第二十話 レイラのお守り


「お前達は何者だ?」


 アシュレイさんが二人を睨み付ける。


「答えるつもりはない」


 しかしその質問は軽く流されてしまった。


「アレクシアお嬢様の命を狙うものか?」

「答えるつもりはない、と言っている」


 再度の質問にも答えずに、片方の男がアシュレイさんに襲いかかる。

 その男も剣を持っていた。

 アシュレイさんも剣で応戦する。

 剣を弾かれた男が体勢を崩す。

 どうやら剣の腕はアシュレイさんの方が上のようだ。

 すぐさまアシュレイさんの追撃が入る。

 その剣は男の体を掠め、男は顔をしかめた。

 しかし、アシュレイさんは徐々に追い込まれていく。

 それもそのはず、もう一人の男が魔術で援護しているからだ。

 アシュレイさんは右手で剣を、左手で魔術を操りなんとか二人に対応している。

 アシュレイさんの表情は険しい。

 今も男の放った魔術がアシュレイさんの近くに着弾した。

 飛び退くのが一瞬遅かった直撃していただろう。

 私は必死で考えを巡らせた。

 どうにかしてアシュレイさんを援護しないと、このままではきっと負けてしまう。

 そうしたらジェイン先生やフレデリック先生のようにアシュレイさんも……。

 そんな私の目にあるものが飛び込んできた。

 ゼノヴィアさんが倒した男が持っていた剣、フレデリック先生を殺した剣だ。

 私は男達に気づかれないようにゆっくりと剣に近づいた。

 剣は男の血溜まりのすぐそばに転がっていたため、近づくと血の嫌な臭いが鼻をつく。

 猛烈に込み上げる吐き気をなんとか堪え、剣を持ち上げる。

 私にとってその剣は重く、両手でないと持つことができない。

 心臓が早鐘のように高鳴る。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 でもここでやらないとみんな死んでしまうかもしれない。

 お母さん、私を守って。

 私は胸のペンダントにそう願い、剣を振りかぶると、魔術でアシュレイさんを攻撃している男に向かって駆け出した。

 男がぎょっとした表情でこちらを見るのがわかった。

 男の魔術が止まる。

 しかし一瞬躊躇した男だったが、すぐにこちらに向けて手をかざした。

 魔術を使う気だ。

 あ、私死ぬかもしれない。

 咄嗟にそう感じた。

 まだ魔法学校に来て一年も経ってないのに。

 ユーリやアレクシアと一緒にもっと勉強したかったのに。

 みんなごめんね。

 最後にもう一度、お母さんに会いたかったな……。

 私は覚悟して目を閉じた。

 それでも男の隙を作ることができた。

 アシュレイさん、後はよろしくお願いします。

 パァンとすぐ近くで何かが弾ける音がした。

 けれど、いつまで待っても衝撃はやってこなかった。

 私は恐る恐る目を開ける。

 目の前にあるのはアシュレイさんの後ろ姿だ。


「助かりました、感謝いたします。後はお任せください」


 アシュレイさんは私にそう声をかける。

 さっきまでアシュレイさんと剣を持った男が戦っていた辺りを見ると、そこは血溜まりになっており、中心には男が倒れていた。

 私が気を引いている間に決着がついたようだ。

 私はほっとしてその場にへたりこんでしまった。

 残った男が憎々しげな表情でアシュレイさんを睨んでいる。


「逃がしはしない、覚悟しろ!」


 そう声をあげてアシュレイさんが男に攻撃を始める。

 さっきまで二対一でもほぼ互角に戦っていたのだ。

 一対一では男に勝ち目はない。

 もう大丈夫だ。

 そう思った刹那、


「きゃっ!」


 短い悲鳴があがる。

 悲鳴の主はアレクシアだった。

 振り返るとアレクシアがゆっくりと地面に倒れ伏すのが見えた。


「お嬢様!!」


 アシュレイさんも驚いて振り向く。

 悲鳴をあげたのがアレクシアだとわかったのだろう。

 でも今はダメだ。

 男の口元がニッと歪むのがわかった。


「アシュレイさん、危ない!」


 でもその警告は遅かった。

 遅すぎた。

 次の瞬間、アシュレイさんの体が炎に包まれた。


「ぐあぁぁぁっ!!!」


 炎の中からくぐもった叫び声が聞こえる。

 身を焼かれながら狂ったようにのたうち回っていた人影は、やがて地面に倒れ伏し、しばらくしてその動きを止めた。

 叫び声も聞こえなくなった。

 辺りに嫌な臭いが立ち込める。

 これは、肉の焼ける臭いだ。

 アシュレイさんを焼いた男が、その炎を迂回してこちらに向かってくる。

 ダメだった。

 私の決死の攻撃も意味がなかった。

 アシュレイさんは死んでしまった。

 もう私たちを守ってくれる人はいない。

 私は絶望にとらわれた。

 しかし、


「待て!」


 またしても突然聞こえた声に、男は動きを止めた。

 これ以上いったい何が起こるというのだ。

 私の頭は混乱していた。

 それでも声のした方を振り向くと、五人の男が駆け寄ってくるのが見えた。

 今度はなんだ?

