第十七話 後期授業の開始

 今から五百年以上昔、この大陸には小さな国々がいくつも立ち並び、大陸の覇権をとるべく戦に明け暮れていた。

 当時は人々の持つ魔力が今よりも豊富で、戦いの規模も遥かに大きかったという。

 度重なる戦に戦士も民も疲弊しきっていたが、皆自分達こそが大陸の覇者に相応しいと信じていたため、戦が終わることはなかった。

 そんな国々の中にアシュテリア王国はあった。

 当時のアシュテリアは大国などとは程遠い、大陸の中央からしばらく南西にいった辺りに小さな領土を持つだけの国であった。

 アシュテリアも他の国々と同じく、ある時は領土拡大を狙って他国に侵攻し、ある時は他国の侵攻を受け、終わりの見えぬ戦に身を投じていた。

 しかし、そんな大陸の勢力図を大きく変える出来事が起きる。

 その発端はアシュテリアにとある人物が訪れたことだった。

 その人物はまだ若かったが膨大な魔力を持ち、見たこともない魔術を扱うとても美しい女性だったという。

 その女性は当時のアシュテリア国王に、「手を貸そう」と言った。

 当然国王は大喜びでこの申し出を受け入れた。

 民も皆歓喜した。

 アシュテリアの誰もが思ったからだ。

 彼女は、アシュテリアを大陸の覇者とすべく神々が遣わした使徒である、と。

 彼女を迎えたアシュテリア王国は手始めに、今となっては名前も残らぬ隣国へと攻めこんだ。

 その国は領土こそ小さかったが、当時大陸最強と名高い騎士が守護しており、アシュテリアもこれまで散々煮え湯を飲まされてきた。

 当時の騎士は現在の騎士とは大きく違う。

 現在の騎士で魔術を扱える者はほとんどいない。

 全くいないわけではないが、魔術を扱える者はまず騎士など目指さないからだ。

 けれど、当時の騎士は魔術を扱えるのが普通だった。

 他国との戦で勝つためには、魔術が必要不可欠であったからだ。

 魔術が使える者はまず騎士に任命された。

 そしてその隣国の騎士は剣の能力もさることながら、魔術師としての能力も非常に優れたものだった。

 しかしそんな彼も、アシュテリアに現れた女性の敵ではなかった。

 彼女は隣国の兵を簡単に蹴散らし、その騎士も完膚なきまでに叩きのめしたという。

 命だけは救われた彼は、以降アシュテリアに従うことになった。

 大陸最強の騎士の敗北の報と、アシュテリアに突然現れた謎の女性魔術師の噂は瞬く間に大陸全土に知れ渡った。

 こうして群雄割拠だった時代が少しずつ変動していくこととなったのだ。

 二人の強大な戦力を手にいれたアシュテリアは、破竹の勢いで他国を侵略していった。

 女性がアシュテリアを訪れて数年の間に、いくつもの国を支配下においた。

 敗北国の有力な騎士や魔術師を配下に加えることもあった。

 遠くの国から、自ら傘下に加わろうと集う者たちも現れた。

 そのようにして更なる力を手にいれたアシュテリアは、さらにその勢力を拡大していくこととなる。

 アシュテリア国王はそんな彼らの功績を称え、称号を与えることにした。

 当時アシュテリアの民の間でまことしやかに囁かれていた噂は、彼らが「アシュテリア王国を大陸の覇者にせよ」という神々の託宣を受けた騎士たちだ、というものだった。

 この噂を耳にした国王は彼らを『神託の騎士』と名付け、ことの発端となった女性魔術師を序列一位として、それまでの活躍や実力に基づいて順位をつけた。

 こうして初代『神託の騎士』が誕生したのだ。

『神託の騎士』は一代限りの称号ではなく、任務中に死亡する者、年老いて引退する者、そして新たに加わる者など世代交代を経てもその名を残し続けた。

 構成人数はその世代によって前後したが、多いときでも十五人ほどという少人数の組織であった。

 しかしその実力は本物で、その後もアシュテリアは相次ぐ戦に連戦連勝。

 三百年近くをかけて遂には大陸の南西、五分の一ほどの地域を支配するに至った。

 この頃にはアシュテリア王国は、十分大国を名乗っていい規模の国となっていた。

 ところがそうなる頃には、アシュテリアの周囲の情勢も大きく変化していた。

 同じように領土を拡大していたのはアシュテリアだけではなかったのだ。


「東の大国ミスリーム」、「北の帝国ドラギュリア」。


 二つの大国に挟まれ、アシュテリアは身動きがとれなくなっていた。

 下手に動くとどちらかの国、或いは両方に攻め込まれる恐れがあったからだ。

 そして身動きがとれないのはミスリームとドラギュリアも同様だった。

 その二か国はアシュテリアの『神託の騎士』を恐れていたのだ。

 ミスリームには『聖騎士団』、ドラギュリアには『帝国兵団』というどちらも数万人規模の強力な軍勢が存在していたが、『神託の騎士』は僅か十数人という人数でそれらを牽制出来るだけの知名度があった。

