアの言葉を聞いて一気に顔色が悪くなる。
「こんな人たち知らないわ! アシュレイはどこ? 襲ってきた男たちはどうなったの?」
アレクシアが半狂乱になって叫ぶ。
状況に理解が追い付いていないようだ。
しかし、理解が追い付かないのは生徒たちも同じだ。
ライゼンフォート家の護衛だと名乗っていた人たちが実はそうではなかったことを、他ならぬアレクシアによって明言されたのだ。
「アシュレイという者が誰かはわかりませんが、私たちが駆けつけたときは五人ぶんの死体がありました。貴女様を襲った男は、私たちを見て逃亡しました」
ジェラルドさん、いや、ジェラルドが答える。
五人ぶんの死体と聞いてアレクシアが顔色を変える。
混乱した頭で必死に人数を数えているようだ。
「じゃあ、アシュレイは……?」
なんとか理解が追い付いたアレクシアは、震える声で私に問いかけた。
私はゆっくり首を横に振る。
「アシュレイさんは、もう……」
「そんな……」
アレクシアは血の気が引いた顔で額に手を当てた。
今にも再び気を失いそうだ。
そんなアレクシアにジェラルドが追い討ちをかける。
「まだひとつ質問に答えていませんでしたね。私たちは誰か、という質問ですが」
ジェラルドはそこで一旦言葉を切りひざまずく。
他の四人も同じ行動をとった。
「私たちは貴女にこの国の王となっていただくべく、参上した者でございます。アレクシア様」
生徒たちがざわつくのがわかった。
彼らがどういった者たちなのかを理解したのだろう。
当然アレクシアも彼らの正体を理解した。
「あなたたちは……、『旧王国派』ね」
その言葉にジェラルドは顔をしかめる。
「その呼び方は正しくありませんね。我々は『王国派』です。なぜならアシュテリア王国は滅んでなどいないからです。貴女様がいる限り」
ジェラルドの力強い視線がアレクシアを射抜く。
その視線にアレクシアは思わず怯んだようだ。
次の言葉が継げなくなる。
「この度はこのような強引な手段をとったことをお詫びいたします。しかし、貴女様に我々の声を聞いていただくにはこの方法しかないのです。お許しください」
そう言ってジェラルドは深々と頭を下げる。
その仕草、言葉遣いともに、まだ十歳の子供を相手にした態度とは思えない。
やはり彼らにとってアレクシアは王なのだろう。
「だったら僕らは関係ないじゃないか! 早く学校に帰してくれ!」
誰かの叫び声が上がった。
「そうよ! 私も無関係だわ!」
「ライゼンフォートさんに話があるなら、俺たちに用はないだろう!」
それに続いて次々と声があがる。
確かにアレクシア以外の生徒は事件に巻き込まれただけだ。
自分達は関係ないとわかった今、さっさとこんなところから立ち去りたいと思うのは普通の反応だろう。
でも今この反応はまずい。
私はそう思った。
どういう訳かは知らないが、旧王国派の五人はこれまで私たち生徒を丁重に扱ってきた。
五十人以上の子供をわざわざこんなところまで連れてきたのだ。
私たちに用がないなら、置いてくるなり殺すなりすれば良かったはずだ。
そうしなかったのは何か私たちに利用価値があるからだ。
でもこれからもそうとは限らない。
いつ何がきっかけで全員殺されてもおかしくない。
だから、今騒いだりして彼らを刺激するのはまずいのだ。
しかし、私の予感は的中してしまう。
「やっぱりうるさいな、殺すか」
旧王国派の一人がそう言った。
生徒たちから悲鳴があがる。
泣き出す子もいた。
「我々は『過激派』とは違う。むやみに殺すのはやつらと同じだぞ? 相手は子供だ」
それを別の一人が止める。
「ジェラルド、どうする? このまま逃がすわけにはいかんぞ?」
最終決定はジェラルドに委ねられた。
私たちの命を今はこの男が握っているのだ。
「そうだな……、さすがにこんなに大勢は要らないか。残すのはその金髪と黒髪の二人だけで良い」
そう言ってジェラルドが指差したのは、私とユーリだ。
何故私たちが選ばれたのだろう?