 敵か? 味方か?

 男の動きを止めたということは、私たちの味方だろうか。

 私たちを襲った男は忌々しげな表情で、その五人に向かって魔術を打ち出した。

 だが、その魔術は五人に届く前にかき消えた。

 その中の一人が魔術で対応したようだ。

 男はさらに顔をしかめる。

 少しの間、五人と私たち生徒を見比べていた男であったが、分が悪いと判断したのか踵を返し立ち去っていった。

 半ば放心状態の私には、その姿を見送ることしかできなかった。




「追うな! まずはアレクシア様の具合の確認だ!」


 私たちのもとへたどり着いた五人のリーダーらしき人物が指示を出す。

 一人の男がアレクシアに駆け寄り容態を確かめる。


「心配ない、気絶しているだけだ」


 その言葉に私は少し安堵する。

 そもそもアシュレイさんが隙を見せることになったのは、アレクシアが突然倒れたからだ。

 一体どうしてアレクシアは倒れたんだろう?

 アレクシアの無事を確認し、リーダーが私たちの方に向き直る。


「私たちはライゼンフォート家の護衛のものだ。応援要請を受けてやって来たが、なんとか間に合ったようだな。私はジェラルドという」


 ジェラルドと名乗った人物は続ける。


「亡くなった魔法学校の教師たちは不運だったが、アレクシア様や君たちが無事で何よりだ。早くドラッケンフィールに戻ろう。さっきの男が戻ってくるかもしれない」


 しかし、生徒のほとんどは相変わらずパニック状態でなかなか指示通りには動くことができない。

 それでもなんとか気をしっかり保っている生徒が、うずくまっている生徒を支えながらゆっくりと動き出す。

 私もなんとか立ち上がったが、うまく足に力が入らない。

 少しよろけてしまう。

 私はそのままふらふらとフレデリック先生の亡骸のもとへ向かった。

 そしてその血まみれの体を揺さぶる。

 当然反応はない。

 アシュレイさんも確認したのだ。

 フレデリック先生もジェイン先生も死んでしまったのだ、と。


「何をしている? ゆっくりしている暇はないぞ。ここは危険だ」


 私がしばらくそうしているとジェラルドさんに急かされた。


「でも……、先生たち、ここに置いていくんですか? 連れていってあげないと……」


 私はそうジェラルドさんにすがったが、そんな提案は受け入れられるはずもない。

 ジェラルドさんは首を横に振る。


「ダメだ、そんな時間はない。かわいそうかも知れないが、今はここに置いていくしかない。事が落ち着いたらしっかり弔おう。だから君も行きなさい」


 ジェラルドさんにやや強引に立たされ、私は仕方なくその場を後にした。

 急いでこの場を離れないといけないとみんなわかっているはずなのに、それでもその足取りは重い。

 護衛のうちジェラルドさん以外の四人は、私たちを取り囲むようにして周囲を警戒している。

 ジェラルドさんはアレクシアを背負って運んでいる。

 誰も口を開くものはいない。

 すすり泣きが聞こえるだけだ。

 私はユーリと手を繋ぎながら歩いた。

 ユーリは泣いてこそいないものの、その顔は真っ青だ。

 気を抜いたらそのまま倒れてしまうかもしれない。

 私はその手をぎゅっと握りしめた。

 ユーリも強く握り返してくる。

 無言でお互いを励ましながらゆっくりと、しかし確実にその歩みを進める。

 この時私にはもうひとつの不安があった。

 ペンダントが未だに熱を持っているのだ。

 逃げたように見せかけて、あの男が私たちを狙っているのだろうか?

 空いた方の手で私はペンダントを握りしめる。

 さっき私は確実に魔術の直撃を受けたと思った。

 けれどその衝撃は一切感じなかった。

 目を閉じていたからわからなかったけれど、お守りが攻撃を打ち消してくれたのかもしれない。

 いや、きっとそうだと思う。

 お母さんは、このお守りは必ず私を守ると言って渡してくれた。

 お母さんは私に嘘をついたことなんて一度もない。

 だからもしこの後何かあっても、また私を守ってくれるはずだ。

 今の私にはそれだけが頼りだった。

 みんな体力的にも精神的にもかなり追い込まれていたけれど、なんとか気力を振り絞って歩き続け、ようやくドラッケンフィールの門が見えてきた。

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