『神託の騎士』は名実ともにアシュテリアの象徴であったのだ。

 三つの大国が冷戦状態に陥っている間に、北東の小国が集まって「連合国アルス」を形成したのが百年ほど前だ。

 アシュテリア、ミスリーム、ドラギュリア、アルス。

 現在では大国と言えばこの四ヵ国をさす。

 それ以外では大陸の北東に、連合国に参加しなかった国をいくつか残すのみだ。

 アルスができてから百年近く、小さな小競り合いなどはあったものの、大国同士の戦争に発展するようなことはなかった。

 大陸の情勢は安定したと思われていた。


 しかし、今から十二年前。

 ミスリームが突然アシュテリアに対して宣戦布告した。

 詳しい理由は今でも不明であるが、魔力不足によって国の運営が困難になったのを領土拡大によって解決しようとしたのだ、などと言われている。

 ミスリームの侵攻によって大きな被害を受けるのは、当然アシュテリアとミスリームの国境付近、すなわち大都市キルシアスの周辺地域だ。

 当時キルシアスの総督の座についていた十大貴族グレナベルゼ家の当主は、国王に応援を求めた。

『神託の騎士』を国境防衛のために派遣して欲しい、と。

 今こそアシュテリアの象徴たる『神託の騎士』がその力を振るうべき時である、と。

 しかし、国王はこの要求を却下した。

『神託の騎士』の派遣を拒んだのだ。

 そして、防衛戦は国境ではなくキルシアスの近くに敷くように、と命じた。

 つまり国境付近の村は国に見捨てられたのだ。

 この返答に激怒したのがグレナベルゼ家の子息、ライオネル・アッシュ・グレナベルゼであった。

 彼は国王の決定に異を唱える者たちを集め、自警団として決起した。

 王が民を守らぬならば自分でその身を守るのだ、と。


 この時の国王の気持ちは誰にもわからない。

 なので国王がとった行動の理由も誰にもわからない。

 しかし、国王に賛同する国民がほとんどいなかったのは確かであった。

 結果的にこの行動が国王の、いや王家の、もっと言えばの運命を決定付けることとなった。

 国王は『神託の騎士』を派遣した。

 