そんな疑問を持ったのも束の間、他の生徒たちが騒ぎだす。
「なんで二人だけ助かるんだ! 俺たちも助けてくれよ!」
「嫌! 死にたくない! お母さぁーん!」
そんな声を無視して一人の男がこちらに近づいてくる。
「待ちなさい!」
その男の前に立ち塞がる人物がいた。
アレクシアだ。
「私に話があるんでしょう? だったら他の生徒は関係ないじゃない! 殺すなんて、私が許さないわ!」
男が足を止め、ジェラルドの判断をあおぐ。
ジェラルドはアレクシアの前に移動し、二人は向き合った。
「何故その者たちを庇うのです? その者たちの生死など、それこそ貴女には関係ないではありませんか?」
「それは、この子達が私の友達だからよ!」
アレクシアは怯まずに言い返したが、その答えはジェラルドに鼻で笑われた。
「それはおかしいではありませんか。私たちは貴女の学校での生活をある程度把握しております。私の知る限り、貴女にとって友人と言えるのはその二人だけでしょう?」
そう言ってジェラルドは再び私とユーリを指差す。
どうやら私とユーリを残すことにしたのはそれが理由らしい。
他の生徒がひっ、と息を飲むのがわかった。
アレクシアはこれには言い返すことはできなかった。
ジェラルドは我が意を得たりとばかりに口元を歪め、言葉を続ける。
「他の生徒は貴女を遠巻きにし、ろくに接しようとしなかったはずです。魔法学校の教師さえも。そのような奴らをどうして庇う必要があるのです?」
いままで騒いでいた生徒が押し黙る。
自分達は関係ない、と言い張っていた生徒ほど、アレクシアのことを腫れ物扱いしていた者たちだ。
これまでアレクシアと無関係を貫いていたばかりに、旧王国派の人間に余計な恨みを買ったのだ。
しかしさっきは言い返すことができなかったアレクシアであったけれど、今度は違った。
瞳に強い意志を込め、ジェラルドを睨み付ける。
「私が、ライゼンフォートの娘だからよ」
その声は少し震えていたが、ジェラルドを怯ませるには十分な迫力があった。
「私にはライゼンフォートの次期当主として、ドラッケンフィールに住む人間を守る義務があるわ。例えドラッケンフィールで生まれた訳でなくても、今はドラッケンフィールで暮らしている魔法学校の生徒たちを庇う必要がある。それ以上の理由なんてないわ!」
アレクシアはその声に迫力を込めたまま、最後まで言いきった。
それを聞いたジェラルドはしばしの逡巡の末、
「いいでしょう、貴女の意思を尊重いたします」
と言った。
その言葉に少しほっとした様子の生徒たちだったが、ジェラルドに睨み付けられて再び身を縮こまらせる。
「ですが、代わりに私たちの言葉も聞いてくださいますよう」
アレクシアに視線を戻したジェラルドが懇願する。
「……わかったわ」
アレクシアはそれを受け入れる。
この状況で断ることはできない。
断ったら彼らは暴走するかもしれない。
そうなったらもうアレクシアにも止められないだろう。
その判断は正しいと思う。
「我々の望みはただひとつ。アレクシア様をアシュテリアの王とし、王家の復興を目指すことです。それはご存じですね?」
ジェラルドがアレクシアに尋ねる。
当然アレクシアはこれにうなずく。
私でさえもそれくらい知っている。
「では、何故我々が王家の復興を望むのかはご存じですか?」
「それは……、王家の後ろ楯で繁栄していた者たちが、かつての栄華を取り戻すため……」
ジェラルドの問いにアレクシアはそう答えた。
これも常識と言える。
今の共和制に不満を持つ人間は、王政だった時代の裕福な暮らしから一転し、現在ではその富を失った者たちだ。
しかし、ジェラルドは首を横に振った。
「確かにそういった者たちもいます。しかしそれがすべてではありません。中には純粋に、今の共和国における自分の暮らしに不満を持つ者がいるのです」
その答えにアレクシアが反論する。
「どうして!? 今の共和国政府は王政時代と違って民のことを第一に考えているわ! 裕福な者たちが独占していた富も市場に流れ、都市も発展しているじゃない! それに……」
「その影で不当な扱いを受けている者がいるのがわかりませんか!」
ジェラルドは少し怒気を含んだ声でアレクシアの声をさえぎった。
アレクシアが言葉につまる。