 アシュテリアの象徴であった『神託の騎士』の刃は、襲い来る敵ではなく守るべき自国の民へと向けられたのだ。

 自警団であったはずの彼らはいつしか、『レジスタンス』や『反乱軍』と呼ばれるようになった。

 そして『神託の騎士』と剣を交えたことで名実ともに、彼らの敵は王家となったのだ。

 彼らが決起したのは、自分たちの身を守るためであったというのに……。


 結果は火を見るより明らかだ……、と思われた。

 何せ僅か十数人で数万人規模の軍勢に匹敵すると言われる『神託の騎士』と相対するレジスタンスは、武力蜂起したとはいえ大半は一般人の寄せ集めだ。

 普通であれば瞬く間に鎮圧されるはずであった。

 しかし、そうはならなかった。

『神託の騎士』の中にレジスタンス側につくものがいたからだ。

 当時十三人いた『神託の騎士』のうち、五人がレジスタンスに協力した。

 とはいえ王家についた『神託の騎士』は八人。

 それも当時の序列一位や二位も王家側についていたという。

 戦力的には遥かに王家側の方が有利だったはずだ。

 それでも辛く苦しい戦いの末、レジスタンスは勝利を納めた。

 そして当時の王を始め、王族は全員処刑された。

 反対する者などほとんどいなかった。

 それだけ国民の怒りは凄まじかったのだ。

 王家側についた『神託の騎士』のうち三人は内乱の最中に降伏し、現在では投獄されている。

 最後まで王家について戦った五人は全員の死亡が確認された。

 レジスタンスについた者のうちからも二人死者が出た。

 生き残った三人はアシュテリア共和国政府の要職についている。

 こうしてアシュテリア王国の象徴であった『神託の騎士』は、王国の終焉と共に消滅したのである。

 最後にその名を汚して。


 王政を終わらせ、クーデターを成功させたレジスタンスであったが、その戦いはこれで終わりではなかった。

 ミスリームの侵攻はなんとか食い止めていたものの終結してはいなかったし、さらに混乱の隙に乗じてドラギュリアからも攻撃を受けた。

 絶望的な状況の中、レジスタンスを率いたライオネルはここでもその手腕を発揮。

 国民を守るために立ちあがり、『神託の騎士』にすら勝利した彼の姿を見てきた国民たちも彼への協力を惜しまなかった。

 国に残るありったけの魔術師や魔導具をかき集め、両国を退けて見せた。

 ヴィルヘルム先生もこの戦に参加し、そのときの功績もあってドラッケンフィール魔法学校の校長につくことになったらしい。

 ミスリームの宣戦布告から約二年間の出来事であった。

 その後、アシュテリアは共和制国家となり、アシュテリア共和国と名称を改めた。

 共和国政府の初代元首には、当然ライオネルがつくことになった。

 キルシアスの周辺地域だけでなくアシュテリア全体から見ても、彼は紛れもなくこの国の英雄であったからだ。

 ライオネルを始め共和国政府は民の声にしっかり耳を傾け、大戦の事後処理に奔走しているという。

 しかし、そんな彼らに反感を持つ者も少なからず存在する。

「旧王国派」と呼ばれる者たちだ。

 彼らは旧王家に便宜を図られていたり、家臣として取り立てられたりしていた者たちで、王政だった時代はかなり裕福な暮らしをしてきた。

 王家の滅亡により当然今までとは状況がうって変わり、彼らは一転して厳しい立場に立たされている。

 中には王家の再興を望む者も多い。

 そしてそんな彼らの王たり得る存在が、王家の血を引くアレクシアである、というわけだ。

 今でも国のあちこちでいさかいが起きている。

 大戦による傷は少しずつ癒えてはいるものの、依然としてアシュテリアを取り巻く状況は芳しくないのだ……。




 休暇が終わり後期の授業が始まった。

 今私たちが教わっているのは、アシュテリアの歴史についてだ。

 そして中でも特に重要な出来事は、やはり先の内乱と大戦のことだろう。

 今まで少しだけ聞きかじってきた知識と、先生に直接教わる知識とでは受ける印象が大きく違った。

 これまで散々「王家に恨みを持つ人間は多い」と聞いてきた私だったけれど、実際王家がどんなことをしたのか、ということについてはあまり聞かなかった。

 そのあたりのことを初めて授業で聞いた私は衝撃を受けた。

 王家はキルシアス周辺の民を見捨てただけでなく、あまつさえ民を攻撃したのだ。

 王族全員が処刑されてもなお、王家を恨み続ける者の気持ちが少しわかった気がした。

 アレクシアはとくに表情を変えずにこの授業を聞いていた。

 彼女にとってはこれまで何度も聞かされてきた話なのだろう。

 それでも本人にとっては、自分の一族が犯した罪を大勢の前で聞かされているようなものだ。

 内心穏やかではないだろう。

 周囲の生徒の目もやはりアレクシアに向いていた。

 せっかく休暇中に仲良くなった子達の視線も、このときばかりは入学当初のものに戻っていた。


 それでも私たちを取り巻く状況はかなり改善されつつあった。

 授業中はどうしても仲の良いグループで固まってしまうけれど、仲良くなった子達とは毎日挨拶を交わすようなったし、休みの日には一緒に遊ぶときもあった。

 少し経つとアレクシアの用意するおもちゃにチェスセットとトランプが増えた。

 さらにもうしばらく経つと新しい遊びが加わった。

「ウノ」と「オセロ」というらしい。

 これもみんなに人気だった。

 一緒に遊ぶ相手も、ドラッケンフィール以外の出身の生徒を中心に少しずつ増えた。

 アレクシアの表情がだんだん明るくなっていくのがわかり、私とユーリは大満足だった。

 努力の甲斐があったというものだ。

 といってもおもちゃを用意したのは全部アレクシアで、私とユーリはみんなの前でこれ見よがしに遊んでいただけなのだが……。

 アレクシアが嬉しそうなのでこれで良しとしよう。




 そうこうするうちに土の月が終わり命の月になった。

 私は誕生日を迎え十歳になった。

 ちなみにユーリは水の月、アレクシアは火の月生まれなので一足先に十歳になっていた。

 むしろアレクシアは学校が始まる前から十歳だったという方が正しいかもしれない。

 授業が始まるのが水の月という都合上、闇の月と火の月生まれの生徒はそういうことになるのだ。

 話を戻そう。

 命の月にはアシュテリアの魔法学校にとっての一大行事がある。

 各学校の最上級生で優秀な成績を修めた生徒が中央に集まり、魔術の腕や研究成果を発表し合うのだ。

 その名も「アシュテリア学生魔導大会」、通称魔導大会。

 ここで上手くアピールできれば中央で就職する道が開けるかもしれないという、最上級生にとって大きな意味を持つ大会である。

 ダンケルさんは残念ながら選出されなかった。

 一学年から大体五、六人しか選ばれないので仕方ないだろう。

 選出率は一割にも満たない、狭き門なのだ。

 選ばれた生徒たちはヴィルヘルム先生ともう一人の教師に引率され、命の月の半ばに中央へと向かった。

 中央へは片道七日程度かかり魔導大会自体も七日間行われる。

 さらに生徒たちの観光も兼ねているため、帰ってくるのは命の月の終わり頃になる。

 いつか私も魔導大会に出られるように頑張らないと!

 出発する生徒たちを見送りながらそんなことを考えた。

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