「その者が何か悪事をしたからではない。親や兄弟が王家と関係があったというだけで不当な扱いを受ける者がいるのです。かつて王宮に勤めていたから。実家である商店が王家に贔屓にされていたから。親が先の内乱で王家に協力したから。そして、王族の血を引いているから」
最後の言葉はアレクシアに向けられたものなのだろう。
アレクシアにとって心当たりがありすぎる言葉だったに違いない。
それっきりアレクシアは言葉を発することができなくなってしまった。
一方のジェラルドの言葉が途切れることはない。
「かくいう私もそのような境遇に置かれた者の一人です。私の先祖はかつて戦で武勲をあげ、当時の国王から爵位と領地を賜りました。そして父はこれまで王家から受けた恩に報いるため、先の内乱では王家に協力しました。結果はご存じの通り、王家は敗れ、協力した者たちは罪人となりました」
ジェラルドが旧王国派の他の四人に目を遣る。
彼らも似た境遇なのだろう。
ジェラルドの話を神妙な面持ちで聞いている。
「そして私は、王家から賜った爵位や領地はもちろん、住んでいた邸宅まで共和国政府によって取り上げられたのです」
アレクシアが顔を歪める。
国民の味方だと思っていた政府の闇を、初めて垣間見たのだ。
「当時私には妻と、生まれたばかりの息子がいました。しかし家を失い罪人の息子となった私には、住む場所も頼れるあてもありません。息子は一歳になる前に死にました。生きていれば貴女たちと同じ歳でした」
ジェラルドの独白は終わらない。
「それから三年後、妻は病気にかかりました。普通であれば命に関わるような病気ではありませんでしたが、心身ともにかなり弱っていた妻にとっては致命的でした。半年後に妻も命を落としました。もしかしたら妻は、適切な治療を受けられれば助かったかもしれません。けれど、妻は治療を受けられず、薬を手にいれることもできませんでした。なぜだかわかりますか? 私が罪人の息子だからです」
ジェラルドの発する言葉にはだんだんと怒りの感情がこもってきているのがわかった。
彼は唇を噛み締め、声を震わせながら続ける。
「これらのことが私の身に降りかかったのならまだわかります。しかし私の妻は、息子は、何か罪を犯したのでしょうか? 死なねばならぬほどの……。私はそうは感じません。ですから私は思うのです。今の我々の扱いは不当である、と!」
そう語るジェラルドの表情には明らかに怒りが満ちていた。
ジェラルドは一旦そこで言葉をきったが、私たちは誰も言葉を発することができない。
部屋がしばしの沈黙に包まれた。
「現共和国代表のライオネルは当時の自分達の扱いに不満を持ち、王家に対して反乱を起こしました。そして私たちは現在の自分達の扱いに不満を持ち、王家の復興を望んでいます。彼らと私たちになんの違いがありますか? 彼らの行いが是とされ、我々の行いが非とされるのにはどのような理由があるのでしょうか?」
そこまで言ったジェラルドは、一転して悲しげな表情を浮かべる。
「我らが蜂起するには大義名分が必要なのです。そしてその大義名分こそがアレクシア様、貴女なのです。王族の血を引く者なら誰でも良いというわけではありません。我々に近い境遇に置かれ、我々の痛みをわかっていただける貴女だからこそ我々の王に相応しいのです。我々の王は貴女様しかいないのです」
ジェラルドはそう言うとひざまずき、その場に平伏した。
他の四人もそれに倣う。
「どうか、我々の王として立ってはいただけませんか? この通りです」
それは彼らの心からの願いだったのだろう。
関係ないはずの私にさえも、彼らの心の痛みが、怒りが、悲しみが伝わってきた。
旧王国派を一方的に悪と断ずることはできないのかもしれない。
そんな気持ちすら込み上げてきた。
当のアレクシアはそんな彼らの様子を、表情を変えずに見下ろしていた。
その表情からは何を考えているかは読みとれない。
彼らの思いを聞いて、アレクシアは何を思うのだろう。
この場にいる誰もがアレクシアの答えを待っていた。
彼女は何かを噛み締めるように一度目を閉じ、呼吸を整える。
次に目を開いたとき、その瞳には燃えるような強い光が宿っていた。
そしてついに、アレクシアが口を開いた。
「あなたたちの思いは、よくわかりました」
そう告げるアレクシアの表情は、私たちがよく知っている表情ではなかった。
それは人の上に立ち、民を導く者の顔だった。
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